第7話 王妃の好きな花
「王妃殿下、今、お部屋の前に国王陛下がお見えになっております。いかがいたしますか?」
これまでならば会わないように避けていたが、傷痕を見えぬようにする工夫をするなど、カメリアに変化がある。リラは念のため確認した。
「…どうしましょう。傷は隠れてますか?見えませんか?」
会う覚悟が決めきれないのだろう。リラとオリヴィエに何度も確認をしている。すると、部屋の外からジャレッドの声がした。
「王妃、君と一緒に食事をしたいのだが、体調はいかがかな?」
いつもとは少し違う問いかけに、カメリアは一呼吸整えることが出来、それに答えた。
「はい。快調です」
「では一緒にどうかな?君の好きな料理は何だろうか?晩餐に用意させたいと思うのだが」
カメリアは自分の好みに関する質問がジャレッドの口から聞かれたことに驚いた。それはそこに居合わせた者全員同意であった。
「私の好きな料理は舌平目のポシェです」
「そうか、ではそれを用意させよう。それと、君の好きな花は何だろうか?」
「え?」
なぜ好きな花を聞かれたのだろうか。ただ、答えるには複雑で、ジャレッドの顔を見て話したかったカメリアはジャレッドを部屋に通すよう指示した。
扉が開かれ、部屋の中へと入ってきたジャレッドと顔を合わせるとカメリアは再び驚いた。ジャレッドはカメリアを見るとそれはそれは愛おしそうな目をして微笑んだ。
「…やっと会えた。カメリア」
初めて名前を呼ばれたカメリアは胸が熱くなった。ジャレッドに近づき見上げると声をかけた。
「眠れてないのですか?目の下にクマがありますよ?…ジャレッド様」
心なしか目の下にクマが見える。あれだけ美容に拘っているジャレッドには珍しいことであった。よく見てみようとカメリアはジャレッドの両頬に手を伸ばし顔を包み込んだ。するとジャレッドの顔は真っ赤になって熱を帯び、今にも泣きそうに眉尻を下げた。頬に触れたカメリアの手に重ねるように自分の手を重ねると、ジャレッドは今までの非を詫びた。
「名前を呼んでもらうだけでこんなにも胸が熱くなるなんて。なぜ私は君の名を呼んであげなかったのだろう…、なぜ君の名を知ろうともしなかったのだろう…。すまなかった」
今までの行いを悔いているようだった。
「私は君が好きなのに、君の好きなものは何も知らないことに気がついた。なぜなら君を知ろうとしていなかったからだ」
「それで、好きな料理や好きな花を尋ねられたのですか?」
「君と一緒に食事をしたいと思ったが君を喜ばせたいのに、何が好きなのかわからなかった。それに君に花をと思ったが、私はいつも私が好きな薔薇しか贈らなかった。私が好きなだけで、君は好きではないかもしれないのに…」
「そのことなのですが…、私は好きな花が思い浮かびません。かつてはデイジーが好きだったと思います。私には婚約者がいたのですが、その方からいつもデイジーが贈られてきていたのです」
そこまで話すと、ジャレッドの顔が青ざめている。カメリアが祖国にいる時に婚約者がいたことを知らなかったのだ。様子がおかしいと気付いたカメリアは情報を補足した。
「あの、婚約といっても生まれる前から国同士で決められていた政略的なものですよ?私はその国の皇太子妃になるべく育ちました。婚約者として丁重に扱ってもらっていたのでしょう。お手紙とお花は定期的に届きました。でも今思えば事務的でした。手紙も定型文のような内容で形式的なものだったのでしょう。好きな花を聞かれましたのでお教えし、デイジーが贈られてきていました。私は嬉しかったですし、彼に対するこの気持ちが愛なのだと思っていました。しかし、彼から真実の愛の相手と愛を育んでいたと婚約破棄されたのです。私への手紙も贈り物も従者の方が代わりにされていたそうですよ。彼は私の好きなものは一切知らなかったのです」
それを聞くと、ジャレッドの顔が今度は曇った。
