第5話 非モテゲームオタクの昼休み
「お前、如月さんと一緒に登校したってマジ?」
午前の授業が終わって昼休み。
うちの教室に菓子パンを持ってやってきた細田は開口一番にそう訊ねてきた。
いつもはこっちから出向くのに、よほど如月さんとの進展が気になっているらしい。
「あ、おい。如月さんの席には座るなよ」
「わかってるって。俺なんかが汚すわけにはいかねえしな」
細田は俺の左隣の席に座る。
如月さんの席は聖域だ。俺ら男子が座って穢してはいけない戒律がある。
「ところで昼飯も食べずになにしてるんだ?」
一心不乱にシャーペンをノートに走らせている俺を見て細田は訊ねた。
昼休みは細田と一緒になってオンラインゲームで対戦をするのがいつもの日課なのだが、俺には生憎とやるべきことがあった。
「ん、ああこれか。ノートを写させて貰ってるんだよ。だから今日は一緒に対戦できそうにないや」
「気にすんなって。俺も午後の授業までにやっとかなくちゃいけないプリントあったし、ちょっと取りに行ってくるわ」
「ありがとな」
教室に戻る細田を尻目に俺は勉強に精を出す。
二年生になって初めてちゃんと授業を受けたのだが、流石は進学校と言うべきか授業内容がハイレベル過ぎてついていけなかった。だからと言って泣き言ばかりは言ってられない。
俺は休み時間を削ってでも、今までの遅れを取り返すと決めて躍起になっていた。
「お前、ほんとに非モテゲームオタクから生まれ変わる気なんだな」
教室から課題のプリントを持ってきた細田がしみじみと言う。
「まあな。せめて如月さんの隣を歩けるくらいの男になるって決めたんだ」
俺の初恋は告白する前に一度砕け散った。
だけど、希望がないわけじゃない。
如月さんは山川とまだ恋人関係にはなっていないし、恋愛相談役というおあつらえ向きな間柄は如月さん親密になるチャンスだ。
「話が逸れたけど、如月さんと一緒に登校したって誰から聞いたんだ?」
「誰からって……お前知らないのか? 学校中で話題になってるぞ」
「……嘘だよな?」
思わずノートを写していた手が止まる。
俺ははたと顔をあげて、細田を問いただした。
「いやマジだって、普段は俺なんか空気として扱ってるような陽キャ男子グループが『お前、小宮と友達なんだろ? アイツってどんな奴だ』とか話しかけてきたくらいだしな」
細田を信じるならば、俺が如月さんと一緒に登校していた噂は隣クラスにまで浸透しているらしい。
こんなことで細田が嘘を吐くとは思えないし、おそらくは事実なんだろうけど……願わくば嘘であってほしかった。
「小宮のその反応を見るに、本当ってことでいいんだよな?」
「ああ」
「ったく、お前までゲームオタク同盟を裏切るのかよ」
細田は山川に続いて俺まで脱ゲームオタクをして離れていくことを危惧していた。
「これに関しては不可抗力だ。今朝、如月さんが家までやってきて……」
「はあ!? 羨ましすぎるだろ! リア充爆発しろ!」
如月さんが家に迎えに来てくれたことを報告すると、細田はシャーペンの芯をへし折ってプリント用紙に叩きつけた。
「いや、それがおかしいんだって……俺、如月さんに家の住所教えたことないし」
「じゃあ、如月さんはどうやってお前ん家までこれたんだよ?」
「それはこっちが聞きたい」
俺の家を知っているのはごく一部のリアルでも付き合いのあるネッ友だけだ。
「細田。お前、如月さんに俺の住所とか教えたか?」
「んなことどうやってできるんだよ。俺は如月さんどころか女子とすらまともに話せねえぞ」
「……まあ、だよな」
だとすると、残された可能性は一つだ。
「じゃあ山川から聞いたのかな?」
「まあそうなんじゃね? 如月さんが山川のこと好きだって言ってたんなら、どこかしらで交流はあるんだろ」
細田も俺も釈然としないまま、それでも出た結論に納得するしかなかった。
それからは黙々と作業を続ける俺たち。
先に終わったのは、プリント一枚だけの課題だった細田だ。細田は大きく伸びをすると、焼きそばパンを片手にスマートフォンを弄りはじめる。
「あ、公式Twitterでゲアル2にフルバレットメタルが追加されるのが発表されたってよ」
Twitterを徘徊していた細田が声をあげたのはそれからすぐのことだった。
「本当か!?」
かつての相棒の復活に俺はつい手を止めて、細田のスマートフォンを覗き込んだ。
「ああ。四月二十九日に追加されるらしい。今週末だな。……あ、でもバランス調整が入るらしい」
公式発表によると、「フルバレットメタル」は弱体化されて実装されるとのことだった。
元々強いキャラではなかったが、使われてうざいキャラではあったので、Twitterのリプライでは賛否両論。「フルバレットメタル弱体化」がトレンドにまでなって荒れていた。
ざっくりと意見に目を通すと、強くないキャラをユーザーのヘイトで弱体化するのはよくない派と弱くても不快なキャラはナーフして良い派の二つの勢力にわかれていた。
愛好家であった俺の意見はというと、
「まあ、仕方ないか。嫌われてたもんな」
「……その一端はお前にあるんだけどな。ほれみろ、トレンドに銀狼の名前も挙がってる」
ゲアル1のアップデートが終わり、俺が引退してから二年半の月日が経ったというのに、未だネットでは「プロ殺しの銀狼」は忘れられていないらしい。
嬉しいような恥ずかしいような……複雑な心境だ。
「お前の相棒は復活するらしいが、肝心のお前はどうすんだよ?」
「俺は……」
相棒の復活。なんとも魅力的な響きだ。
だけど、俺はゲームをやめると宣言したばかり。
そう簡単に自分の意思を曲げることなんか……
「つか、如月さんがゲアル好きなら、一緒にゲームすればよくね?」
「よし! 復帰しよ!」
俺は自分の意思を簡単に曲げ、ゲームとリアルの両立を新たに決意した。
――
タイトルが二転三転して申し訳ありません。
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