第7話 凍てつく牙

 知らせを受けて急いで向かった司令室には今までに経験したことの無い、異様な雰囲気に包まれていた。

「──よし、来たか。ではやろう諸君」

 俺達四人が来たことを確認した坂敷艦長は司令室に座る乗組員に命令を下す。

探針音ピンガー、打て」

探針音ピンガー、打ちます」

 アクティブソナーであるピンガーは音波によって周囲の反響音から様子を探るものだ。だがそれは、同時に自艦の位置を晒すことにもなる諸刃の剣である。これを使用する状況とはすなわち、晒してもなお周囲の様子を知らなくてはならないほど追い込まれている状況だ。

「ソナー、どうだ」

「……完全に。逃げ場はありません」

「──魚雷戦用意。前方の壁に向かって照準。1番2番、近接信管でセット。魚雷発射管注水開始。完了次第発射管開け」

「了解。発射管注水開始」

 艦長の落ち着いた声が司令室に響き渡る。いつになく重たい声が、事態の深刻さを伺わせる。

 魚雷発射攻撃──垂直発射装置VLSを持たない潜水艦に許された、ただ一つの攻撃手段だ。

 封鎖、というワードから何かに囲まれているのだろうか。魔獣だろうか。本来、魔獣は海中にはあまり居ない。考えられている理由としては海中に魔力があまり含まれていないからだという。インフィニットメテオの影響で大気には魔獣が活動出来るぐらいには微弱の魔力粒子が漂っているという話だが、海中だと溶け込んでしまってその量はほぼ無いと言っても良い。また、そもそも海中に人間は住んでいないので魔獣の行動原理に従って数はほとんど居ないのだ。

 だが、海棲魔獣は少数精鋭ということもあってかなり強力な個体が特徴的だ。同じレベル3でも陸上に居る魔獣とは体躯も強さもかなり違う。海の世界で人類が使用する『艦艇』に対抗するために魔獣も強くなっているのだ。

 しかし、数が少ないしこうやって今まで隠密で航行していたのに囲まれてしまうほど居場所がバレているのか……? イマイチ見えない状況に不安になってくる。

「注水、照準セット完了。発射管開きます」

 艦首に装備されている魚雷発射管の中に水が満たされて外扉が開かれるとなると残るは圧縮空気で魚雷を撃ち出すだけとなる。──いや、シーウルフ級は660mm魚雷発射管であったからそれならスイムアウト方式……満たされた水槽内で魚雷のスクリューを始動させて走らせる方式だったか。ともかくとして、つまりは銃に引き金を掛けたようなものだ。

 司令室に重たい空気感が漂う。弾倉マガジンさえあればほぼ無尽蔵に撃てる銃火器と違って魚雷は数に限りがある。海自コース出身では無いのであまり詳しくはないが、このような大型攻撃潜水艦でも精々二十発程度だろう。対海中魔獣の他に対海上魔獣用として耐圧カプセルに入れて発射管から撃ち出せるUGM-84のような対艦ミサイルハープーンも混載していればさらに魚雷の数は少なくなる。その貴重な一発、二発をここで消費するということは重要な決断だ。この先いつ補給できるかも不明な秘密輸送航海の状況で、艦長職に圧し掛かる決断の重さは果てしなく大きい。

「1番2番、撃て」

 しかし、そんな重圧は物ともしないのが歴戦の艦長だ。準備完了次第、躊躇なく発射を命令する。

 ガコン──という重たい音も聞こえずに静かに発射されたはずのそれらは感触も無いが、命令と同時にモニターに魚雷の軌跡が映る。よく見ると先程のピンガーで得られたデータを人間の耳だけでなく電子情報としても書き起こしているようで3DCGによって表現されている様子がわかる。魚雷は真っすぐ艦前方の壁──いや、が張られているような隙間のある壁に向かって進んで行く。イメージ的には魚雷もすり抜けてしまいそうな大きさの穴で構成されている網のようだ。

