桑花

@yuzu_dora

第1話

大きなオフィスビルの社長室

大きな机に革の椅子がある。

その前には、応接スペース。

中くらいのソファーが置かれている。


初老の男、革の椅子に座っている。

ノックの音。

男より少し若い部下らしき男が入って来る。


部下

「……社長、何かありましたか?」

男 

「宮本、今は先輩後輩として話したい。」

宮本

「……はい。」

男 

「俺な、これからは白線の上だけで生きて行く。」

宮本

「はい?」

男 

「道路にあるだろ? あれだ。」

宮本

「え?」

男 

「横断歩道や道路に限らず、あらゆる白線の上だけを歩く。」


宮本、男の顔をじっと見る。

至って真剣に話す男。


宮本

「何か変なもんでも食べました?」

男 

「いや。」

宮本

「小学生でも低学年までの話です、よ?」

男 

「俺、白線から出たら死ぬから。」


宮本、苦笑いをする。


男 

「何となく、そんな気がするんだ。」

宮本

「……働き過ぎですよ。」

男 

「至って元気だから。」


男、人間ドックの結果を宮本に見せる。

至って健康体な男。


男 

「お前、俺の事どう思う?」

宮本

「尊敬してます。」

男 

「今は先輩後輩だから!」

宮本

「だとしても。いつだって実直で全力な先輩だから付いて来ました!」

男 

「じゃあ、今回も全力だ!」

宮本

「……。」

男 

「 俺は本気だぞ。」

宮本

「……なんで死ぬんです?」

男 

「分からん! が、そうなんだよ。」

宮本

「……いつから?」

男 

「今日から。」


宮本、ソファーに深く座り、考え込んでしまう。


男 

「……俺だって良く分かんないんだよ。」

宮本

「……。」

男 

「何故か、白線の外にとてつもない危機感を感じる。」

宮本

「それは、私が跨いでも?」

男 

「いや、俺だけの危機感。」


宮本、唸る。

男、ゆっくりと仕事を始める。


宮本

「車は?」

男 

「……大丈夫! 生身の俺だけ。」

宮本

「どうして私に打ち明けてくれたんですか?」

男 

「お前なら信じてくれると思った。」


宮本、男の熱い視線に咳払いをする。


宮本

「先輩、嘘吐けませんもんね。」


男、気が抜けた様に笑う。


宮本

「しかし……。私は何をすれば……?」

男 

「何もしなくて良いよ。分かって欲しかっただけだから。」

宮本

「……。」

男 

「もし俺が死んだら、お前に会社を任せたい。」

宮本

「……死なせませんよ。」


男、嬉しそうに笑う。

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