第3話 未知との遭遇
護衛艦まやの艦長、加藤雄二は眼前に現れた怪物に驚愕していた。だが、完全に想定できなかったわけではない。国民は嘲笑するだろうが、自衛隊は未知の大型生物との戦闘を想定したシミュレーションを行う時もあったのだ。
国民の血税を使っておきながら、想定できなかったので対応できなかったという言い訳は絶対にできない。自衛隊はありとあらゆる事態にも対応できなくてはならないのだ。
しかし、いざ現実として直面すると体が強張る。緊張が恐怖に変わり心が委縮する。恐怖に取りつかれた副長が艦長に問いかける。
「艦長、アレは一体!?」
「冷静になれ副長。あの怪物が何者であれ、我々は専守防衛の原則を維持するまでだ」
「では、向こうが『攻撃』してきたら……」
「……通信士、政府からの命令は『現状を維持せよ』から変更ないか」
「変更ありません艦長。引き続き様子を見るように、とのことです」
「そうか……」
怪物は護衛艦艦隊と500mの距離を維持しつつこちらを見たまま、一切の動く気配を見せない。我々と同じく様子を伺っている。
怪物は全長50m程の大きさのようだ。護衛艦の半分以下の大きさだが世界最大の動物であるシロナガスクジラの全長30mよりも遥かに巨大である。
姿はまさしく怪獣。悪魔のような角ばった背中が目立つ。海中にあるだろう体下半分の大きさも含めれば、感じられるスケールはより圧倒されるはずだ。あの巨体で体当たりされるだけでも、艦船は大破するか沈没するだろう。耐えられるとしたらジェラルド・R・フォード級航空母艦のような巨大な原子力空母か、巨大タンカーだけだ。
今のところ新しい怪物は浮上してこない。もしあの彗星に怪物が潜んでいるのだとしたら、世界各地で出現しているのか。もし、アイツが宇宙からの何者かが送り込んだモノならば平和的交流を目的とした偵察部隊か──或いは侵攻部隊か。
動かない状況に艦長が大局を見ようとした時、
「艦長、未確認生物に動きが!」
艦長が素早く指示を出す。
「砲雷長、報告せよ!」
「未確認生物が開口、口腔内に高熱を感知!」
まさか、と思った瞬間。大きく開いた怪物の口からサイケデリックに輝く光弾が発射された。
光弾は砲弾の如く弾道を描いて飛翔し、まやの右舷後方に展開していた護衛艦やはぎに着弾する。
攻撃だ。攻撃を受けた。
「政府より連絡! 直ちに応戦し未確認生物を駆除せよ!」
中継映像で見ていただろう政府の動きが早くて助かった。素早くやはぎの状態を確認する。砲弾は左舷中央の至近弾となり3m程の穴が開いている。浸水しているようだが、すぐに沈む様子はない。機関部にダメージが及んでいないことを祈る。
「まや艦長より全艦、戦闘開始。直ちに未確認生物を攻撃せよ」
まやの左舷後方に展開するあがのから命令了解の返答が来る。やはぎからはダメージコントロールをしつつの攻撃が可能との報告が入る。
意を決した艦長は自衛隊が維持してきた不戦の誓いを破る決意を固め、艦橋のクルーに戦闘指示を出す。
「正面砲戦用意。目標、艦隊正面、未確認生物。距離500。主砲攻撃、始め」
戦いを始める言霊を一つずつ、絞り出すように呟く。
「主砲、攻撃始めッ!」
砲雷長が復唱した瞬間、62口径5インチ砲が火を吹く。
まやが発射したのを皮切りに、他の二隻も続けて主砲を発射し始める。
3秒に一発の間隔で発射される砲弾は正確に、怪物に命中していく。三隻同時攻撃ともなれば、1秒ごとに砲弾の雨が降り注ぐ。
目標との距離が近いため砲弾は水面と平行に真っ直ぐ飛翔し、怪物に命中していく。
だが、怪物に達する直前で不可視の防壁に弾かれたように砲弾が防がれる。
いや、不可視ではない。命中したと思わしき瞬間に一瞬だが光り輝いてる。先程、向こうが撃ってきた光弾と同じ色合いだ。
まや・あがの・やはぎの三隻による集中砲火を受けながら怪物は艦隊に近づいて来る。
巨体に見合わないスピード。このままでは衝突する。
「機関最大、取り舵一杯! 衝突を回避せよ!」
心では慌てながらも声音では冷静さを装いつつ命令する。
怪物の進路は
命令するより先に、左に展開していたあがのがさらに左に針路をとる。これで、ダメージを受けて動きが遅くなった右のやはぎ側ではなく、左のあがの側に退避することが可能になった。
