第29話 夜が明けて

 昨日の喧騒が嘘のような、昼過ぎの宮坂邸である。

 血の跡はすべて拭き取られ、死体もいずこかへ運ばれた後である。すべては平左の始末であった。

 一家のものは一時的に統秀の屋敷にかくまわれ、仔細は明かせぬまでも、すべてを統秀に預けることとしていた。

 風呂から上がり、ゆうるりとくつろぐ統秀。足を崩し、珍しく昼から一献たしなんでいた。

 目の前には正座して控える多鶴。床にひかれたさらしの上に黒い銃が一丁。先日、盗賊の眉間を打ち抜いた優れものである。

「人を殺すは」

 統秀はうつむきながら、つぶやく。

「道にあらず。されど、その道を踏み橋ざるを得ない時もあり――詭弁かもしれんが、戦世の習わしであろう」

 じっと銃を見つめる多鶴。返り血は浴びていないが、なぜか口の中に苦い、金属の味がする。

「その銃は、南蛮のものである」

 統秀は遠い目をして説明を始める。

英吉利イギリスの領地であった、亜米利加アメリカなる戦地で実際に使われてものだそうだ。かの地は百姓商人の持ちたる国にて、国王に対し反乱を起こし独立したらしい」

「下剋上、でございますか」

「なるほど、わが国ではそのように解するかもな。それは激しい戦いであったらしい。英吉利イギリスの軍勢、百姓側の数倍に及びその装備もはるかに優れたもので誰しも英吉利イギリスの勝利を確信していたそうだ。しかし――百姓の側が勝利する。決して正面からは戦わず、背後からそして敵のすきをつくように痛撃を加えていった」

「戦国の真田のような戦い方ですね」

 うむ、と統秀はうなずく。

「量的な弱者は質的にそれを凌駕する工夫が必要となる。銃の腕に覚えのある猟師は木の上に銃を構えて控え、敵の一隊が迫ると、その中で一番立派ななりをした武将を銃で狙撃したらしい。その銃の一つが――これである」

 視線で目の前の銃を示す統秀。

「火縄ではなく、火打石にて球を放つ仕組みだ。いつでも発射が可能である。雨の日であったとしても。さらには銃身に細い溝が彫られている。これにて弾丸を回転させ威力と安定性を確保するらしい。猟師は木の上でこれを抱えて死んでいた。それを英吉利イギリスの将軍が戦利品として持ち帰ったものが――これなる品である」

 多鶴は無言で銃をそっと抱え上げる。ずっしりとした重みがさらに感じられた。

 目付高山乗元との戦い。それに対して再び意を決する多鶴である。それは自分の身を、そして家族を守るため――

 

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