そして、俺だけ変わらなかったから

クマとシオマネキ

尋也―上手くいってると思ったんだけどな―

 月の綺麗な夜 なるべく月に近い場所 学校の屋上で 手紙を見ている 


 まだ付き合って半年も経っていない時か 青々しい頃の気持ちが綴られている


 『助けてくれた あの時から今までずっと同じ この気持ちは永遠に変わらないよ』


 『いつまでも 変わらないでいてね 尋也君』


 桐子から貰った初めての手紙に雫が落ちる



 彼女の桐子…記憶を新しいものから遡っていく

 同じ大学の奴に抱きしめられ、キスをして、その後は知らない…俺は逃げたから。

 どういう事なのかは知らない

 俺は逃げたから。

 向き合う気力はもう…失っていた。


『尋也君は何がしたいの?私はもう分からないよ…』

 

 彼女は変わってしまった いや 俺が変われなかった


 屋上に持ってきたギターを弾く アンプは無い


 何千、何万と弾いたフレーズを弾きながら 俺はいつものようにダイブした





 どこにでもある、郊外の小学校


 男に苛められる女子…小学生の男子なんてのは、逆らわなそうな女子を選んで騒ぎ立てるだけ

 いや、本当に怖いのは女子だったかも知れない

 まるでコントロールするかのように友達の輪が変わっていた


 桐子は幼稚園から一緒だったトモダチ。

 出逢った頃は元気な女の子だった、しかしある時期から静かで大人しい女の子になった

 

 意思表示をしないから女の子からはつまらない奴

 男からすれば、反抗しないからかいがいのある奴


「そんな事してないで外に遊びに行こうぜ!」


 そう言って仲裁に入るのは1回や2回では無かった。俺は守ってやってるつもりはない


 当時は本当に面白くないと思っていた


 暗くなった桐子も、それを弄るクラスメイトも

 桐子の曇った顔を見るのが嫌だった…ただそれだけ


「そんなつまらなそうな顔するなよ」

「ごめんね…心配してくれ…ありがとう」


 軽口を叩くぐらいしか出来なかったけど、話し続けた

 でも、後から知ったんだ。

 知った所で何も出来ないけど、子供だから

 何故なら、桐子の家は離婚してお父さんがいなくなっていた




 そのまま学区が同じ桐子と同じ中学になる


 中学に入り軽音楽部に入る、バンドを組んだ

 当時流行していたパンクロック

 スリーピース スリーコード 軽快な音 その生き方

 何にも縛られない とにかく毎日を楽しく そうやって青春を彩る


 桐子は相変わらずだった

 図書委員に入り静かな毎日を過ごしているようだ

 それでも家は近所、桐子は委員会、俺は部活が運動部ではないので放課後は自由だ

 そうすると桐子と帰りに一緒になる

 桐子は小説の話をする 俺はそれが好きだった


 中学2年の文化祭ではライブなんて行った事無い中学の同級生を相手に流行りのナンバーだけで構成されたプレイリストで盛り上げる

 煽り煽られ、見様見真似でモッシュする女子生徒、ダイブする男子生徒

 その日、その瞬間、俺はヒーローになった


 高校受験が来た、俺の偏差値は高くもなく低くもなく、ヤンキーでも無ければ勉強の出来る奴でもない


 でも音楽を信じて、尊敬するバンドを信じて、ミュージャンになると言って高校受験を蹴っていた。

 そんな時に桐子が話しかけきた。

 

「高校は行っておいた方が良いよ…だって、その…わたし…同じ所に…尋也君と同じ学校に行きたいから」


 思春期だから?俺には分からないけど…分かっている事は一つ

 音楽もやりたいし、桐子とも付き合いたかった




 多分…桐子の事が好きだったから


 だから高校に行った。良くも悪くも…いや、ちょっと悪いか?ぐらいの公立高校。 

 

 相も変わらず、音楽にのめり込んだ。

 ライブハウスで色んなバンドのヘルプをやった。

 そこにも桐子は来ていた。ちょっと場違いな感じの桐子が可愛く見えた。

 

 文化祭で先輩のバンドを喰った、それだけの技術や盛り上げ型をライブハウスの経験で知っていたから。


 ライブハウスのバンギャ、学校のビッチ風先輩、色んな女が俺に声をかけてくる。

 今しか無いと思った。桐子を屋上に呼んだ。


「久しぶりだね、尋也君。すっかり有名人…だね…もう私、簡単に近付けなくなっちゃった…」


「そんな事無いよ…桐子が高校行こうって言ってくれたから…だから俺…誰でも無い桐子が好きなんだ…だから…付き合ってくれないか?好きなんだよ」

 