「あ、すみません。あなたのことではありませんよ?話には続きがあるのです。私の名前はカメリアです。カメリアは異国原産のツバキというお花のことで、白いツバキは『完璧な美しさ』という花言葉を持つそうです。このツバキから私はカメリアという名前とそれに準えて私のお印となりました。私のことをよく知らない方は私の好きな花だと思い込んでいるのか、ツバキをくださる方もいらっしゃいました。勿論ツバキに愛着はありますが、そこまで嬉しくはありませんでした。…貴方は毎日のように薔薇の花束をくださいましたね。品種は様々でしたが全て薔薇でした。ある日貴方がバラ園からその日の花束にする薔薇をとても幸せそうに1本1本選んで見繕ってるのをお見かけしました。そしてその花束はその日私に贈られました。貴方が花の中では薔薇を1番愛していらっしゃることは存じ上げていましたから、ご自分の愛している花をご自身で選んで私に贈ってくれたのだと思うと温かい気持ちになりました。私は元々薔薇が好きだったかと言われるとそこまでではありませんでした。でも、貴方が私に贈ってくださった薔薇だから嬉しかったし好きでした。私にとって好きなお花はどの種類かではなく誰がくれたかなのです。私は貴方がくださるから薔薇が好きです。貴方のくれるお花は全て好きです。…伝わりましたか?」
「カメリア!」
ジャレッドは嬉しさのあまりカメリアを抱き締めた。
「私は君の美しい顔が好きだ」
また顔か…と一同思ったがこれには続きがあった。
「そして花束を渡した時の君の優しい笑顔が嬉しくて、また見れたらと花束を贈るようになった。その日私が気に入った薔薇を集めて花束にしていたが、いつしか君を思い浮かべて花束を作っていたと気がついたのは、君に花束を受け取ってもらえなくなってからだった」
薔薇は受け取れなかった。薔薇の香りで酔ってしまい食が進まなかったカメリアは薔薇を部屋に入れることができなかったからだ。
「一緒に食事をして、君に薔薇を贈り、君の寝顔を見る。会えなくなって気がついた。実は各々公務をしている以外の多くの時間を共にしていたことに。私はずっと君の顔に釘付けだっただけだろうが、君の心地よく響く声もよく覚えている。君の寝顔はとても愛らしいし、君の存在が私に癒しを与えるのだ」
みんな信じられなかった。あの自分を愛する国王がまるで女性に愛を囁くような光景が。
「…、ジャレッド様。私のことを好いてくださってるのですか?」
カメリアはまたあの質問をした。
「もちろんだとも!カメリアのことは大好きだ!」
ジャレッドも同じ答えだった。カメリアはさらに続けた。
「私のどんなところがお好きなのです?」
果たして、ジャレッドの答えは…。
「そんなの、君の美しい顔に決まってるじゃないか!」
(((え!?なぜそうなる!?)))
一同驚愕したが、この先は違った。
「…いや、君の穏やかな笑顔も、愛らしい寝顔も全て愛おしい。顔だけじゃないよ。存在自体が尊い…」
「ジャレッド様…」
「ずっと私の側にいておくれ、カメリア。私たちの美しい顔にシワが刻まれようとも、輝く髪に白髪が混じろうとも…」
年を重ねて今のような美しさではなくなっても側にいたいと言ってくれた。カメリアは喜びでいっぱいだった。
「はい!…ジャレッド様も私を離さないでください」
二人はもう一度きつく抱き締め合った。
「ところでカメリア。前髪を作ったのだね?似合っているよ、とても愛らしい。額の傷はまだ痛むのかい?」
見た目のことではなく体調を案じてくれたジャレッドにカメリアは本当に自分自身を愛してくれているのだと感じた。
「時々ひきつるように痛むことがございます」
「そうか…。かわいそうに。痕も残ってしまったのかい?」
「目立たなくはなりましたが、完全にはなくならないかもしれません」
「そうか。ところで倒れた原因は何だったのだ?」
「実は…」
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