第3話ミア(27)

本日は店休日だった。

僕は一人で自宅のマンションのベランダで革靴を磨いていた。

誰とも話をしない日も大切である。

誰とも関わらない一人の日も誰かと過ごす日と同じぐらい大切なのだ。

ベランダのウッドチェアに腰掛けてテーブルの上には灰皿と海外製のビールが置いてある。

休日の昼間だと言うのに一人でお酒を飲みながら革靴を磨く僕を可哀想だと思うだろうか。

誰にどう思われようと僕は一人になれる時間が好きなのである。

両方の革靴を磨き終えるとベランダの床に置いてタバコに火をつけた。

ビールを口に運んだ所でポケットの中のスマホが震える。

本日の最初のミスに僕は遅ればせながら気付く。

休日だと言うのにスマホの電源を落とすのを忘れていた。

スマホはしつこいほど震えて相手の顔を思い出しながら僕はポケットからスマホを取り出した。

画面には案の定、ミアと表示されている。

無視をするわけにもいかずに電話に出ると彼女は落ち着いた声で僕に問いかける。

「家?」

「うん」

「玄関にいる」

「今?」

「早く開けて」

そこで電話が切れると僕は嘆息してベランダから玄関へと向かった。

鍵を開けると彼女は軽く息を吐く。

「早く合鍵頂戴よ。そしたら今度から勝手に入るから」

「イヤだよ。休日は一人で居たい」

「なんでそんな事言えるの?妹が可愛くないの?」

「可愛い可愛い。早く入れば?」

「おじゃまします」

妹のミア(27)は兄である僕の家に訪れるとそのまま中に入っていく。

リビングのソファにバッグを置くと妹はキッチンの冷蔵庫に向かう。

そのまま僕が買ったビールを手にすると栓を抜いた。

「もう飲んでるんでしょ?」

「まぁな」

「ベランダ?」

「そう」

「じゃあ私も行く」

そうして僕らは兄妹揃ってベランダのウッドチェアに腰掛ける。

「ん」

ミアは僕に瓶を傾けてきて軽く乾杯をする。

「相変わらずお互い一人?」

「そうだな。一人は悪くない」

「私と暮らす気はない?」

「何が悲しくて妹と暮らす兄がいるんだよ」

「血は繋がってない」

「そうだけど…一緒に過ごしてきた時間がある」

「関係ない」

「僕が他人を好きにならないの知ってるだろ?」

「他人じゃないし。兄妹じゃん」

「言ってること無茶苦茶だな」

「そんなことない。それに一生一人で居る気?」

「それも悪くない」

「悪いよ。私と居れば良いじゃん」

「そうはいかないだろ」

「なんで?」

「両親がなんて言うと思うんだよ」

「何も言わないでしょ?私がジョーのこと好きなの全員知ってるし」

「だからまずいんじゃないか?」

「なにが?」

「………」

僕はそこで言葉に詰まると灰皿の上で付けっぱなしになっていたタバコを手にする。

軽く灰を落としてタバコを口に運ぶと煙を大きく吸い込む。

そのまま深く吐くと瓶を手にした。

「今日から泊まる」

「は?聞いてないんだけど?」

「パパたちには言ったから」

「関係ないだろ」

「慣れて」

「おい…勝手に進めるな」

「良いから。それとバーで私も雇って」

「イヤだ」

「なんで?」

「客は女性が中心だからだ」

「私が入るのはキッチンだから」

「料理できるの?」

「当たり前」

「じゃあ…仕方ないけど…両親には言ったのか?」

「当然」

「僕には何の相談もなかったが?」

「私から伝えるって言っておいた」

「なんだそれ…」

「信頼されてるんだよ」

「どっちが?」

「どっちも」

そうして僕ら兄妹は休日の昼間からふたりきりでベランダでお酒を飲みながら過ごす。

明日からミアを店で雇うことは決定するのであった。

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