第21話 再会と誓い
「さあ、行くわよ二人とも。ゾディアック・アリエス討伐作戦は
気丈に語るレナも息災のようで、いつも通りの強さを見せてくる。
周囲の安全を確保したところで、これまでの情報共有をしたようだな。俺も同意見だが、アリサが心配だ。
「レナ、ここから離脱はしたいんだがアスムリンのあそこには戻りたくは無いんだ。いや、ちょっとやらかしてしまってだな……」
「全部聞いているわ、態々言わなくても大丈夫よ。……そんなことより──」
一拍置いてから怪訝な表情で俺に問いかける。
「……なんであなたから魔力反応が感じ取れるのかしら……? そのスーツに流れている魔獣の血……でも無さそうだし……説明してちょうだい」
こちらを伺う──疑う? 上目遣いに対して、これは誠実に答えなくてはならないと背筋を伸ばす。
「ああ。理由は不明だが、俺も魔力を使えるようになったんだよ。アスムリンの実験でわかったんだが、それでフィーラやゾディアックの『能力』も同じように……」
「えぇっ!? それは冗談でしょう!?」
「いや、ホントだ。もうマカブルもフォートレスも二回以上使えているんだよ」
「……ちょっと待って、それじゃあアスクもフィーラなの!?」
「アスムリンの博士が言うには、まだ確定的って訳じゃ無いようだが……俺にもわからん」
「……いつの間にかとんでもないことになっているわね……」
──それは置いておいて、と呟いてからレナは腕に光を灯してまだ近くを飛んでいる上空のA-10に何かの合図を送る。
それを見た機体は俺達に接近するコースを取って、何かを機体下から切り離す。
おいおいおい、空爆じゃないか、同士討ちだぞと真っ青になって迎撃のために武器を取り出そうとするが、レナが至極冷静なのを見て一体なんだ、と疑問に変わる。
そして目にも止まらぬ速さで俺達の近くの地面に叩きこまれたそれは、スーツケース程度の小さなコンテナボックスだった。
「これは……」
「救援物資よ。医療セットもあるはずだから、必要でしょ今」
「ああ、助かる」
その言葉を聞いてすぐに駆け寄る。流石に頑丈に作られているので中身も無事だ。俺が慣れ親しんだ医療セットの他に、非常用食料水も用意されている。こういうのが最初に欲しかったな。まあこれを持って地下迷宮には入れなかったとも思うが。
コンテナの中身を漁って必要なものを選別してからアリサの元に向かう。
ギリギリ起きているといった不安定な容態なので無理はさせずに、まずは水だけをゆっくりと飲ませてから様子を見る。
次第に息も落ち着いてきて、スッと眠りに入る。そうだな……三日間不眠不休だったのであればもう限界だ。
誤嚥して気管に入るのも嫌なので今は安静にさせつつ、俺も魔力回復目的で高カロリーゼリーを食べながらレナと話し始める。
「レナは、あそこで別れて米軍と合流して……ずっと戦っていたのか?」
「ええ。ゾディアック・アリエス討伐戦のための前哨戦に駆り出されていたわ。それで、粗方片付けた後にアリサが行方不明だって聞いたから急いで来たのよ。本当はヘリが用意されていたけれど、追加でアスクもアリサを追って研究所から脱走したって聞いたからもうA-10の背中に乗って来たわ。まったく、とんだ人達よ……」
「それは、悪かった。言い訳で済まんが、色々とあってだな……」
「それはわかっているから大丈夫よ。私もあそこには関わりたくないからあの時逃げたようなものだし……でも、本当に二人とも無事で良かったわ」
「ああ……最後の最後まで、レナが助けに来てくれるまでヤバかったけどな……」
「そうね。でももう大丈夫よ。ヘリが後で来るはずだからそれで行きましょうか。A-10も燃料が無くなるまではここを護衛してくれるわ」
「了解だ。そうしよう」
「それにしても──本当に能力や魔力使えるの? 私のキングス・オーダーも今やってみせなさいよ」
「どうだろう……まあ試してはみるよ。コツを教えてくれないか?」
「そうねえ……まずはイメージよ。使いたい技のイメージを強く保ちなさい。そうすれば出来るわ」
「……なるほどな……そいつは──難しい、な……」
