砂漠の司書
東雲
砂漠の司書(1)
荒涼と広がる砂漠に一本の川が流れている。そのほとりにその国があった。川の両側では水が確保できるので少しの緑が茂っている。だが、一歩川から離れるとそこには死と隣り合わせの砂漠が地の果てまで広がっている。日中は燃えるような熱さが人を焼き、日が暮れると一気に気温は下がり砂漠を往く人々を恐れさせる。土地は肥沃ではなく乾いた土が大地を覆っている。水が確保できるところが少ない為に作物の収穫量は民を養うのにいつもギリギリである。特産物は多くはなく、唯一その国でしか採れない質の良い宝石があるのみである。その為、この国では周囲の強国に侵略されないために、軍備に力を入れると共に学問にも力を入れていた。
そんな国であるここケントニス王国の王都には知識の宝庫として王立図書館がある。王国の隅から隅までの土地から集められた書物、王国の歴史、王都で行われている研究の数々の記録、自国だけで無く同盟国や今は亡き国々の文献、国家予算などの国の運営に関わる記録などまである。とても一日では図書館全体を見てまわることなど出来ない。膨大な情報の中から目的の本を見つけ出すのは、地図やコンパス無しに森で目印がつけられた木を探すのと同じくらい困難である。その為図書館には司書が欠かせなかった。その人が求める情報に一番会った本に導く知の案内人である。だが、ここの司書はただ単に本を渡すだけではないのだ。司書は自分が与えた知識が正しく使われるかどうかも見極めなければならない。知は時には剣よりも勝る武器となるのだ。
王立図書館には連日知識を求めて本を探す人が訪れる。
ケントニス王国では季節は乾期と雨期の二つに分かれている。乾期が過ぎ、恵みの雨が降り注ぐ雨期にさしかかろうとしていた。雨期特有の水分を含んだ少し湿った空気が漂うお昼過ぎの事である。
「セフェル・・・・・・セフェル、どこにいるの?」
一人の女性がとある人物を探して図書館内を早足で歩いていた。大声を出せないため小声で名前を呼びながら本棚の間を覗いて回っていた。
「クニハなぁに? 今は休憩中のはずだけど」
しばらく本棚の森をさがしていると、図書館の隅の方あまり人が寄りつかない場所で本を開いていた少女が返事をした。まだ幼さの残る顔と頭から被ったヴェールからはこの土地では珍しい青みがかった髪が覗いて見えた。彼女は長い髪を後ろで編み込みをしてお団子にまとめ上げている。
「よかった!みつけたセフェル。司書長がお呼びよ」
セフェルは本の管理者のトップに立つ司書の中で最年少で今年十八歳になる。現司書長のケニスが孤児であったセフェルを引き取り育てた。元々セフェルは孤児院の中でも頭が良く、本が好きな子供であった。いつも孤児院の図書室にこもっていた。十歳の時ケニスの元に引き取られたセフェルは孤児院を離れる際にも、新しい上等な服にも感情を揺らすことは無かったが、初めてケニスに連れられて王立図書館を訪れた時には瞳をこれでもかと言うくらい輝かせた。朝、開館と共に図書館を訪れて閉館時間を過ぎてもケニスが声をかけるまで本から顔を上げなかった。それこそ飲食を忘れるほどだ。そして十五歳になった時司書となった。
いくら知識を司る司書であっても、各々得意不得意分野はあるものである。その為分野ごとに担当する司書は別れているが、セフェルだけは概ね全ての分野に通じていた。
「司書長が? わかった。すぐ行く」
そう答えたセフェルが司書長室へ行くと、司書長のケニスと一人の男がいた。
「セフェル来たかい」
扉をノックして入ると、五十歳過ぎの美しく歳を重ねた女性が机の前に立っていた。セフェルを見ると目元を和らげて名前を呼んだ。セフェルはその時に出来る口元と目尻の柔らかいしわが好きだ。
「彼女が例の司書なのか? まだ子供じゃないか」
司書長と一緒にいた男は、セフェルを訝しげに見て鼻で笑った。
「こんな子供に私が欲しい知識を探し出せるのか?」
「この子も司書です。貴方にふさわしい知識に導いてくれるでしょう」
そう言って、ケニスはセフェルと男を図書館に送り出した。
セフェルの存在は密かに噂になっていた。望めばどんな知識にも導いてくれる、自分の目的の本を最短で見つけてくれる、などだ。司書は指名をすることは出来ないが、時々セフェルを探し出そうとするものまでいた。今回、この男は地位の高いものであったためセフェルに声がかかったのだろう。
「小娘、先ほどの話を聞いていただろう。早く見つけるのだ」
セフェルは先ほどこの男とケニスが話していた内容を思い出していた。地方の領主であるその男は自分が領主になって数年。最近税収が少なくなってきているので、どうにかして上げたい。その手っ取り早い方法を探しているとのことだった。
セフェルはその男にふさわしい知識が書いてある本を二、三冊提示した。内容としては税の徴収の仕方や、近年の天候の変化についての記録。過去の同じような事例の記録だ。
「貴方がその事を知りたいのであれば、今お渡しした本を本でからになさった方がよろしいかと」
つまりはこうだ、お前は勉強不足であるからこの本を読んで学び直してから出直してこい。と言っているようなものだ。
「貴様、なめているのか!」
自分の思うとおりの知識が得られなかったことに激昂してその男はセフェルにつかみかかろうとした。その時だった。
「失礼。我が国の宝である司書に乱暴を働かないで頂きたい。出入り禁止になりますよ」
掴みかかろうとした男の手を防いだものがいた。それは、王立図書館を警備する兵士だった。なおも言いつのろうとする相手をひと睨みすると、男は諦めてセフェルが見つけた本を手に取ることなく帰って行った。
「ウォリアありがとう」
助けてくれた兵士、ウォリアにセフェルはお礼を言った。彼らは同じ孤児院で育った幼馴染みであった。
「良いよ、これくらい。お前を守るのが俺の役目だからな」
司書は知の番人である。図書館は誰にでも門戸を開けている。司書はその人が求める知識が書いてある本に導く。ただし、その知識が求める人にふさわしくないと判断した場合は拒否することが出来る。
貴方はこの図書館を訪れる時はどんな知識を求めるのでしょうか。そして、その知識にふさわしい人間かどうかを見定めるのは司書の役目。
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