「ホントに!?アハハ…涙が出ちゃったよ…良かった…ずっと…ずっと尋也君の事が好きだったんだよ…子供の時からずっと」

 


 それから…デートを重ね、ヘルプとは言えライブに出る時は桐子を呼んだ。

 付き合っている間に気付いた…俺は気の利いた事も、素敵なデートとやらも出来ない。

 2人で他愛もない話をして、ただウロウロ散歩するだけ。

 ギターの練習の横で、笑いながら本読む桐子。

 俺はただヤケクソに、ガムシャラにギターを弾くことしか出来ない。面白くないと思う。

 その事を桐子に話した事もある。


「それで良いんだよ、変わらないで、尋也君は…だってそのままの尋也君が素敵だから。それに私、尋也君のギターが好き、その横で本を読むと落ち着くんだ」



 だったら…ただ格好良い所を見せ続けるしか無い。

 見せ続ければ、桐子は、離れないだろうか?

 情けないけど…俺にはそれしかないんだから。


 それから高校の間。ずっと彼女に格好良い所を見せようと頑張った…つもりだった。

 桐子は…付き合って数ヶ月、とても綺麗になった。

 野暮ったいお下げ髪眼鏡をやめ、短くカットしてコンタクトに。

 制服も着崩して、私服は田舎のお嬢様みたいな格好からファッション誌に出るようなお洒落な洋服を選ぶようになっていた。


「尋也君の自慢の彼女って思われないと…狙ってる娘も多いからね!私も頑張るよ!」


 俺は別に良かったんだよ、今の綺麗な桐子も好きだけど…変わらない桐子も好きだったんだよ。


 そして高校2年の文化祭…思えばこの時が人生のピークだったのかも知れないな。


 地元のライブハウスでは少しだけ名前が売れていた。

 高校ではそんなライブハウスで活躍している奴が、文化祭でライブをする、話題になった。

 先生も認めてくれた。普通は音楽室の筈が、体育館でライブをしていいと言われた。


 桐子は喜んでくれた。スゴイスゴイって褒めてくれた。尋也君の彼女で鼻が高いと。


 照れてありがとう…と言ったものの…ずっと違和感を感じていた。


 何かがどんどん離れていく予感、自分が山の頂上にいる感覚、薄々気付いていたかも知れない未来。


 もし、ライブハウスでやっていなかったら気付かなかったかも知れない。

 だけどライブハウスでやっていたからこれだけ人が集まった。


 詩で歌われる、作詞の殺し文句。

 願えば夢は叶う…誰でも叶う訳じゃない。

 でも…もし夢が叶ってしまったら?

 その夢が小さく短く儚いものだとしたら?


 暗くなった体育館 眼の前には夜空の星の様に拡がる人の目 そしてしっかり見える…正面に桐子がいる。


 クラシックの夢を諦めて、何かを求めてドラムを始めたドラマー


 高校からベースを初めてやっとギリギリ全曲弾けるイケメンベーシスト


 そして…中学からギターをやっていて、流行りのロックやらメロコアに強いギターヴォーカルの俺。

 

 歌はイケメンベーシストが歌う予定だったが、間に合わなかった。

 それにイケメンに言われた、このバンド【ポーロニア】はお前のバンドだって。

 

 バスドラムとハイハットがリズムを刻み 時折ハイハットを開き 煽る 誰しもがリズムにノれる


 ベースの四弦がそのリズ厶にノる 上手い下手じゃないカリスマ性 コイツが弾くと 身体が動く

 

 そして俺は…気付いていた感情をギターに乗せて 歌に込めて吐き出した


『夢は叶う』『誰だってやれる』『動くなら今だ』


『そしてこの青春 衝動は永遠に続く』


 桐子の口が泣きながら俺の名を呼んでいる

 

 俺は…桐子と居たかったから

 変わらないでいることが 桐子との繋がりだったから

 嫌われたく無かった 落胆させたくなかった

 俺の歌はなんて事無い 何処までも桐子一色だった


『尋也君には、いつまでも変わってほしく無いな』


 だから俺は 頂きから墜ちているにも関わらず

 『限界を超えろ』と叫びながら 心だけをそこに置いてきてしまった

 既に俺自身は堕ちているのに


 曲と曲の合間に ライブハウスの店長の言葉が過る


『本当に才能あるやつは頂上が見えないから苦しむ 見えてしまった奴はそこまでの奴なんだよ』

 

 見えた俺はどうなるのか 坂道を下るように

 転がる石のように ただ下っていくだけ


 


 最後の曲の 最後音を弾く 夢の時間が終わった


 その後の俺は 何がしたかったんだろう?

