桐子〜輝夜姫が見ていたのは、星ではなく夜

 なぁ尋也 どっかで見てるかな


 ウチはな お前が見ていた景色が見えた気がしたよ


 お前は星を見ていたんじゃないんだな


 拳は砕け 意識は虚ろ だから見えた景色


 ピークは超えた でも動く 意識の外 本能で


 チーコの驚く顔 久しぶりに見たなあ

 

 負けないよ だってお前 泣いてんだもの


 んで 暗い顔の 元カノとやらに伝われば良いな 


 尋也の見ていた この景色 きっと喜ぶよ


 尋也はずっと 高校の時から見てたんだな


 限界を超えてもまだ動く 遥か彼方まで


 うん 壊れないよ 例え五体が消えたとしても


 確かにな この想いがある限り 動く


 視界を遮る閃光 響く炸裂音 飛び散る瓦礫


 まるで最後のお前の歌 だけどウチの出来る事


 チーコを守る 尋也の大切な家族でウチの親友


 尋也の女を守る この子への想いを持って飛んだから 


 だからウチは 約束を守る 今 私はお前の… 


 守って 守って 守って 変わらずに


 見上げた空 どこまでも遠く 闇夜を掴む

 

 きっと 尋也の所に行けるような気がする

 

――――――――――――――――――――


 もう頭が追いつかなくなってから…気絶して、眠りに逃げたくとも、熱さと痛みで起きた。


 最初に気付いたのは…手…腕…燃えていた

 燃えている、よく見ると、視界の色んな場所が…熱い、熱い

 全身が熱い…鏡に映る私…全部燃えていた


『消えろ!オラァ!消えろおおおお!!!!』


 誰かが叫んでる。何かかけられた、冷たくて気持ち良い…さっきの濡れた特攻服…

 今度は白い何かを吹き付けられた…私は死ぬのだろうか…


 ぼんやりと見上げるとさっきの特攻服の人が私に何かかけていた…赤色…消火器?


『ん、消えた…とりあえず…出れば…何とか…』


 全身が痛い…私は引きずられ外に出された…


 その人は伊世さんを担ぎ、もう片手で私を持って外まで出ていた。

 外で待っていたであろう救急隊員が話しかけてくる。


『おい!大丈夫か!?救護に来たぞ!何があった?』


『大丈夫じゃねぇよぉ?サラシ…取れて…胸が…見えちゃって…ヒー坊しか見せてな…はず…い…』


 グシャ…


 私と伊世さんが地面に落ちた…特攻服の人は両膝をついた。

 私は…この人に…尋也君の事を聞かなきゃ…


「尋也君…なんて…」


 私はぼんやりした意識の中で…今の力ではそれしか口に出なかった…独り言の様に

 こちらを見ずに、遠くを見ながら教えてくれた


『んん?おお…ひろ…お前…チー…も…みんな…ゴボ…だいじだっ…て…』


 口から血を吐いてる…よく見ると、背中に何か刺さってる…


『みん…なかよく…って…でも…まぶしい…だから…ウチと…ウチが…ヒロ…と…いっし…』


「ミドリイイイイイイ!なんでだよぉ!」


 伊世さんは意識が戻ったのか、動かない身体を引きずりながらミドリさん…というのか、特攻服の人足を掴んでいた、泣きながら…


『ぜんぶ…しって…なかよ…かえる…わりぃ…なぁ…ヒー…ひとり…さ…せて…』


『ミドリ!ミドリイイイ!なぁ!私がぁ!私がわるッ!?』


『ふた…りと…ごめん…な…ひろ…や…い…まい…く…か…』


 特攻服の人…ミドリさんは伊世さんの肩に左手を置き、私に微笑んだ後、空を見て…右手を空に向けて…そのまま前のめりに倒れた。

 

