㊺ 勇者のかぶと、勇者の仮面




 ハサミでしゃきしゃき髪を切る音が教室に響く。

 目をつむっているからどれくらいヘアカットの工程が進んでいるのかは分からない。まあ熱で焼けた髪を切るのに慣れた人はいないけども。美容室や床屋とは比べられない散髪道具、そしてハルが初めて取り組む作業というのもあり時間は掛かっていると思う。


 最初はみんな教室にいたが今はハルとサラしかいない。サラは私の髪が燃えたことに責任を感じていたから、カットの助手と客観的に変じゃないかチェックしているのかもしれない。ケンタとか野次馬根性で騒いでたけどミズキやコウちゃんが速攻で外に追い出している。


 タカヤに今の自分を見られてなくて良かった。髪の毛がくるくるになってるのも、それを整える途中で近くに居られても、なんかその、恥ずかしい。本当は目を開けてどんな具合かを見てみたいが……正面に鏡があるワケじゃないし。ハルを信じるだけだ。どんな髪型になったっていい。

 どれだけの時間がだっただろうか。淀みなく動いていたハサミが止まった。

 

「うーん」

「……難しいですか?」

「ん、違う違う。あとは微調整するくらいだよ。改めて思ったんだ、きれいな髪だなあって。ツヤがあるというかモチモチしてるってゆうか……なんか特別な手入れしてる?」

「いいえいえ。普通ですよ普通……あ、お父さんが舞台俳優さん御用達のシャンプーやらヘアクリームを家に持ってくるので、それ使ってます」

「なるほどねぇ」


 話をしながらもハサミは再び動き出し、肩に切られた毛が落ちる。ハロウィンで使ったオレンジのポリビニール袋を被っていて制服に付いたりはしないが、後で床を掃除しないとな。

 

「お父さんは今日泊まり込みの仕事なんだっけ?」

「そうです。次の舞台公演が始まるので、その準備。ケガしないかっていつも心配してるんですけど……今回は逆の立場になるかも」

「あはは。じゃあ俺が髪型をビシッと決めないとね。責任重大だ」

「ハルさんなら失敗しませんよ。遠慮なくやっちゃってください」

「ユッコがそう言うと思って無難にはまとめなかったよ……サラぁ? バランスどう? ハサミ入れるとこある?」


 サラが短く返事をして、こちらに歩いてくる音がする。

 首すじの火傷痕に触れないように顔の向きを変えさせ、何度も確認する念の入りようを感じた。 


クシ通してみて」

「はいよっ」

「セットはまだだよね?」

「これからだよー」

「へぇ……特に微調整するとこ無さそうだし、さすがハル」

「上手くいってますか?」

「いい感じ。あたしから見てもね。さて次は」

「セット手伝う?」

「その前に目を開けて。ユッコ? あたしがさ、メイクしてもいい?」

「サラがお化粧を?」

「うん。あたしを……守ってくれたから髪を切ることになったし。罪滅ぼし、なんて言うとユッコ怒るし、でもせめてあたしに整えさせてよ」

「ぜ……」

「ぜ?」


 是非も無し。

 ハルの髪の毛カットに続いてサラのお化粧まで得られようとは。さしずめ勇者のかぶとに勇者の仮面だ。効果は後ろ向きになりがちな精神への極大上昇補正。未来視が起きたゆえの行動とはいえ、失った以上に……恩恵デカすぎない? 

 

「ぜひお願いします!」

「ホント!? うっし、実は誕生日にメイク道具セット渡そうと思ってたんだよね。本当ならそこで教えながらが良かったけど……この髪型とユッコにバッチリ合うように腕を振るうからっ!」


 サラは威勢よく言い切り、机にぞろぞろとメイク道具を並べていく。

 細長いペンみたいな奴にクリームやファンデーション。よくわかんないチューブ。 あ、目もやるみたいだ。やるんだな、いまここで。本格的に……!





