1話 美幼女との邂逅

優斗

突然の事だった。


 屋根を激しく叩く水滴の音が非現実を演出する。空が光り、唸る轟音が後に続く。豪雨だ。ちょっとやそっとの事では動じない優斗もこれには肝を冷やした。


 安アパートの一室、部屋の隅にあるしわしわのベッドで丸くなる。雷に怯えるのはいつ以来だろう。照明が消える。扇風機の羽が弱弱しく止まった。ブレーカーが落ちたのかもしれない。


「勘弁してくれ」


 思わず呟いた声は雨の音に掻き消された。





「で?」


 ようやく繋がった携帯で姉の紗羅が口にした言葉に「うっ」と優斗は言葉を詰まらせた。


「怖いから来てくれと? この夜の雨の中? 近いからいいと思った?」


「いや、そうじゃなくて」


 もごもごと言い訳する。家が心配だったと素直に言えない。怖がっているのを認める事になる様な気がしたから。


 窓が白く染め上げられる。落雷がおきた。ばあんと言う派手な音が屋根から振動と共に伝わり、帯電する空間が蒼く光っていた。暗闇の中に電流の球が形成される。


「うわ!」


「どうしたの? 何かあった?」


 掌から落ちた携帯が姉の声を響かせる。そして優斗の前に光の塊が、子供くらいの大きさの輝きが現れていた。


 心臓が早鐘を打つ。ベッドの上を後退りする。徐々に光明が収まるとそこには美しい幼女が立っていた。


「ふうっ」


 今迄していなかった様に幼女が息を吐く。降っていた雨が収まっている。電灯に明かりが戻っていた。


「な、なんだお前」


「なんだとはなんだ。わらわは」


 そこでやっと辺りを見渡していた。


 洋服と言うよりはどこかの巫女の着る衣装らしき服を身に纏い。長い黒髪がその美貌を際立たせる。


「どこじゃ? ここ」


 思えば当然の事かもしれない。優斗も訳が分からないと言うのに。いきなり出て来た女の子に状況が分かるとも思えない。


「こ、言葉は、分かるの、か」


 超常現象を目の当たりにして、それでも優斗の口からぽつりと漏れた。心臓がばくばくと音を立てている。


「当たり前じゃ、人をなんだと」


 そして辺りをきょろきょろと見渡し、何かが違っている事を気づいた様に目を見開いていた。柱に駆け寄り手を滑らせる。刻まれたスジを確認してほっとしたと思ったら、いきなりこちらへと向かって来た。


 後退り過ぎて、壁に背中を押しあてる。


 突然何かを見つけた様に本棚へと幼女の視線が向けられた。飾ってあるフィギュアに目を止める。


「おほー。銀狐さんのフィギュアではないか! いいな、いいな」


「いや、分かるのかっ!」


 突っ込みを入れる優斗の脳裏に現代人? 日本語が分かる? どこの子だ? と目まぐるしく浮かんでは消えた。ようやく落ち着きを取り戻す。


「見て分からんのか? わらわのこの衣装、コスプレじゃぞ」


 言われて気がついた。このアニメのフィギュアと同じ女の子にちかい。と。放送が終了して八年は経つ。(あれ? 八年?)と時間の差が気にかかるも直に別の事で頭が一杯になった。


「なんてレアなかっこうを」


 呟きに反応はせず、もじもじしてこちらを伺う。


「おに、い、ちゃん?」


 何て呼ぼうか迷っていたみたいだ。自分が他人の家にいる事を認識したのかもしれない。


「ん?」


「ここ、どこなのじゃ?」


 地図を出そうかとも思うも、子供に見せても分からないだろう、と考え直す。


「山梨県甲府市あたりって分かるか?」


 少し考える様子を見せるも俯いて顔を上げなかった。幼女の後ろにある冷蔵庫へ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る