 着発信管ではなく、目標と近づけばレーダー反射で自動的に爆発する近接信管にしたのはこのためか……と思いつつ放たれた魚雷の行方をじっと見守る。

 そして、命中──重たい爆発音と衝撃が遅れてシーライオンにも伝わり、この部屋も少しだけ揺れる。

 海上自衛隊所属で18式長魚雷なのか、アメリカ海軍の潜水艦でMk48魚雷なのかどちらを搭載しているかは不明だが、両方とも当たり所が良ければ中型艦艇でも一撃で沈められる威力を持つ凄まじい魚雷である。直撃では無く、艦底直下で爆発させることで爆風の衝撃波以上に構造破壊能力を持つバブルジェットの衝撃によって一ヶ所に威力を集中させて船体をへし折る攻撃方法によってワンパン出来る攻撃方法だ。

 勿論、弾頭中身にある爆薬の威力そのものも十分に高い。そのため、大抵の物体なら破壊出来るのだが──

「……ダメです、修復されていきます」

「そうか、厄介だな」

 壁、とやらに二発もの魚雷が炸裂して破壊こそ出来たようだがすぐさま修復されるとなると無意味に近い結果となった。だが、貴重な情報は得られた。

 引き続き監視を続けろ、と部下達に命令した艦長は俺達に向き直る。

「見ての通りだ諸君。どうやら本艦はしまったらしい」

「どういうことですか」

「これを見たまえ。現在、本艦は海底近くにある隆起した洞窟のような場所に居てね。ちょうどトンネルのようになっている切り立った崖なのだが、その前と後ろを『壁』に塞がれてしまった。それも、急速に」

 艦長から示された3DCGの表示通りに、確かにシーライオンは封鎖されている状況だ。壁も修復されるとなると、厳しい状況にある。

「──魔獣の仕業ですか」

「そうだろう。レマーレ君はどう思う」

 海──延いては海棲魔獣に詳しいピアに意見を聞くとうーんと悩んでからたどたどしく質問が返される。

「──あのカベって、でできているかわかりますか?」

「ソナー。判別可能か」

「……確かに、先のピンガー時で帰ってきた音は氷のそれでした……。しかし、ここは極冠地域ではありませんよ!」

「となると魔獣による何らかの魔術としか考えられないな」

「あーわかったかも! 『ぶらいにくる』だよ!」

「ふむ──なるほど。死の氷柱ブライニクル、か。それを生み出す魔獣となると……異種型だがブルーテイカー辺りだろうな」

「うん、ピアもそう思う!」

 ブライニクルに関しては少しだけだが理科系の授業で見聞きしたことがある。乗組員の言っていた通り、主に極域で発生する現象で高濃度で低温の塩水が降下しつつ周りの海水を凍らせて柱を作り出すものだ。最終的には海底に到達し、生息するヒトデ等の生物を氷漬けにして殺すという結果を迎える。

 そして、その現象を魔術か何かで再現しているブルーテイカー……話には聞いたことがある『最優先撃破対象アブソリューティ・キル』に指定されている魔獣の一体だ。

 海棲魔獣の中でも単純戦闘力では無く、非常に特殊な性質で厄介なタイプの一体。アメーバ状の体構成の魔獣で、その名の通りことが出来る。主に小型艦艇に取り付くと自身の身体を一気に増殖させて操り人形にしてしまう恐ろしい能力を持つ。

 寄生型ともいえるその戦闘行動に恐怖する海軍軍人も多いのだが、個体数が少ない点が唯一の救いとも言える。

 その内の一体──いや、二体が正面と背後の壁となって海底洞窟に入ったシーライオンを囲んでいるというのか。

「ブルーテイカーが自身を凍らせて網目状の氷柱になっているということね。でも何のために」

「んーまちかまえていたのかも。ここにくるってわかってたんじゃないのかなあ」

「我々の行動が迂闊だったか──だが、この地点は他の潜水艦にもバレていない我々シーライオンだけの秘密基地だったのだがな……まあいい。このまま全速力で突撃して壁を壊せたとしても砕かれた欠片から取り付かれてしまうだろう。ブルーテイカーを倒すには身体のどこかにある『コア』を破壊しなくてはならないからな。魚雷で攻撃するにしても、まずそれを探す必要がある」