 桐子を獣のように貪った 未来を一切見なかった

 桐子もまた交わる事を望んだ 2人の獣がいた


 しかし、最初は喜んでいた桐子だったが 高校3年、卒業手前で気付いたんだろう


「尋也君、将来はどうするの?」


 気付いたんだろう 夢の終わりに

 俺は現実を見て見ぬふりをしながら 桐子に言った


「俺は音楽しか出来ないから 大学は行かない 音楽で食っていくよ」


【無理だよ 尋也君に それは】

 

 桐子が言った気がした。俺もそう思った。

 でも桐子を手放したくないから 他に方法が思い浮かばなかったから 頑なにそうするしかなかった



 そこから先は分かりやすく落ちぶれた。

 ミュージャンなんてのは 大成するのは一握り、ましてやバンドブームも陰ってきた。

 店長の話だとグルグル回るらしい、流行が…

 そしてその度に夢見る若者の種が蕾で腐る

 もう一度、自分が信じた音楽が来る頃にはおっさんになっている

 

『音楽は趣味にしろ、生活には…職業にはするなよ』


 いま、ある程度高みにいるなら何とかなる


 しかし、これから人生の一番大事な時期を使って

 その場で足踏みをするようなものだと…店長から言われた


 ここ数年間で変わっていく環境

 ライブハウスからクラブへ、バンドからDTMへ、クラブからネットへ ネットで何でも出来る時代へ

 もうライブハウスから育てるなんて時代遅れ

 目まぐるしく動く世界 変わらない俺

 そして桐子は俺より一歩前に踏み出した

 桐子は大学に合学した、有名な大学だ


「凄いじゃん!頑張ったな!?」


「でも、一番レベルの低い学部だから」


 ケーキを買ってきてお祝いした

 俺はその間、何をしていたのか?

 何もしていなかった


 気付けば卒業式だった 

 大学に行く奴 就職する奴 俺は?

 何も決まっていなかった


「尋也君、頑張ってね…」

「ああ…頑張るよ。桐子もな」


 何を頑張るのだろうか?あ、音楽か…

 とりあえず高校の時からしていたバンドのヘルプと、ライブハウスの手伝いを続けた

 高校の時は大金だった、月に3万程度の金

 その金も社会に出れば端金 コンビニでバイトした方が何倍も稼げるし時間も余る


「尋也、うちもこの通りだ。もう違う事をやれ」

 ライブハウスは閑古鳥、アルバイトやヘルプは要らないらしい


「君、態度悪いからクビな?」

 コンビニ、接客業は向いてないらしい


 仕方なく、日雇いの工場でスタジオ代を稼ぐ

 バンドも組んでないくせに


 一週間に一回、一ヶ月に一回、桐子と会う回数も減ってきた


 高校時代は同じ空間にいた だから話が盛り上がった そして…今はいつも桐子が喋るだけ

 今、彼女とは違う所にいる 何やらゼミやサークルの話をされても意味がわからない

 桐子は気付けば本を読むのをやめていた

 俺はギターで 桐子は本を引用して 話していたあの頃 桐子の色んな心が知れて嬉しかった

 もうあの時の対話はもう一生無いんだろうか?