──安全が確保され、最強の仲間が来てくれた安心感があったのだろう。傍らでスヤスヤと眠っているアリサを二人で見ながら、何とか解決出来た非情事態に胸をなでおろして、空いていた時間を埋めるように俺達は平和な会話を始めるのであった。
「──彼らは助かったようだね、デューズ君」
何もない真っ白の部屋で、ただ一つだけある椅子に座りながらアスムリンの所長であるジョン・ウォースパイトはそう話しかけた。
「全ては、所長の掌の上だったのですね。マイアミでのナルコスとの戦闘も、彼の能力の覚醒も、この奇妙な救出劇も」
立ったままのデューズ博士は彼の背中を見ながら、そう語る。
「そうだね。全ての行動には意味があるんだよ。私が運転したボートだって、出発した保養地の敷地内には法的執行機関の射撃場──つまりはSWAT部隊用の設備でロバート・フルカワ率いる部隊が待機していたし、あの霧を建物内に送り込むよう換気システムを仕組んだのは我々だ。そもそも、最初の到着地にワシントンを選択させて国立墓地に行くように仕向けたのも、父親の面影があるフルカワ隊長を会わせたのも、フィーラ・アリエスの精神的不調を発症させ、そして根底から解決するためにアスク・シンドウにやってもらいたかったのだが予想以上の成果を彼は出してくれたよ」
誰に説明しているのかもわからない不気味な答えの開示に、デューズ博士はそれでもと声を出す。
「──何故私がここに呼び出されたのかお聞きしてもよろしいですか所長」
アスムリンの──いや、所長が全て独自に考えていた計画を自分に聞かせる訳じゃないだろうと言外に問いかける。
「ああ、簡単なことだよ」
そう言って、ウォースパイト所長は椅子をくるりと回してデューズ博士の方を向いた。
「──あの女について聞かせてくれたまえ」
「……女、と言うとレーザマイト大統領のことですか?」
違うだろうな、と内心思いながらデューズ博士は答える。
「ははは、それも気になるが違うね。君の相棒のことだよ。マリー・テレサ……あの女がアスク・シンドウが持ち込んだスパイ紙幣に気付く様子は一切無かった。私はこのアスムリンの全てを、この研究所内を掌握しているから嘘ではないよ。……何故あの場で気付いていたんだろうね?」
マリー女史のことは……既に部下から話が上がっている。
アスク・シンドウが脱出に成功すると同時に……彼女もまた忽然と姿を消したらしい。フィーラやアスク・シンドウについての研究で一緒に居ること多かったから私が疑われているのか。
「……私もそこまで親密な関係では無かったので不明です。それこそCIAかFBIのスパイだったのではないですか?」
「それなら簡単な話だけどね。もう表舞台には出てこないだろうからわからないままだろうね……ともかく、まずは彼らにアリエスを倒して貰わないと話も始まらない。ああ、例の兵器も準備出来ているから君も現地に行ってくれないかな? 旧友にも会えるからね」
「……承知いたしました所長」
デューズ博士はそう言うと、すぐさま引き返して部屋を後にした。
──随分と嫌われている……いや、苦手に思われているのか。
だが拒否権等あるハズも無い。あの秀才もまた、私の掌の上なのだ。
何もせずに、椅子に座って
だからこそ、要所で掻き乱してくるマリー・テレサには手を焼いたものだ。だがこれからは大統領が敵になるか……いずれまた会えると良いなあ……メアリーよ。まったく、乱世は面倒な英雄が現れるので困ったものだよ。願わくば、全て
そう、ジョン・ウォースパイトは叶わぬ望みに想い馳せながら不敵に嗤うのであった。
「──あれね」
「ああ、来たか」
空から音が聞こえると同時に見えたのは一機のヘリコプター。俺とレナが見上げると、
今度はレナの合図も無く正確に接近出来ることから、今も遠くで警戒飛行中の
負傷していた左肩や痛めていた全身の筋肉も、A-10から投下された救援物資内にあったフェンタニルトローチを舐めることで痛みは一応引いた。フェンタニルはモルヒネの効力100倍とも言われるほど強力な鎮痛剤なので、棒付きキャンディーのように舐める形で少しずつ摂取する。これは、意識がギリギリの負傷兵でも十分な鎮痛効果が達成されれば口から勝手に零れ落ちて過剰摂取を防ぐという仕組みにもなっている。ので、俺も少し舐めただけでだいぶ全身の痛みが引いて効果を実感するのであった。スコーピオン戦でのモルヒネも効いたは効いたが正直俺の