「ソナーでそれらしい場所はわからないの?」

 レナがソナー員に直接話しかける。だが、帰ってきた答えは芳しくない。

「そうですね……周りの体組織が他と違う部分をピンポイントで見つけられたとしてもそれが欺瞞かもしれませんし、そもそも反射音でわかるかは前例が無いので難しいかと」

「なるほどね……でも、このまま何もしないでいてもあの網の柱が迫ってきて取り付かれるだけよ。すぐに来ないのは、相打ち覚悟の自爆に備えているのか他に理由があるのかはわからないけれど……」

 レナがそう考察を述べるが……俺から見てもかなり不味い状況だ。ブルーテイカーはそのコアさえ破壊出来れば魔術・魔力で構成された体組織が一気に崩壊して死に至る。逆に言えば、破壊されず魔力が尽きない限りはほぼ不死身なのだ。圧倒的魔力で再生をゴリ押しするレベル5魔獣ゾディアックのように。

「──私達が出るしかなさそうね」

 レナが静かに呟く。だがそれは──

「ダメだ。それでは秘密輸送作戦に失敗してしまう」

「どういうこと、魔術通信される前にさっさと倒せば良いだけよ」

「陸ならそうだろう。だが、ここは海──それもだ。『サウンドチャネル』を知っているか?」

「いいえ、わからないわ」

 潔くレナが知識不足──全知全能な者など居ないのでそれが自然なことだが──を白状したところで、ピアが手を上げる。

「はい! ピア知ってるよ!」

「ほう、では教えてくれると助かる」

 艦長がピアに仕事を与えて、俺達は彼女の辿々しくも真剣な解説に聞き入る。

「うん! あのね、海のなかにはおんどがちがう層があってね、そこをうまくはんしゃして鳴き声をクジラさんがなかまにしらせることができるんだよ!」

 いつかの学校の授業──物理か地理かでそんなことを目にした記憶があるな……と詳細思い返していると艦長がさり気なく補足に入る。

「ピア君の言うとおりだな。具体的な原理はおいといて、応用すればそういうことが出来る。魔獣もそれを知っているという事例が報告されていてね。遠距離でも同じように魔術通信か、音波に載せてピスケスか大規模魔獣軍が居る場所にまで報告されてしまう可能性がある」

「……だからって、私達以外でコアを破壊出来るような対魔獣戦闘可能な戦闘員は──」

「──自分の出番という訳ですね、艦長」

 自ら名乗りを上げて艦長に問う。生身での爆弾解除に行くような感じだが、フィーラの所在をバラさずに海中で魔術戦闘が可能なのは現状では俺だけだ。

「そうだ。君にしか出来ない状況だろう。やってくれるかね」

 パリに行く前の作戦会議でのようなシチュエーション。だが、あの時とは俺は違う。俺は、強くなった。勿論それはパワードスーツであったり、使える理由もわからないフィーラの下位互換としての能力であったり……という自分自身の力では無いものの……それでも、今の俺は戦える。ただ魔力耐性があるだけではない、レベル4だろうと一騎打ち──いや、数体がかりでも十分戦えるだろう。尤も、その見込みはマカブル等の能力を使うのが前提であり、それはフィーラの所在がバレるのと同じかもしれないが、魔獣軍だってフィーラの存在は熟知している。扱う魔力を見れば、とてもじゃないがレベル5の実力では無いのが簡単にバレる。だからこそ、フィーラに準ずる戦闘能力はあって同じような能力も使ってくるぞ──というあやふやな通信でそのままの内容でしか送れない。その点に関しては、魔獣は予想を混じえないのは行動心理学等の研究で判明している。

 つまりはそんな情報で送ってこられてもゾディアックも大規模魔獣軍も動かない。結果的に動いたとしてもまずは情報収集として確実に一手待つだろう。ある種の余裕と油断が迅速な行動を鈍らせる。特にピスケスは能力に制限がある以上、中々隙は見せないタイプだ。であればこそ、俺が出るべき局面なのだ。

 レナもそれを理解したのか、今度は何も言ってこない。あの時はレナの配慮も感じられたが同時に俺の実力不足──足手纏いも痛感して苦しかった。周りの高官に見せつける芝居だとレナもアーノルド中将も言っていたが……前者に関しては内心秘めたる思いもあったようにも思える剣幕だったと後になって俺は思っている。本気になった──とも最後に零していたのもその一つだ。だからこそ、ここでそれを払拭出来て──いや、自分が必要とされてただただ嬉しい。その思いに、期待に応えなくてはならない。