 そして…俺は…どうすれば良いんだろうか…



 ある日、高校時代のバンド仲間。

 ベーシストのイケメンから電話があった。

 コイツも大学に行ったな…大分低いところらしいけど。

 謝りたい事があるという…何だろうな。


「桐子ちゃんの事…何だけどな…」


 今だったら、実はお前と付き合っていると言われても構わない。それぐらい滅茶苦茶にして欲しかった。コイツにだったら…と思う程のイケメンだ。


 しかし、嫌な気分になるだけの話だった。


 高校時代、俺と桐子が付き合う前に…1年の最初か…どうやら付き合っていたらしい。

 無論何も無かった…しかしどうやら桐子から告白したそうだ。

 そんな話は一つも聞かなかったな。思い出が何だか汚れた気がした。

 そして今、大学で桐子はとてもモテているらしい。

 そして告白されると桐子の返事はいつも同じ…


『ん〜私は今、しがないバンドマンと、付き合っています。だから、今は無理なのです。またいつか(笑)』


 違う大学だけど繋がりはある。

 桐子は綺麗になったし少し天然、俗に言うサークルの姫の様になっているそうだ。

 デートというのか分からないが男女2人でウロウロしてるのもダレだって知ってるそうだ。

 あの可愛い子の彼氏はパッとしない売れてないバンドマン。

 そして、そいつらに桐子は俺の愚痴を吐き、知らない所で知らない奴に馬鹿にされる俺。


 イケメンは項垂れながら言った。


「高校の時、メンバーで俺だけギリギリだったけどよ、何か凄いやつになれた気がして…楽しかったよ。だからこそさ…俺達のフロントマンの、お前を馬鹿にされんのが嫌だった。だから…知らないかもと思って高校の時の事を言いに来たし、桐子のそれを伝えに来た。いつか知る事になるなら…だって俺等のバンド名『ポーロニア』って『桐子』から来てるだろ?だから悔しいんだよ…」


 バレてたんだなぁ…というのと、何で今なんだろうと思いながら…話を変えようと思い、ドラマーはどうなっているか聞いた。


「アイツは親と本気の喧嘩して留置場入った後、病院に入ったよ。それもあるから余計かな…」


 イケメンのくせにカナシイ顔して続ける。


「俺は今、読者モデルとかやってるけど…あの時のバンドの時が1番良かった。アイツのドラム、それに俺がノッて、お前が吐き出す。大学の奴ともバンドやったけどまるで違う。お前らとだと、まるで一つの生き物になったみたいでさ…何ていうんだろう?黄金体験ってやつか?今でも一人で動画見て鳥肌立ててんだぜ(笑)あんなのは、一生あるかないかだと思うんだよ…だからお前には…音楽をやめても生き方を変えないでほしいんだ」


「桐子といい我儘だな、それは…俺はもう何もないよ…」


 何もない奴があんな感情の吐き出し方出来ないよ(笑)と笑いながら、飲み終わった缶を捨て別れを告げた。

 

 また、会おうなって一方的に約束された

 その約束は、多分…果たされないだろうと思った。


 週末、桐子に会った。大学の近くのファーストフードのお店。

 桐子はスマホをいじりながら大学の愚痴をこぼしていた。

 そして…


「もうちょっとで約束の時間だから行くね…それと…尋也君さ…これからどうするの?」


 決まってこの台詞が差し込まれる

 いつもなら『俺には音楽が…』という所だろう。

 しかしイケメンの話した事、色んな積りに積もったものが霧散した気がした。


 あぁ 俺は もう 良いよな 消えていくわ


「いや、もうやめて働こうかと思う。近所の工場でも面接行こうかな」

 

 すると桐子がノッてきた。


「じゃあさ、サークルのメンバーで仕事のコネ付きそうな人いるんだよ!今度、飲み会に来てよ!うん!そうしよう!」


 俺を 蔑み 馬鹿にしてる奴らと飲む…か


「いや、とは飲みたくないだろう…放っといてくれ。ありがとな」


 あぁ桐子 ゴメンな そんな顔すると思ったけど止められ無かったよ

 それでも こんな薄い付き合いになってるのにまだそんな顔するほど気持があるコトに驚きだ


「な、なんで?尋也君、どうしたの?何か言われた?どうしてそんな事言うの?」


 桐子…もう良いんだよ お前は変われた

 俺とは違う道を 真っ直ぐ歩いて行った

 多分…お前が正しい だから サヨナラ


「いや、何も言われてないよ。ただ、。遅いよな、気付くの。」


 目に涙を浮かべながら 桐子が真っ直ぐ俺を見る

 まだ、そんな気持ちが残っている事が嬉しかった

 俺に出来る事は【】という言葉を飲みこみ続ける事だけ


「尋也君は…何がしたいの?何を考えてるの?私はもう分からないよ…私はまだ…尋也君が…」


「あぁ…まぁ分からないと思うよ、今の桐子には…」


 桐子は何も言わず出ていった 目に涙を溜めて 俺は死んだ顔で食い残したモノを片付けて、出る


 よく晴れた日だった 死ぬには最高の日があるという 本の引用で桐子が教えてくれた


 太陽を見ながら ふらりフラリと駅まで歩く

 帰り道もおぼつかない 変な遠回りしてるけど

 どうせ今までの人生も適当な道を歩いてきた


 コンビニで酒とタバコを買った

 ライブハウスで働いてた時は良く貰った


 俺はまだ未成年…だからどうした?