僅かに避けられたすれ違いざまに怪物の視線とまやの艦橋が衝突する。
この世のものではない深淵の瞳に見つめられた艦橋のクルーは恐怖で声を漏らす。
艦長も顔を強張らせながら、毅然とした態度で深淵を見返す。
そのまま交錯し、怪物がまやの後方に回り込む。
後方には主砲を向けることができない。このまま左に舵を切っても間に合わない。
再びの突進か、先程の光弾での砲撃か──
逡巡したその時、怪物が居る海面に巨大な水しぶきが立ち昇る。
新たな増援ではない。なぜなら、怪物が発したらしき耳を劈く咆哮が響いたからだ。
アイツも叫ぶことはできるのか、と思いながらも状況を確認する。
おそらく、海中からの攻撃を受けた。この状況で攻撃ができるのは──
「艦長! やはぎより12式対潜魚雷を発射、命中したとのことです!」
怪物の様子を見るに効果ありだ。主砲を防いだ不可視のバリアは海中には展開できないらしい。さすが松井艦長。ただでは転ばないか。
「まや艦長より全艦、対潜魚雷による攻撃を開始せよ!」
艦中央部の324mm3連装短魚雷発射管から12式対潜魚雷が発射される。
まや・あがのの二隻から放たれた計6発の魚雷は怪物に向かう。
怪物もこの攻撃は嫌がったか、全速力で回避を開始。さらに光弾を連続発射。
命中よりも速射を優先した攻撃だったようだが、それでも狙いは正確だ。
真っ直ぐ本艦に向かって飛んでくる。こちらも、同じ手には対応可能だ。
「対空戦闘用意! CIWS迎撃開始!」
高性能20mm機関砲を搭載した
二発までの光弾を空中で迎撃できたが、三発目には間に合わず被弾。
大きな衝撃が艦内に響く。艦長も負けじと声を張り上げる。
「ダメージコントロール! 損害報告!」
「艦後方部に被弾! 後部VLS使用不能!!」
後部のミサイルが使えなくなったのは痛いが、爆沈しなかっただけマシだ。
同時に、怪物に対潜魚雷が命中する。再び大きな叫び声。
「取り舵このまま! 射線が取れ次第、撃ち方始め!」
艦隊の陣形が乱れるも、各艦が個別に対応する。
主砲の攻撃が開始され砲弾の雨が降り注ぐ。
怪物の体中に爆炎の花が咲く。どうやらバリアを展開できなくなったようだ。
先の対潜魚雷でダメージを与えたのが効果的だったのだろう。勝勢はこちらに傾いた。
「艦長! 再び口腔部に高熱反応!! 今までで最大レベルです!」
向こうも向こうで最後の攻撃をしようとしている。バリアよりも光弾に集中し、再び連射するつもりだ。
「とどめを刺す。ミサイル長、
「情報諸元入力完了、発射準備完了」
「撃ち方始め」
「撃ち方始め!」
艦長の落ち着いた命令とミサイル長の熱い応答が交わされると、四連装発射装置から一発のミサイルが放たれた。
ミサイルは大空に向かって飛翔後、軌道を下に変え怪物に向かって突き刺さる。
怪物の光弾が放たれんとした瞬間、巨大な爆炎が広がって辺りは静寂に包まれる。
海面には怪物の半身が浮かんでいた。
「艦長、やりましたね」
「ああ。被弾部の応急処置急げ」
勝利の余韻は無い。艦隊は大きな被害を受けた。この戦いで傷ついた自衛官を出したのは私の責任だ。せめて、この異常事態を収束させなくては──
「艦長! 水中より異常な音を探知!!」
他にもまだ居たのか。
「全艦、攻撃準備! ソナー員、浮上する目標の数を報告!」
「……ッッ! 先の音より遥かに多いです! 敵情不明!!」
不利を悟った艦長は躊躇わずに攻撃を命令する。
「対潜魚雷全弾発射!!」
「対潜魚雷撃ち方始め!!」
残っていた右舷の魚雷を全弾発射。浮上してくる海面に魚雷が向かう。
数秒後、巨大な水しぶき。
そして、艦内を震わすほどの猛烈な咆哮音。
水蒸気の煙が晴れるとそこには30体以上の怪物が鎮座していた。
個体の大きさは様々で先程の怪物とは姿が異なる。
絶望的な光景を見て思わず艦橋クルー全員が息を呑む。
艦長もその一人だった。
だが、我々は戦うしかない。
「主砲、対艦ミサイル撃ち方始め! 一体でも多く沈めろ!」
護衛艦艦隊は最後まで懸命に戦った。
砲弾とミサイルが尽きるまで撃ち尽くし、中継が途切れるまで多くの情報を残したのだった。
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