「了解しました艦長。障害物を、しに行きます」

 狭い艦内でスムーズに行うための海自式の折り畳んだ敬礼で宣誓する。艦長も応じて、答礼を返す。

「存分に、その力を振るいたまえ」

 艦長からの熱く重たい視線にこちらもしっかりと応じつつ、チラリとレナの様子を見ると心配そうな目でありながらも何か思うところがあるような、そんな険しい顔をしていたのであった。


 正式に俺への討伐任務が与えられた後、司令室を出て担当者に案内された向かった先は艦内中央底部。魚の腹ともいえるそこには、物々しい大型機械が鎮座していた。

「ここは、本艦シーライオンの特徴でもある特殊部隊が海中に出るための超耐圧エアロックハッチです。深海のそれでは難しいですが、一定の水圧には耐えられるので今の航行深度であればここから出撃できるでしょう」

「なるほど……確かにそれなら行けそうですね」

「ただ、試験運用中なのもあってあまり性能は高くないのが現実です。メカニカルシールとカーボンゴムパッキン等が水圧で痛んでしまうので二回目以降の出撃は無理かもしれません」

「──最初から任務とはいえ、極力は俺一人で行くしかないということですか」

「そうなります」

 担当者からも改めて覚悟を促される。現代戦はチームプレーが基本だ。いや、普通の社会生活においてもそれは確立されている。しかし、時には一人で戦わなくてはならない時もある。それは非常に困難で厳しく、辛いものだ。だが、あの日、レナに救われた時から覚悟は出来ている。フィーラは何時だって、戦場においてたった一人でその重圧を受け止めてきたのだ。俺も、その覚悟に応えなくてはならない──。

「了解しました。──それで、生身という訳では流石に……」

「ええ、勿論。は用意しております」

 そう言って近くに置いていた巨大なケースを開くと中からは当然のようにジークフリート──俺専用のパワードスーツが入っていた。以前、アメリカ軍の担当者が俺の近くには常にジークフリートやその他の武装といった戦闘用装備をアスムリンが手配して用意しているという話を聞いたことがあるが、今回も例に漏れず潜水艦の中という補給が難しい場所にも事前に準備されていたらしい。

「こちらは以前のタイプとは違い、水中戦用の改良が施されています。頭部ヘルメット内には超小型酸素リブリーザーを搭載し、一時間までの水中活動が可能です。また、脚部や腕部、背中側の各部位には超小型フィンを追加装備されているので、水の抵抗があっても人魚のように行動できます。潜水活動ダイビングは本来であれば訓練が必要なものにはなりますが、全て機械側で補助サポートしますので未経験者であっても、ジークフリートの動作に慣れてさえいれば問題なく活動できるとアスムリン担当者から聞かされています。減圧症などの問題も酸素量、窒素量共に自動調整に寄って可能な限り無問題として排除しているとのことで、新藤特佐には戦闘にさえ集中して貰えればとのことです」

「流石ですね、アスムリンは……」

 元々、ジークフリート自体はNBC防護能力によって気密性は確保されていたが、水中となるとさらに徹底的な防水仕様にもなっているだろう。島での訓練で使えるようになった水中活動魔術にもよって海棲魔獣相手でも十分戦えるはずだ。少し不安なのはさらに高機動の相手が出て来るとなるとその移動速度についていけずに厳しくなりそうだが、その場合は臨機応変に戦うしかない。

「──しかし、水中ではほとんどの武装は使えなくなってしまいます。肩部三連装ランチャーや手甲二連装発射器が発射不能となり、また、特殊拳銃や特殊小銃も火器なので同様です」

「なるほど……そうなるとバルムンクだけですか」

 それも結局は大振りの剣であるのでいくら膂力が成人男性12倍であっても水の抵抗で威力は弱まる。正直言ってかなり厳しい装備一式となる。

「一応、水中戦用の追加武装も用意しているのですがまだ調整中なのと、ここからではハッチを通り抜けられない大きさなので後ほどお渡しする予定です。準備不足で申し訳ごさいません」