『おい!この女が一番マズい!早くしろ』


 鳴り響く救急車のサイレン、火は出ていないが所々から煙が出ているカルマルマ、私は…そのまま意識を投げた…




 次に起きた時は病室だった。

 全身包帯だらけ、身体は動くけど痛い…


『気付きましたか?どうですか?調子は?』


 白衣の女医が座っていた…記憶を辿る…恐怖で身体が震える…


『無理に思い出さなくても良いですよ、今は休んで下さい』


 そう言われて私の意識は落ちた…落ちる直前、私は逃げてばかりだなって思った。


 それから数日…経ったのかも、曖昧だけど。

 女医さんに言われた。


『全身火傷してたから皮膚移植というよりかは基本的に人工皮膚での処理になります、保険外だけどお金は気にしなくて良いそうです。頭皮は戻らないのと…顔は別人の様になるかも知れないけど…良いですか?』


 私は何となく考えていた…もし伊世さんが言っていた。罰を受けろと。もし受ける罰なら…


「このままというのは…」


『このままというのはオススメしません、簡単に言うと、とても弱い体になりますので、火傷というのは失っている状態と一緒ですから…下手すると感染症等で命を失う可能性も…』


 私が話を聞き、現実的でないと言われて俯いていると隣のベットからカーテン越しに聞こえた…確かにあの人の声で…


『治せよ…治して生きて…尋也の墓に行って来い。死ぬのは許さない…』


 私は…どこまでも変われなかった…声のある方を向けなかった…流され…依存した…


「ハイ…では、別人のようになっても構いませんので…お願いします」


 こうして全身の皮膚手術と顔の整形手術をした。

 入院している間、頭の中で一つ一つ、整理して目標を作り計画を立てた。

 行き当たりばったりで感情のままに生きた結果が今の自分だと、包帯だらけの自分の写真を撮った。


 隣のベッドにいたあの人は…次の日には消えていた。看護婦さんが話してたのが聞こえた。


『定満家のご好意で最新医療で全部治せるという話だったのに…結局顔に傷残して居なくなっちゃいましたね』

『片目は無いから同じとか半身が消えたからどうでも良いとか言ってたけど…ねぇ…』

『あの人は…ほら、カルマルマだっけ?あそこのオーナー何ですよ!昔、一回見た事ありますけど綺麗な人で颯爽として…勿体無いよねぇ』


 伊世さんは傷を治さず出ていったそうだ…自分のは治さず私には治させる…少し不満を覚えたが私の言える事じゃない。


 そこから…手術…リハビリ…手術…リハビリ…

 眼の前の事で一杯で、気付けば20歳を越えていた、大学はお母さんが退学にしてた。

 でも、しょうがないよね。


 2年ぶりに外に出る。現代で2年というのは余りにも残酷で…

 それに当時の事、伊世さん。ミドリ…さん、もう名前も思い出せないサークルの面々…

 もう時間が経ちすぎていて、浦島太郎じゃないけど何も分からない。

 いや、色んな記憶を無くそうとして、自分で浦島太郎になろうとしている。


 とりあえず家に帰ろうと思ったが、思い出して見ればリハビリ中に勘当されていた。

 アパートを借りておいたと、1年分の家賃は払ってあるからその後は勝手にやれと。

 勿論、戻って来るでも良いが自分のやった事を整理してこいとの事だ。

 多分、義父の判断だ。お母さんにそんなお金を作れる筈はない。

 この後、私がお母さんに会えば、家がまたグチャグチャになると思ったんだろう。

 それに理由は想像がつく、子供でも出来たんだろう。

 悪くいえば厄介払いだが、義父なりの優しさ…と思いたい。



 その事が書いてある手紙を見ながら歩いていると、病院の入口に会いたくない顔がいた。

 マコト君…高校時代、昔の少しだけ付き合って…尋也君のバンドメンバーで友達。

 

「久しぶり、退院の日は知ってたからな。色々あったみてーだけど…とりあえずアイツの墓知らねーだろ?これ、墓の場所な。それとさ…」


 私は何も発さなかった。何を言っていいか分からないから。

 一方的に言われた…尋也君のお墓の場所と、マコト君の事務所で私をスカウトしたい事。

 事務所の名前は知っている、有名な芸能事務所、私の治療費はその事務所から出ていたからだ。

 強制ではないというが、それしか縋る物が無い時点で強制に等しい。


 それに、病院の鏡に映る私は別人だった。

 背は低い方だけど、スタイルは元からそこまで悪くなかったと思う、だけど病院生活が、長かったせいか…痩せた後、生きる為に付けた肉が良くも悪くもモデルのような体系を作った。