また、アリサに関しても重い傷は見られなかったが軽い擦過傷等に対して簡単な手当てをしておいた。これ以上はいくら衛生科コースで学んでいたとはいえ応急処置を超えて俺の手に余るし、アリサ自身の回復力も高いので後で専門の医療班に任せることにした。
残るは離脱手段だけだったのだが、何とか助かったようだ。後は三人でブラックホークに乘って脱出するだけである。
ほっと胸をなでおろしている時、レナが俺に提案する。
「ねえ、アスク。空飛んでみましょう?」
「──えーっと、俺が飛行魔導でヘリの所まで行けってことか?」
「そうよ。今のうちに練習しておいた方が良いわ」
「確かに空が飛べれば戦術的に優位だが……そうだ、いきなり『魔導』は難しいんじゃないか? 飛行『魔術』ならもっと簡単なのかな」
「うーん、魔術の範疇で空を飛ぶのは難しいのよ。使うにしても、飛行機や鳥のような翼が無いと多分無理ね。そのスーツに搭載されているのなら良いんだけれど」
「わかった、今確認してみる」
そう言ってジークフリートのメニューを開くも、どうやら飛行用のプログラム自体はあるものの
「装備自体は存在する様だが、今は装備されて無いみたいだな」
「そう。だったら魔導でいきましょ。身体強化が使えたなら素養はあるはずだわ」
レナはそう語るが、身体強化自体はレベル2魔術の範疇だろうし、魔力の運用自体のセンスの良さはあまり無いと自認しているが……レナの提案は無碍には出来ない。
「……やってみるか。コツを教えてくれ」
「結局の所、飛行魔術にしろ飛行魔導にしろ身体の周囲の気圧や空気を操作しつつ、魔力で生み出した推力を使って飛ぶのよ。魔術だと翼を上手く利用して元々の翼を活用したり、単純にロケットエンジンやジェットエンジンのような形で推力を生み出して飛行しているのだけれど、魔導だとけっこう強引に魔力を使って推力を生み出して飛ぶから
なるほどな。航空魔獣が兵器型にしろ生物模倣型にしろ元々空を飛ぶ姿での身体形状なのはそういうことだったのか。学校ではあまり魔獣のことを学べなかったから貴重な情報を知れた。
「そうか……そうなるとレナの言う通り俺は魔導で飛ぶしか無いようだが、ゴリ押しできるほど魔力が残っているかどうかだな」
「一応それも技術で解決出来るわ。私が飛ぶときは足の近くに推力術式を複数展開させて飛んでいるけれど、アスクだと足裏に直接推力を生み出す形で飛んだ方がやりやすいはず。それで、高い推力を生み出すには推力口を細く絞るようにしてやれば良いわ」
「細く、絞るか……」
難易度が高く初めて挑戦するものとはいえ、なおも悩む俺にレナが発破を掛ける。
「
「──よし、わかった。やってみる」
こと魔術・魔導・能力これらに関してはレナに右に出る者は居ない。最高の師の教えに従うまでだ。
「私はアリサと一緒に飛ぶわ。その後についてきて! 強いイメージよ!」
眠ったままのアリサを抱えてレナは飛び上がる。靡く長い金髪と、ヒラヒラと揺れるスカートの姿に見とれそうになるも今は自分に集中だと言い聞かせて目を閉じる。
レナのアドバイスからして、莫大な魔力と高い技術力によってフィーラは複数の見えないジェットエンジンのようなものを支配して飛んでいるらしい。
だが俺は無理だ。であれば、言われた通りに素人でもやれるようにイメージするだけである。
──レナも俺が完璧に出来るとは思っていない。それでも、早めに習熟を積ませることで今後の戦いに備えようとしているのだ。既にゾディアックとの戦いは始まっているのだし、俺が生き残るかどうかの実力も経験と戦闘技術に大きく関わって来る。武装についてはこれで十分なので、次に鍛えられるものとしては魔力の使い方についてなのだ……。
