第48話 乗元の最後

 剣撃の音と、怒声そして土煙が舞い上がる。まるで戦国の世に戻ったような白河藩中屋敷。

 一方中庭は静寂に満ちていた。

 刀をぶら下げ、ハアハアと息を切らす鎧姿の侍。高山弾正乗元、この騒ぎの首謀者である。混戦の中、統秀を討ち取ろうと暴れまくっていた彼だがいつの間にか部下ともはぐれ、このような場所に身を預けていた。

 池の水を手ですくって、一気に飲み干す。ふうとため息をつく乗元。刀を背に、振り返る。

 長身の若者が、そこにはいた。

「......!!」

 乗元は目を疑う。そこには一番の標的である秀統が一人で立ち尽くしていた。

 千載一遇とはこのことである。たとえ全滅しても、大将首さえ手に入ればなんとかなる。いや、なんとかしてみせる。

 最後の逆転の機会が転がってきたように思われた。

 刀を構え直す乗元。秀統はそれをじっと見つめる。

「私に――」

 乗元をよそに、語り始める秀統。夜風が心地よい。表の喧騒とは全く違う時間が流れているようだった。

「そこまでの敵意を持たれることに恨みはない。このような世の中だ。さして珍しくもないことだ。ただ――一つ聞きたいことがある」

 秀統の問に乗元ただ刀を構えた状態で立ち尽くす。

「我らは武士。そして旗本である。このような世にあってなすべきことはなんと思われるか」

 一語一語噛みしめるように、秀統は続ける。

「先の飢饉で多くの人が死んだ。定信公は白河にあって、その対策に全力で取り組まれたらしい。我ら武士が政を行う存在ならば、どのような政が好ましいと思われるか、答えよ」

 無言を貫く乗元。少しの沈黙の後に乗元は口を開いた。

「犬は地を這い、腐肉を食らう。農民は土を耕し、米を作る。武士は政を行い、支配する。それだけのこと」

 ため息をつく秀統。ゆっくりと刀を構える。

 はあはあと激しい息使いの乗元。乗元は幕府公認の新陰流末祀派の免許皆伝の持ち主である。そのようなものが命がけで放つ剣先は、秀統ですら受けることは敵わないであろう。

 上段に大きく構える乗元。これでは秀統得意の細身の剣での絡め取りはできない。

 一撃必殺。

 ついに乗元は覚悟を決めたようだった。

 どん、と大きな音が響き渡る。何やら火薬が爆発した音らしい。

 乗元は足元に力を込める。次の瞬間、空中に舞う。叫び声はなく、無言で月の光を背に秀統に飛びかかった。

 ――仕留めたり!

 そう心のなかで叫ぶ乗元。数瞬の後には、秀統の頭蓋は砕け散っているはずであった――

 乾いた響き。

 乗元は右手に熱い感覚を覚える。一撃の銃弾。思わず体制を崩す――

 一閃。

 態勢を崩した乗元を袈裟に太刀で薙ぎ払う秀統。

 一瞬のことであった。

 どさっと叩きつけられた乗元は、地面に赤い血を吹き出しながら無言で事切れる。

 秀統はそれには構わず、夜空を見つめる。

 屋根の上で銃を構える多鶴だけが、その一部始終を眺めていたのだった――

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