 フラレたからって人殺すやつもいるご時世

 小せえ大きいやら何年生きたかで俺を決めないでくれ


 くだらねぇ くだらねぇ女 くだらねぇ人生

 この短い人生で ピークが終わった?


 雲の様に…ふわりフワリと…頭から酒を被り…

 震えた手でタバコを吸って 煙を燻らす

 俺は何処から来て 何処に行くんだ


 会いたい…昔の桐子に…会いたいな



 アレ?見覚えのある…だけど変わった女の子

 


 何故か視界に桐子みたいなのがいた 

 大学の敷地内かな? ここは

 知らん男の胸で泣いている 桐子が泣いている

 そして2人は抱き合った 角度でよく分からんけどキスしてる?


 一瞬意識を失った 吐き気がした 吐こうと思った


 ずっと知ってた答えを それが何か、俺は知ってたんだなぁ だからほら まるで自分練習してきたみたいに 今日1番、上手く吐き出せる



「ばあああああああああかッッ!!!!」


「この嘘つきがああああぁぁぁぉぉぁ!!!」


 ヴォーカルをしていた時の…喉が久しぶりに開いて声が出た 



「死んじまええええええええええエエエエエエエエエエエエアラアアアァァァァッッッ!!!」



 正面の男女2人は抱きしめあったまま微動だにしない。

 手すら離さねぇ

 いや、あっ!みたいな声が出てたか?

 そんなもん関係ねぇ そもそも俺って気付いていたか?

 整髪料も頭から被った酒で落ちて、落ち武者になってるからな

 男は俺の事を知らんだろ だから桐子は 知っていたとしても他人のふりをするんだろ?


 踵を返しまたフラリふらりと歩き出す 追って来れるもんなら追ってこいよ

 追って来ないのは知ってんだ 俺の知る桐子はそんな感じだわ

 予定外の事が起こると停止する だから俺が…

 

 結局…桐子は同情か、イケメンの様に思い出補正か、それとも面白がれるほど大学でゆがんだか


 まぁ同情だろうなぁ…だって俺がわりぃもん…


 でもこれで…告白を断らなくて済む様になって良かったね 桐子さん





 家に帰る。昔貰った手紙を握って、ギター背負って、また、外に出る


 気付けば夜になっていた 死ぬには素晴らしい太陽と 跳ぶには素晴らしい満月が出ていた


 母校の屋上で酔っ払いながら 昔の桐子に会っていた

 女々しい事してるなと思ったけど 会いたかったんだよ


 ギターを取り出す 覚えている曲を全部弾く

 俺の高校の屋上は不思議な作りでさ

 崖から続く外の公園と一体化してるから誰でも入れるんだなぁ

 

 学校と隣接してるから皆来ないけどさ

 爆音で音出して…と言ってもアンプ無いけど

 さっき出した吐き出すような声で

 忘れないうちに歌い続けた 

 ただ闇に声が吸い込まれ続けた


 歌いながら思った…俺に何も無かったから…月まで跳べる様な…月まで届く様な歌が歌えたなら

 

 桐子を失わずに済んだのかな…


『うアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』


 叫んでた それと同時に柵を越えていた

 越えていただけじゃなかった 飛んでいた

 俺はただ 月に向かって飛んだだけなのに

 約、地上5階の建物から飛んでいた

 足の下は何もない 人が着地出来ない高さの空間


 まだ死ぬ気は無かった…と思う

 でも死にたかったのは確かだったと…思う



 家族に伝えて無かった 心配しているかな 

 桐子とちゃんと別れて無かった どんな気持ちになるのかな

 バイト辞めるって言ってなかった 誰が明日のシフトを埋めるんだろう

 

 …どうでも良い事を思いながら下を向いた

 地面が近かった これじゃすぐ着いちゃう

 考える間もなく死んじゃう いやだ

 

 あ 俺まだ死なたくな

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