ジェットエンジンそのものを正確にイメージすることは俺の知識の範囲内に無いので難しい。航空コースか勿論、概形はわかるがここを正確に思い描けなくてはそれを通る魔力のイメージが難しくなる。
であれば、簡単にイメージ出来るものは無いかと海馬を探って行く。
少し考えて浮かんだのは蛇口のホース。足裏から魔力をちょろちょろと垂れ流しているのを、キュッと注ぎ口を押えて圧力を上げれば魔力の噴出も強くなるハズ。
その噴出をガスととらえて、着火して推力とする──そんなイメージだ。
魔力の身体強化自体は出来たんだ。それも、脚の強化には多少自信がある。上半身とは違って、下半身には筋肉しかない。筋肉はすなわち
──よし、行くぞ。
ブラッドリキッドを脚に集中させるようジークフリートに指示を出す。足の甲と裏、
フーっと息を最後まで吐いてから、奥歯を噛み締める。
そして、魔力を足から垂れ流すイメージ。じんわりと何か暖かいものが広がったな、と思えた瞬間一気に気合を込める。
「──ッ!!」
日本防衛の上層部の動きの参考として授業中に何故か視聴することになった日本怪獣映画の有名な
すると、足裏に違和感。
マジか? と思って少し地面を踏み直して感触を確認すると、スパイクが生えたように足裏に何か突起が出ていることがわかる。
ジークフリートのHMDには『
それに、なんだかもう既に浮いているかもしれない……!
より鮮明に、さらに勢いを抽出して推力を確保──
「──おおッ!?」
変な声が出てしまったが、マジで、僅かだが十数cmは、浮いている!?
だがすぐに姿勢が乱れて、地面に着きそうになる。危ない、ここが踏ん張りどころだ!
足の裏からだけでない。半ば自然と両腕も伸ばして掌からも魔力の噴出を行うイメージ。
某鉄人の飛び方にはなってしまうが、それだけパワードスーツでは効率の良い飛び方なのだろう。
実際に掌からも推力が出ているかはわからないが、姿勢が安定した……と思い込むようにして再度、もっと上を目指すために足の裏をもっと引き絞るよう力む。
もう高さなんて意識しない。ただ、飛ぶ。浮遊感を、楽しむ。
眼を閉じて、脚全体にも意識を向ける。一本ずつを大きなエンジンと捉えて……
息を整えつつ……数十秒間を置いて様子を見るために開けてみると──そこには遥かなる広大な地面が広がっていた……とはいかずにさっきの状態から少し上がったかなと言える程度であった。
劇的な結果こそ得られなかったものの、1mぐらいは空を飛べたので成果は出た。ブラッドリキッド無しで生身のまま飛べるかはわからないが、もう人間の範疇を超えてしまったなと苦笑する。
──そう、苦笑なのだ。不快感……というより、自分自身についての不安だろうか。それは僅かに残っている。結局、アスムリンですらそれを暴くことは出来なかった。
だけども、これが戦う力であることは十二分に自覚した。レナ達と……皆と一緒に戦えるのであれば、それで良い。今まで足を引っ張った分、これからは俺も前に出て戦うんだと心を奮い立たせる。
と、急に力が抜けて嫌な浮遊感が襲う。マズイ、魔力が切れたか!? 別にすぐ地面なので怪我はしないが、そうかこれが限界か──
と諦めた瞬間、無意識に空に伸ばしていた右手を掴まれる。
「よく頑張ったわね」
見上げると、レナが俺の手を掴んで浮いていた。アリサをヘリに乗せて戻って来たのだろう。
「……人間、やれば出来るもんだな」
「──そうね。さあ行きましょう」
俺の込めたニュアンスに、小さく笑ってくれたこの愛しい少女は──優しく、されど力強く俺を引っ張って連れて行く。
アリサを助け終わった時も、研究所で毎日実験を受けていた時も、パリで戦っていた時も──そしてあの住宅街でも──行き場がわからない俺を導いてくれていた。
それは言わば、生き方がわからなかった俺にとって、本当に有難かったものである。
……この子であれば……いや、この人であれば、世界を救ってしまえるだろうか。
俺はそれまで、自分の実力と成果が及ぶのであれば────永遠に守り抜こう。そう、決めたのであった。
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