第3話 倒れた原因とカメリアの悩み

「妃殿下、ご気分はいかがでしょうか?」


カメリアが休んで数刻たった頃、ジャスマンが診察のため私室へと訪ねてきた。


「ええ。落ち着きましたわ」


「では、診察をしたいと思います。よろしいでしょうか?」


確認しジャスマンがカメリアに触れようとしたのだが、それをカメリアは遮った。


「いいえ、結構です。倒れた原因はわかっておりますので」


伸ばした手を止め、ジャスマンは何か思い当たったのか穏やかに聞き返した。


「原因と仰りますと?」


「栄養失調です」


「はい?」


考えていた答えではないことに驚き聞き返した。


「あの、栄養失調ですか?妃殿下が?ご懐妊とかの可能性はございませんか?」


「その心配は全くございません」


「全くですか!?」


夜な夜な王妃の部屋に国王が通っていると聞いていたジャスマンは驚きの声をあげた。

その様子をカメリアと王妃付きの侍女であるリラとオリヴィエは顔を見合せた。侍女の二人は事情をよく知っているようだ。


「そのような行為がないのですから、可能性はございません」


夜な夜なカメリアの部屋に来る理由は、ただただカメリアの美しい寝顔を見るためだった。カメリアも初めこそ覚悟と期待を持って部屋に招いていたが、一向にその気配もなく、美容に悪いから早く寝るようにと促され、カメリアは先に休むという日々を過ごしていた。しかし、ただ見られているというのも体が休まらず、美容に悪いというのであればジャレッドも早く休んだ方が良いと部屋への訪問は回数を減らすようお願いした為、今では1日おきで落ち着いている。


「なんと…、それでは、栄養失調というのはどのような事情なのでしょうか?」


贅沢は十分できる身分だ。食事が用意されないということもないし、好きなものを食べることができるはずである。


「その…、香りに酔ってしまい、食が進まないのです」


「香りですか?」


「ええ。薔薇の香りですわ」


ジャレッドが愛して止まない薔薇の花。専用のバラ園に飽きたらず、宮殿内の至る所に飾られている。それはダイニングルームもだ。またジャレッドのその日の気分で飾られる品種が変わるため、香りも様々なのだ。酷い時は複数の香りが混じる。ジャスマンは理解した。


「そういうことでしたか。でしたら別室で召し上がられたら良かったのでは?」


「いえ、国王とのお食事ですから、ご一緒させていただきたかったのです」


カメリアはジャレッドと一緒にいたいから共に食事をしていたと言う。だったら、あのケンカ別れのような余興は何だったのか?ジャスマンは踏み込んだ。


「あの、余計なことかもしれませんが、先程妃殿下のお名前を陛下に尋ねたのは何故なのです?」


日頃あまり表情を変えないカメリアが少し暗い表情を浮かべている。ジャスマンもリラもオリヴィエもカメリアの発言に注目した。


「私の顔以外に興味をお持ちであるか確認したかったのです」


「それでお名前を?」


「私はこちらに嫁いでから陛下には『王太子妃』『王妃』としか呼ばれたことがありません。嫁ぐ前は『王女殿下』と呼ばれておりました。そもそも直接聞かれたこともございませんし、興味もないのでしたらお知りになろうともしないと思いました」


「それと今回のお怪我は何か関係が?」


「陛下が私に対して最も好意をお持ちなのは、この『顔』なのです。私はそんな陛下に対する唯一の武器である顔に傷を作ってしまいました。陛下は私の傷の心配しかしておりませんでした。出血による体調不良や、そもそも何故倒れる事態になったのか、そんな心配は全くしておりませんでしたし、血まみれだった私の顔を見ようともしませんでした。額の傷は大きかったですし、今もズキズキと痛みます。痕が残ってしまったらどうしましょう?私はここにはいられなくなってしまいます。そうではなくても若く美しい時間は長く続きません。いつ陛下の観賞の役目を終えてしまうのかとハラハラしています」


「妃殿下…」


「私は祖国には戻れません。もし陛下に捨てられてしまったら、行く当てはもうないのです」


そういうと、カメリアは両手で顔を覆い涙を流した。そんなカメリアにリラとオリヴィエは両側から寄り添った。

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