パーティーカラーフローライト
東雲
パーティーカラーフローライト~過去と未来~
それは一枚の年賀状から始まった。
「元気?」
毎年その言葉で始まる年賀状が今年も届いた。相変わらずだと口元に笑みが浮かぶ。返さない事の方が多い、それにも関わらず義理堅く毎年届く。今時メールなどで新年の挨拶をする中残った最後の一枚。今年も来るかと不安になるくらいならば、毎年きちんと近況報告のメッセージを添えて返せば良いのになかなか
それをしない。何故だろう。きっと『そこ』は自分を置くコミュニティでは無いと認識してしまったからかもしれない。
そんな事を考えながら今年も来た年賀状を手にどうしたものかと考える。
母に残っている年賀状はそこにあるからと言われて書くか書かないかは別として、一枚だけするりと紙袋から出した。
机に新しい年賀状と届いた年賀状を並べて置く。暫くそのままに放ったらかしにしていた。もう良いのじゃ無いかって思ったのだ。相手も面倒くさいと思っているだろう。書く年賀状が一枚減るだけ、ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でも無い。
もう良いか、と思って机の引き出しに二枚の年賀状をいれようとしていた時だった。母に年賀状を出しに行くからさっさと書きなさいと言われた。手が止まる。後で出すからと言って放っておいたら良いのだ。そう思ったけど、手はペンを取っていた。
何か書こうと思ったが何も思い浮かばなかった。今自分が何をしてどんな状況なのかなど相手はどうでもいいかもしれない。結局メッセージも何も無い、素っ気なく住所と宛名を書いただけの年賀状になった。外は寒いからと母に代わって出しに行った。
葉書の束をポストに入れる。カタンと音がした。それは心の中にある、忘れようとしている物が入っている箱が鳴る音に似ていた。
高校を卒業し大学に行っても、就職してもずっと繋がっていられると思っていた。でも進学・就職と友人達は遠く離れてしまった。結婚し子供ができ、仕事も忙しく充実して徐々に距離ができていく。どんどん離れていく心。止める事はできなかった。追いつく事もできず、一人取り残されているような気持ちになった。
このままではいけないと思っている。いつまでも過去の思い出に縋って生きるわけにはいかない。とらわれている自分を解放しなければ。このままでは前には進めない。どうしたら良いのだろうか、そう思った私は思い出の詰まった場所に行ってみる事にした。誰も居ないかつての居場所を見たら、この思いも少しは軽くできるだろうと思ったのだ。
ガタゴトとローカル線に揺られて目的地を目指す。春休みに入っている時期に加え、お昼時と言う事もあり電車の中はガラガラだった。通学時間の真っ最中だったら学生で一杯になる電車。でも時間や時期がずれるとただでさえ都会から離れているのに、一気に田舎感が増す。相変わらずだなあと思いながら。目当ての駅で降りる。学校は駅からさらに歩いて二十分くらいの所にある。さらに山の上だ、勾配が結構急で上るのがしんどい。通い慣れていた頃も急いで上ると息が切れるほどだ。今の時期は厳しい冬を乗り越えてもうすぐ春を迎えようとしている。通学路に並ぶ年期の入った桜の木が蕾を膨らませている。春になったらそれは綺麗に花を咲かせていた。今年も新入生を咲き誇る桜と共に迎えるのだろう。
歳をとったものだ、学校に着く頃にはすっかり息が上がっていた。
学生用の昇降口ではなく、めったに行った事の無い来客用の出入り口に向かう。あらかじめ訪問する事を告げていたので、受付で名前を言うと、担任だった先生の手が空いているかどうか調べてくれた。タイミングがよかったようで、会えるとの事だった。
学校の構造なんてもう忘れているだろうと思っていたけど、一歩踏み込むと身体が覚えているのだろう足が止まる事は無かった。
職員室につき卒業生が来た事を告げると、かつての担任がこちらに歩いてきた。
「やあ、とても久し振りだね、何年ぶりだろうか。元気にしていたか?」
最後に見た時よりも白いものがだいぶ髪に混じっているけれども、雰囲気はあの時のままだった。
「はい、元気にしていました。先生も元気そうで良かったです」
挨拶をしてからは近況報告や誰が今どうしているのかなど色々話した。高校時代一緒に居た仲間の話しも出てきたけれど、自分よりも先生の方がよく知っていて、一人取り残されているような気持ちになった。それが顔に出ていたのだろうか。
「突然一人で来るなんて驚いたよ。でも、今納得がいったよ。あの時と同じ顔だ、また迷子になっているのかな」
迷子、そう言われればそうなのかもしれない。ずっとこの場所にとらわれている。あの頃の眩しくてキラキラした日々に。自分だけあの空間に閉じこもって、前にも後ろにも進めずにただ立ち尽くして迷子になっている。あの時は、自分の居場所がわからずに誰彼かまわず傷つけてさまよっていた。けれど高校二年生になってやっと自分の居場所を見つけて落ち着いたのだ。けれど時が経つにつれてみんなの、自分の取り巻く環境がめまぐるしく変わって行きそこに居るのがつらくて、居てはいけない様な気がして、自分から抜けた。抜けたつもりでいたけれどそのかつての居場所に繋がる糸を完全に断ち切れずにいた。それがあの年賀状だ。この糸を断ち切る事ができればこんな思いをすること無くすっきりするのだろうか。そのきっかけが欲しくて今回ここを訪れた。糸を手繰り寄せる気は無かった。
先生の言葉に小さく笑って応えた。上手く笑えず、引きつった笑みになっていただろう。先生と別れ、一番訪れたかった場所に向かう、先生からは鍵は開いているからと言われた。廊下を歩くと聞こえてこないはずの喧騒が聞こえる気がした。誰かを呼ぶ声、笑い声、話し声。みんな楽しそうだ、青春を謳歌している感じが伝わって来るような気がした。
しばらく歩いて足が止まる。ここだ。『生物室』と白いプレートに黒字で扉の上に書いてある。あれから取り替えていないのだろうか、字がかすれてもう少しで消えてしまいそうになっていた。
扉を開けると記憶にある生物室とは少し雰囲気が変わっていた。けれども机の配置、両側にある水槽。黒板の左横にたたずんでいる、白衣を着た骨格模型。変わらないものもあった。ここで日が沈むまで雑談していた。こっそり漫画を持ち込んだり、トランプで遊んだりしていた。ここに居たのはもう十数年も前の事なのに、昨日のことのように思い出される。楽しかった。ここに居たみんなは、この思い出を持ちながら前に進んでいる。自分だけだ、思い出にとらわれて前に進めずにいる。
暫く感情の波に飲み込まれて立ち尽くしていた。チャイムの音で我に返る。そうだ、ここに来た目的を思い出せ、感傷に浸るだけのために来たのではない。前に進むために来たのだ。もうここには誰も居ない、そんな空間に一人さまよっていても意味は無い。前に進まなくては、ここから出なくては。床に張り付いていた様になっていた足を一歩前にだす。足取りは重たいと思っていたけれど、案外軽かった。なんだ思っていたよりも簡単なのだなと思った。気持ちは決まっていたのだろう。ただここに来る事で、前に進むきっかけが欲しかったのだ。滞在時間は短かったけど、十分満足した。ドアノブを握りもうここには来ない、そう思い生物室を出た。
生物室のドアを大きく開けた。そうしてすり抜ける風と共に仕舞い込んでいた思い出を開放した。
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