「いえ、大丈夫です。ひとまずこれがあるだけ十分ですよ」

 最初から用意していないという誤情報では無いだろう。整備部かどこかで調整中なのだろうと察する。

 一通りの説明を聞いてから、担当者と協力してジークフリートを着装していく。以前のそれとは違って着想手順もさらに簡略化されているようでスムーズに行えるので有難い。戦場において戦闘準備は少ない時間であればあるほど望ましい。新兵器を作る0から1にするだけでなく、改良アップデートも日々行われているのだ。俺もそれに負けないようにしなくてはと気合いを入れる。

 刀剣バルムンクだけで、どのようにしてブルーテイカーを倒すのか。俺一人で難しいならシーライオンにも手伝って貰うか……幾重もの考えを巡らせながら戦闘用の思考に切り替えていく。

 そして、ジークフリートを完全に着込めた段階で自分の中で考えた一応の作戦もまとまり、エアロックに向かう。

 ヘルメット内は病院の酸素マスクのようにリブリーザーの呼吸器が設置されているのでマウスピースを口にくわえずに発声も可能である。ダイビングであれば特殊な呼吸法も必要だったがはずだが、これであれば日常生活と変わらず自然な呼吸法で息が出来るようになる。

「新藤特佐、出撃後は本艦から通信用ケーブルを搭載した特殊魚雷が発射します。そのケーブルをジークフリートの腰部に接続すれば司令室と通信出来るようになるのでそれでお願いいたします」

「了解です」

 俺がそう呟くのを確認した担当者は一つ頷くと、エアロックを解放する。第一段階目なのでまだ水は入ってこない。この狭い空間──人間一人入るぐらいの大きさ──に俺が入った後に今開いたドアが閉鎖されて、そして奥の第二段階目が開いて一気に注水されるのだ。

 中は思ったより狭く、暗い。特殊部隊用と聞いているから最低でも四人は一気に潜水出来る大きさだと思ったが……恐らく準深海用──高い水圧に耐えるために小型で設計された一人用なのだろうと考えながらバルムンクを手に持ちつつその中に入る。

 暗さやサイズ感からしてまるで胎内回帰した感覚だ。人間は……生物は元は海から生まれたという話がある。まさに母なる海に戻るようで──だがその実情は暗く重たい闇の中だ。深海で無くとも日の光は遠くなる。ましてや海底に形成された自然のトンネル内なのだから余計にその闇は増す。

 ……だが、覚悟は示した。何も言われぬまま、第一歩は強制的に踏み出される。第二段階のエアロックハッチが開き、一気に海流が押し寄せてきて後ろのハッチに押し付けられそうになるが、何とか踏ん張って海中に身を投げ出す。

 ジークフリートの暗視装置が作動し、周囲の様子が鮮明になった光景を見ながら手足を上手く調節して姿勢を維持する。

 ──よし、島での訓練の成果が出たな……と思いながらまずは水中活動魔術を使わずにジークフリートの性能でシーライオンの艦首側に回り込む。

 今の状態だと、それこそスキューバダイビングで潜っているような感じだ。勿論、パワードスーツという非常に重たい鎧を装備しながらであるのでそれを加味すると凄まじい機動力ではあるが、結果としては所詮はその程度でしかない。

 ジークフリートに新たに装着された小型フィンの感触を確かめつつも、俺もだいぶパワードスーツの動かし方──身体の預け方に慣れて来たなと実感しつつ魚雷発射管の手前に到着する。

 すると俺の存在はソナーで感知したのか、重たい音が響いて魚雷発射管に注水されるのがわかる。そして、発射管の扉が開くと同時に中から魚雷が一本飛び出してきた。

 ぶつからないように移動しつつ、発射の勢いが無くなって安定した所で近づいて様子を確かめる。後部には潜水艦に繋がる有線ワイヤーが伸びているのを確認し、問題は前部だ──とジークフリートの機能に頼ると取っ手のハンドルが埋め込まれていることがわかるので引き起こしてカバーを展開すると中にはぎっしりとワイヤーが詰まった通信用ケーブルが入っていた。

