バーテンダー

ALC

第1話マリ(25)

バーにやってくる女性の話を聞くのは楽しい。

自分には無い経験をしてきた彼女たちの声を聞くのは刺激的だ。

僕はこのバーのマスターでありただ一人の従業員。

バーテンダーである。

こじんまりとした個人経営のバーに本日も悩める女性はやってくるのであった。


「マスター…強いの頂戴」

本日も一人で来店されたマリさん(25)は既に何処かのお店で飲んできたのか軽く酔っている状態だった。

「かしこまりました」

マリは何でも美味しく飲める女性なので度数の強いウィスキーをダブルのストレートで出す。

「ありがと。それで聞いてよ…」

ということで本日も会話は始まる。

「なんでしょう?」

「彼氏に勝手にお金使われて…」

「いくらぐらいなんですか?」

「数万円だけど…それでも勝手に財布から抜き取ったんだよ?信じられる?」

「それは…何に使われたんですかね?」

「ギャンブルだよ。それ以外考えられない」

「そうなんですね。私はギャンブルをしないのでわかりませんが…」

「やること自体は別に責めてないよ?でも勝手に人の財布からお金を抜き取るって泥棒でしょ?」

「それはそうですね。では言われたらお金を渡していたんですか?」

「そうね。直接言ってくるのであれば渡すよ。彼を愛しているのは本当だし…ギャンブルするぐらい別に良い。でも勝手に抜き取って黙っていた根性が気に入らないの」

「根性ですか…ですが後ろめたい気持ちは理解できるんですよね?」

「もちろんだよ。自分のお金以外でギャンブルやるなんて居心地悪かっただろうし…」

「そこまで分かっているのであれば、もう許しているのでは?」

「許すも何も謝られてないし…」

「それは…では正直に思いを伝えてみたらどうですか?」

「どういうこと?」

「お金が欲しかったら今度から言ってと伝えてみたらどうでしょう」

「それで謝ってくると思う?それに私だってお金が無限にあるわけじゃないし」

「それはそうですが…マリさんは謝ってほしいのですか?それとも今後この様なことが無くなってほしいと願っているのですか?」

「両方…」

「そうですか。ならばちゃんと伝えるべきだと思いますよ」

「でも…」

「面と向かって話をするのは体力いりますよね。それでも彼を愛しているのであればちゃんと話したほうがいいですよ」

「そう…だよね…」

「それかギャンブル自体をやめてもらうかです」

「それはイヤ。彼の行動を私が強制するのなんて…自分を許せない」

「そうですね。自分でやめようとしない限り何でもやめられないものです。私もタバコもお酒もやめられませんし」

「マスターはやめたいって思ったことあるの?」

「全く無いですね。それがなければ生きている意味すら感じられないでしょう。彼のギャンブルもそういった類なのかもしれませんね」

「それって依存症?」

「そうかもしれませんが…本人にやめる気がないのであれば好きにさせるのが一番ではないですか?強制しても隠れてやると思いますし」

「そうだよね。おかげで気が楽になったよ。早速彼に話してみる」

「迎えに呼んだらどうですか?」

「うん。もう連絡した。すぐ来てくれるって」

「そうですか」

マリは会計を済ませると件の彼氏を待っていた。

彼氏が店の外に来たと連絡を受けると彼女を外に出ていく。

店内に一人残された僕は閉店作業を行いながらタバコに火を付けた。

本日も仕事に追われながら女性の刺激的な話を聞き僕の中に少しの経験が刻まれていく。

深くタバコの煙を吸うと明日の客はどんな人が来るのだろうと夢想するのであった。

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