 *  *





「できたー。目、開けていいよユッコ」

 

 ハルの間延びした声も、いつもと違いなんだか達成感があるようだった。サラがしてくれたメイクと比べるなら髪をセットする時間はすぐに終わった。どんな風になっているんだろう。頭を軽く振ってみると髪の毛は……けっこう短くなっていて、首の横で跳ねてる感じ。これなら首すじの火傷も上手く隠れているだろう。


「ヤバい……」

「うーん。本当にこれは」


 サラたちに視線を送ると、二人は息をのんでいた。出来上がりを改めて確認しているようだ。なんだか少しだけまぶたが重たい。目をつむっていたこともあるが、まつ毛にもメイクを施されているかららしい。どれだけ盛られているんだろうか。見当もつかない。か、鏡。自分の顔、見たいんですが。


「どんな感じです? 私も……」

「そ、その前に写真とっていい?」

「いいですけど、メイクとか髪の毛切ってる時も動画撮ってませんでした?」

「いや目を開けるとまた、違うし」

「想像と違いました?」

「うん、まあ、イメージよりもずっと……」

「ずっと?」

「終わったか!? だいぶかかったなハル!」


 勢いよく扉をあけてケンタが入って来た。続いて心配そうにメグとコウちゃんも。ケンタは待ちくたびれた、なんて様子もなく興味津々って顔をしながらじろじろと私を見る。疑問、驚き、納得。次々に変わる遠慮のないリアクションに一抹の不安がよぎったが、最後に嬉しそうに笑ってくれた。


「なんかすごいな! 傷や火傷をごまかしたとかってレベルじゃねえぞ! 例えるなら……ううん、分からん! コウちゃん、何か上手い表現ないか」

「俺か? ええっと……ひと夏を越えて変わった女の子、みたいな……?」

「たしかに一気に大人びた感じだよね。ユッコちゃん」

「そ、そうですか?」


 コウちゃんやメグが言うのならそうなんでしょう。

 それが世界の理。異論は認めない。


「ハル。髪を切って下さり、ありがとうございます」

「楽しかったよ。こっちこそ自信つけさせてくれて感謝だね」

「サラも」

「あたしはそんな……メイクしただけだし」

「よし! んじゃあユッコも大丈夫そうだし2時間後に駅前集合な! 今日はどっかで遊んだあと夜メシでも行こう! 調理実習じゃ量が少なめだったからな、その分は食うぜ!」


 ケンタ様が大きな声で宣言した。

 今日は予定通り遊ぶらしい。アクシデントはあったけど何とかなってよかった。

 このままみんなで移動しないのは……ああ、サラが用事、というか買い物があるみたいだったからそれか。私も一緒に行こうかな。今なら堂々と胸を張ってみんなと歩けるような気がする。


「あたしたちも準備しないと。ユッコも買い物行くでしょ?」

「……」

「ユッコちゃん?」

「私、は……後で合流します」

「なんで? 用事あった? それとも首とか、まだ痛む?」

「まあ、そう。ごめんね」


 二人に謝りを入れたが気の利いた言葉は出てこなかった。

 頭の中にざざざざっと砂嵐が吹き荒れている。


 本日二回目の未来視。場所も同じく家庭科室。

 私たちの使っていた机のガスオーブンに、動く人影。

 暗がりで何をしている? もしかして、オーブンから出火したのは事故じゃなくて……意図的にサラを狙ったのか? そして今まさに証拠隠滅を図っている? なら誰か確かめないと。みんなに悪意を持つ輩がいるとしたら、私がこれ以上放っては置けない。ぜったいに許すものか。


「そっか……ユッコのお披露目、お楽しみは後に取っとく」

「あ、あと鏡で見る時は心を落ち着けてね。たぶん驚いちゃうから」

「ええ。分かりました」


 表情に出すな。いつもと同じだ、何度もやっているじゃないか。

 日常に潜む落とし穴に私だけが気付ける。ほんの少し未来を変えれば私と私の大切な人たちは不幸にならない。

 

 出来るなら誰にも心配させることなく、落とし穴に気付かせず。

 何が起きたはずかさえ分からないままがいい……それが悲劇なら尚のこと。


 

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