 ヘルメット内のHMDに表示された指示に従ってジークフリートの腰の辺り──背部と腰部がそれぞれ酸素ボンベ等の水中戦用装備が追加されているので以前の通常型よりも膨らんでいる──に接続して設定を待つと潜水艦からの通信が聞こえて来た。

「──こちら、シーライオン艦長の坂敷2佐だ。聞こえているかね新藤特佐」

「こちら、新藤特佐。問題なく聞こえます艦長」

「よし。ではシーライオンのソナー解析で得られたデータも送る。ワイヤーの長さは十分あるはずだが、場合によっては接続を解除する状況もあるだろう。その判断は君に任せる」

「了解しました」

 HMDに表示されるデータに従って、ジークフリートの解析も始まる。数秒で終わると、現在地から目標までの移動ルートが表示された。水中であるので、完全に三次元での動きでいつもの表示とは異なる。矢印ベクトルに従って慎重にブルーテイカーの氷の壁に進んで行く。

 実際は暗闇の水中だが、ジークフリートの暗視機能と鎧の各部に備えられた水中用ソナー、そしてシーライオンからのデータもあって視界は鮮明である。他の魔獣が接近しても、すぐさま知らせてくれるので俺の警戒度はそこまで高くなくても良い。だが、勿論全てを機械に頼らずに自分自身の勘も含めて周りの様子を見ながら接近する。

 そして、遠目から氷の壁が見える部分にまで到着した。魚雷の穴を通すためなのか、アメーバ状として増殖するために選ばれた形状なのか不明だが網目状に広がるその壁は少しずつではあるがシーライオン側に近づいているのがわかる。タイムリミットを肌身で自覚しつつ、早急に撃破することを決意する。

「艦長、壁を目視で確認しました」

「了解。さて、作戦は何か考えているかね」

「はい。ひとまずはコアを発見し、その後魚雷をその場所にまで自分の手で運んで爆破させて破壊します。立体的に網目状として展開されている以上、コアの場所はシーライオン側から見て奥側になるでしょう。その場合、魚雷を低速にして誘導させても網目──一本ごとの支柱の範囲によっては途中でしまうことも考えられます。そのため、自分がこの手で運びつつ、適宜邪魔な支柱を破壊して行って到達するという作戦です」

「ふむ、その場合は信管を君が時限信管か遠隔操作かに設定する形にする必要がありそうだな。その手筈はこちらでやっておこう。──ピア君、ブルーテイカーの特徴の一つは体内のコアを他の部位に移動出来るという点だ。これはどう対応する?」

 俺の意見を補足しつつ、レベル4魔獣として持つ厄介な能力に対して海の専門家からの意見を得ようとする艦長に感嘆しつつ、俺も専門外とはいえ慣れていない海棲魔獣相手の戦いにどうするかと考えつつピアの話を待つ。

「うーん、そうだねーたぶん大丈夫! ねばねばしている時だとコアの位置はじゆうじざいだけど、こおっている時ならほかのばしょに動かせないと思うな!」

「そうね、その辺り自由自在なのはそれこそアクエリアスにしか無理だろうし、ピアの考えは合っているはずよ」

「うん! あってると思う!」

 レナも話に加わってピアの意見に賛成する。氷結状態から軟体状態に即座に移行するとなるとそのレベルでの瞬時な身体構造変化能力はゾディアックで無ければ不可能だ。尤も、机上の空論が現場では全く違う──それも最悪の方向に転がるというのはままあるが、恐らく問題無いはずだ。コアの場所さえ見つかればそれで何とかなるだろう。