 そして凡人並みだった顔が、整った人形の様な顔になった。

 医者の話だとほぼメンテナンスの必要の無い整形。

 

 だけどこれは、尋也君の好きだと言ってくれた私では無かった…その事を思うと胸が痛い。


 あの日、尋也君に決別される前まで…尋也君の見えなかった景色に辿り着く為に、整形するつもりはあったクセに。

 だから胸が苦しいなんてふざけた話だなと思った。


 治療費は全部、聞いたことある芸能事務所から出ていた。

 病院も、手術は見た事も聞いた事もない病院だった。

 結局、何も分かってない…理解できてない。


「私は…尋也君に会えない…まだ…何も知らないから…なんて謝っていいか、分からないから…」


 それだけマコト君に言った。尋也君に会うには私の中の問題が山積みで、知らない事が多過ぎて…。

 謝るって何を?そしてまだ、少しでも『私が…何をしたの?』そんな気持ちがある限り…

 

「まぁ、2年か…お前、自分が当時何やってたかも良く分かってなかったもんなぁ、何が何だか分かんねーよな。まぁそれも含めてウチの事務所の社長に聞いてみなよ、全部知ってるから」


 全部…全部知る勇気はあるのだろうか。

 分かってるのは私の馬鹿な行動のせいで色んな導火線に火がついたらしい。


 私はマコト君の事務所に電話して…面談を申し出た。そして、その足で事務所に行った。



「あの、マコト君に聞いて…」


「あぁ、社長は席を外しておりますので、秘書の私が対応させて頂きます、こちらへどうぞ」

 

 名刺を渡された、『SISI 芸能事務所』

 有名人を沢山所属している事務所…社長が元アイドルで、私生活にまで口を出す厳しい所で有名だ。

 この人も雰囲気が怖い…厳しそうだ。


「まず、私は獅子川の秘書をしております、鯉川と申します。これまでの事をお話して、貴女にまだその気があるのであれば私が付くことになりますので、よろしくお願いします。」 


「はい、それでどんな…」


「まず、貴女と関わっていた人達の話からですね…」


 話が高校まで遡る。伊世さんとの出会いだ。


 私は騙される側の一人だった。


 突然派手になった自己顕示欲の塊、遊び方も分からない馬鹿な若者、そういう女の子は得てして狙われる。

 更には時期も悪かった、街を仕切る権力者は別件にかかりきり、一つの半グレ集団が崩壊し求心力はなくなり、まさに色んな組織の膿が飛び出てやりたい放題、そんな時に私は何も知らず高校デビューと浮かれていた。


 思い出せば、男女問わずよく声をかけられた。


 私は普通の人…とはそういうものだと思い遊んでいたが、その都度、伊世さんが出てきて話をつけていた。

 私はずっと伊世さんに守られていた。


 一つの時代が終わった時、悪い事をしてる人達は地下に潜る。

 伊世さんはクラブのオーナーになり忙しそうだった。

 それでも私の事は目をかけていたらしい。

 しかし、私から離れていった。

 力の無い悪い人達の大概は、力のあるものに吸収される。

 ただ賢く力のある者は擬態し一般人に紛れ、特殊詐欺や人身売買を法律に触れずに行う。


 大学…学び舎ではあるが、社会と繋がっている。

 そこには高校と違い、大人の世界の介入がある。

 私と関わった何人かがその筋の人だった、顔も覚えていない、人の良さそうな人達。

 

 有名人になれる、チヤホヤされ、知らない人から憧れられる。

 其の為に身体を変え、顔を変え、女を売り、周りを巻き込む…スターになる為に。

 

 常識、それは改変される。それが当たり前の世界。

 紛争地域の子供がそれを当たり前と思うのと同じ様に…いや、生まれた時からその環境と、少し考えれば気付き自らの進む環境は大いに違う。


 私は半グレの組織から出た膿のような人達に、あっさりと金の種にされた。

 後悔しても後の祭り、結局何にもなれなかった。


 尋也君はきっと知っていた、だから燻る。

 魂も、思想も、誇りも売らなかった、だから燻る。

 その燻りの中から生まれて来る奇跡の一つになりたかったんだと思う。

 