「よし、良いだろう。発見次第、報告したまえ。魚雷を発射し、そちらの誘導に任せる」

「了解」

 艦長からのお墨付きを貰ったので行動開始だ。即興で考えた俺の作戦と艦長の考えも近しかったらしく、特に否定されることもなくOKだったので安堵する。

 さて、ここからが本番だ──として一発、気合を入れつつ氷の壁に向かってさらに接近して行くのであった。


「──それで、いつまでこういうことを続けるつもりよ」

 アスクとの通信を終えた艦長、そして司令室に集まる面々の中でレナが一言声を上げる。

「何のことだね」

 唐突に向けられたレナの苛立ちに対して、艦長が寛大に反応するもその怒りは抑えられない。

「決まってるでしょ、この茶番劇のことよ」

「……レナさん……?」

「どうしたの?」

 状況が飲み込めない同胞フィーラの二人に構わず、ポーカーフェイスで決め込む艦長にレナは尚も食い掛かる。

「だって、別にアスクが出なくても良いじゃない。氷の壁といっても、大型潜水艦の突進で破壊出来ないほどじゃないわ。特にシーウルフ級ならロシアの『聖域』である北極海での戦闘で氷床を浮上で割るために外殻も厚くなっているはず。前方の壁ぐらい、魚雷数発の爆破もやりながら突破できるわよ」

「……それで、艦体に纏わり付くだろうブルーテイカーの欠片はどうするのかね」

「急速浮上して海面に出た後に私達が手作業で破壊すれば良いだけよ。それに、乗っ取るって言ってもコアの部分も一緒にくっ付かないと増殖しないしそれも艦隊周囲に気泡を纏うマスカーで防げるかも知れない──だから、アスクが戦わなくてもこの状況下は突破できる公算の方が大きいわ」

「なるほど、確かに君の考えは筋が通っている。本艦の性能についても良く勉強しているな、どこから知ったんだね?」

「ここの資料室よ、副艦長に言って勉強させて貰ったわ。ほとんど機密だし時間が限られていたからWikipediaぐらいの情報しかわからなかったけど」

「そうだったか、学びは大事だからな。勤勉で宜しい。──そして君の疑念に答えるが、敵はブルーテイカーだけでは無いかもしれない。この広大な海だ、魔獣が単独活動するとは考えにくい。今の私達は任務上単独ではあるが、普通なら海上で艦隊を組んで団体行動する。魔獣軍も基本はそうで、海中であっても海洋生物のように群れを作って行動するだろう」

「──まるで、別の魔獣が出てくることがしているみたいな言い方ね」

「それは考えすぎなだけだレナ君」

「どうかしら、またアスムリンと……さらに日本政府とも結託してアスクの戦闘能力のデータでも取ろうとしているんじゃないかしら? ブルーテイカーも、他の魔獣ってのも用意された人工魔獣なんじゃないの?」

 レナの剣幕に押されて黙り込んでしまうアリサとピアはこの衝突の結末を不安げに見つめる。アリサは特にアメリカでの話──クリムゾンとの戦いもあってか顔を少し歪めてしまう。アスムリンによって脳を手術され敵対対象を無理矢理に変えられたイレギュラーだが、今回もその魔獣が用意されてアスクと戦うよう仕向けられたのかというレナの八つ当たりに近いに対して、艦長が上手く落とし所に着地させていく……その過程で情報を引き出そうとするレナの狙いが交差する。

「──そう考えるのは君の自由だが、では何故新藤特佐が居るときに言わなかった? どうやら君は彼の身を案じているように思えるが」

「……そうね、心配よ。でもそれはあなた達も同じ。彼のについて、彼の持つ能力について思う所はあるのでしょう。──テストするのは勝手だけれど、彼の身を案じないようなやり方を続けるのであれば私が直接動くから」

 レナの宣言に対して艦長はわかったよ、と軽く白旗を上げて降参する。

「了解だ、エアレンデル特佐。君の考えを尊重し、戦闘中危険だと判断した場合は自由に動いて構わない。私としても、彼は他には代えがたい存在だからな、助けてくれるのであればむしろ命令するぐらいだ」

 ただし、と艦長は付け加えて

「先程、新藤特佐が出撃したエアロックは調整が必要だ。君が出るなら魚雷発射管からになってしまうが、それで構わないのかね」

「大丈夫よ、直径660mmもあれば私達子供なら通れるでしょ。──それと、を用意して欲しいわ。多分、艦内にある装備だから」

 それは言わば、一つの兵器としてという意味合いにもなる行動。人間扱いされないその扱いに、だが彼女は何も問題無いと答える。自分のことより、彼のことを重要視するその心理に──少々危険だな、と艦長は内心思いつつも尊重すると言った手前引き下がれないので──「わかった。準備させよう」と一言呟いてレナの出撃を許可するのであった。

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