 私…私は…有名人になりたかった、沢山の人から星を見るように見上げられ、夜空の星を見るようにステージからその人達を見たかった。

 それが尋也君が目指していたものだとずっと思っていた。


 恐らく違う、その事も知っていた。

 だって文化祭の時から…誰の事も見ていなかったから。


 そして私の売買で伊世さんが関わる。

 伊代さんは、尋也君が亡くなった時に知ったそうだ。

 私の裏切りと、それでも尋也君といた事に。

 どこまで知ったかは分からない。

 尋也君を馬鹿にしていた事、他の男としていた事、最後に尋也君に見られた事。

 尋也君が何処から知っていたかも分からない。

 ただ、分かっているのは私を買おうとした事。

 300万…私の価値は300万だったそうだ。

 

 今なら分かる…ちょっとした車ぐらいの価値しか無い事が。

 

 その程度の価値しか無い私の売買は、偶然にも過去の悪い人達と、正そうとする今の権力者の衝突に発展する。

 クラブで起きた爆破事件というのはその衝突の結果らしい。

 あんな事件でも死者は2人。

 私の前にいたメイという女性…そして私を助けてくれたミドリという女性。


「この事件について、誰かが貴女は悪くない、と言えばその通り。誰かが貴女のせいだ、と言えば間違いではない。責任を感じるのも良い、自分のせいではないと思うのもまた自由。ただ、一つ言えるのは今更どうやっても、救ってくれたり謝ったり感謝したりは出来ない。それは伊世という人も同じです、大事な人を失い…貴女にとっては助けてくれた人が死んだ時点でね」


 助けてくれた人は死んだ…尋也君…それにあの人…


「伊世さん…の大事な人…あのミドリという人が?…伊世さんは何か言ってました?」


「支離滅裂でしたよ、でもまぁ貴女の事はどうでも良いような感じでした…私共としても後から手を出されたら困ると話をしたら、もう関わるつもりは無いし、興味も失せたと」


 その言葉を聞いて茫然とした…親に見限られるより…憎まれるよりずっと深く響いた…ずっと守ってくれていた人に見限られた様な…


「この話、これ以上は私も良く知らないんです。聞きたければ今度、社長か本人にでも聞いて下さい。それより私としてはまだ人の目に自らを晒す事を、仕事としてしたいかどうかを聞きたいのですが?」 


 晒す…私はこの人の事を知っている…思い出した。

 多分同じ年の、地下アイドルをやっていた人…何か悪い事務所に所属していて売春の斡旋みたいな事をして…最後は実刑判決がでた人だ…高校2年の時に話題になった。

 私の通っていた学校でも被害者がいた。


「ん?その顔…私の事、知ってますね?お前が言うなって感じですかね?良いんですよ、それだけの事をしたんですから。今でも警察の監視対象ですよ」


「あ、いえ…そういう訳では…」


「貴女の言う伊世さんと、メイと、私は同じ集団にいました、一般的には半グレというやつでしょうね。皆、必死でしたよ?才能の無い私がこの世界で何をやったか…身体を売って、媚を売って、人を売って、大事な人への心を売って、のし上がり…そして転落しました。貴女と違うのは私はそれでもやった…進みました、前へ。同じ様な事が起きないように…だからこうして貴女を勧誘しています、貴女はどうします?」


 私は…私は何をする?…何をしたら…そして絞り出す。


「自分にはもう…これしかないんです…実力が無くても…才能が無くても…」


「そうですね、何も無いでしょう?でもウチの社長はそういう人、好きですから。失った人や見限られた人に少しでも何が返せるように頑張りましょう。」


 こうして私は親から借りたアパートに住みながら、鯉川さんがマネージャーに付き様々なレッスンをしながら芸能の道を模索した。





 それから更に1年…初めて一心不乱に努力した。

 顔は整形でそれなりに、スタイルと歌、ダンスは努力で人並みに。

 ただ、誰も声をかけてこない。地縛霊とか呼ばれているらしいがどうでも良い。


 そして仕事の時、誰かに言われた。


『悪い所は無いし、綺麗なんだけど、光るものもないんだよね…何か暗いし』


 自分でも自覚した、光るもの…多分才能が無かった。

 多少、グラビアモデルの仕事をたまにするぐらいで…ただ、過去の話は出来ず、大学時代の後半は語れない病院生活。

 テレビや雑誌の取材では何も話す事が無い。

 これで何か才能があればミステリアスな存在にもなれるかも知れないが…残念ながら歌、外見、話、各分野で本当に才能が無かったから、ただ顔の整った暗い女だった。


 我ながら…大学時代は伊世さんのバックボーンや小説の知識、尋也君の存在もあった。


『困った彼氏を持つ、オタクな知識に強い可愛げのある女』


 そんなキャラクターで囲われていた私は、真逆の何も無くなった時点で、誰も魅力を感じないようだ。

 そしてマコト君も同じ感じだった。


「俺はもう辞めるわ、色々やったけど駄目だった

わ。思い出の自分が強すぎてこういうの向いてない、普通に働くよ、お前はどうすんの?」


「そう、お元気で…私はまだ…」


「お前もさ、そんなしけた顔してたら誰もファンにならねーよ?いい加減、尋也の墓行けよ。」


 何者にもなれてない自分が尋也君の墓に行くのは許されないと思ってた。


「それもまだ…」


「あ、そう。何か悲劇のヒロイン感出してんだよなぁ…天国にいる尋也もうんざりするぜ?」


 尋也君…尋也君は多分…光るものを持っていたと思う。

 何処か気になる存在、だからもし生きてたらきっと…


「あぁ、そうだ。尋也の姉ちゃん、体調悪いらしいぞ?見舞いに行ってくれば?お前、あん時からずっと時間止まってんじゃん。ぶん殴られるなりしてスッキリしてこいよ」


 他人事だと思って好き放題言われているけど…確かにその通りだ…伊世さん、体調悪いんだ…そうだ、もう何も伝えられずに終わるのは嫌だ。

 今度こそ間違えないように…


「会いに行ってくる…何処の病院か知ってる?」


 私は次こそ間違えないように…伊世さんの気持ちを聞きに、お見舞いに行こうと思った。


 その選択が、正しいか分からない。

 何も知らずに忘れて、生きて行くことを…周りが望んでいたのは確かだった。


 ただ、真実は余りに残酷で、私のこの年月を…尋也君を目指したこの何年かに意味があったのか、それを知りたかった。





「伊世さん…お久しぶりです…」


 白い病室…久しぶりに会った伊世さん、ベットから上半身を起こし外を見ている。

 痩けた頬、目の隈、そして火傷と自傷の跡。

 まるで枯れる前の木のように生気を失っていた。

 お元気ですか?とは口が裂けても言えない状態だ。


「おお…桐子か…久しぶりだな…元気だったか?」


「はい…おかげさまで…お身体はどうですか?」


 逆に言われた、元気な訳無い…それでもこう言わないといけない気がした。

 

「そっか…私は別に病気でもなんでもねぇらしい。ただ、古傷が悪さしてるらしいけど、でもこんな感じだよ」


「そうです…か…」


 何にも言えなかった…私は…


「いきなり土下座とかしたら蹴ろうと思ったけどさ。やっぱり尋也の言う通りだったな…」


 ビクッ


 この数年間、心は何一つ成長していない私の身体が強張った…


「何持ってきたんだよ?手に持ってるやつ…」


「こ、これは…これはですね、尋也君の好きだった本で…」


 自分でも何で選んだか分からない。

 尋也君が好きで、何度も読んだ宮沢賢治の『よだかの星』を持ってきた。


「ふーん、貸してくれ…後、コレ、見たければ見ていいぞ」


 私にスマホを渡して来た伊世さんが、そのまま本を読み始めた。


 スマホの動画?頭から再生になっている。

 サムネイルに…尋也君が写っている。


 私と会う少し前かな…緑の髪の人と一緒にいる…


 私は再生ボタンを押した。 

 

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