第13話 辞める前の話

 働き方改革とは誰のためにあるのか。現場での作業に従事するとその問いに自問自答せざるを得ない。我々雇われは自身の時間と労力を対価に生活に必要な賃金を得るのだが、給料が低く、成果が見えづらい現場ではこの働き方改革は眉唾物でしかなかった。


 新しい支店長の考えは単純かつ明確だった。それはコストカット。作業効率を上げ、残業時間を減らし、早く上がった時間を自己啓発に取り組み人材としての付加価値をつけてほしいというものだ。

これは本社の意向と一致する。しかし問題はどのようにして作業効率を上げ、減った分の残業代を補填するのか、というところだ。

お気づきかもしれないが、コレではコストカットと大きく矛盾する。何故なら経営会議でよく話題に上がる人件費を抑えるために注目される残業代は、生活費を少しでも潤す資源なのだ。

残業時間を減らせばその分手取りは低くなり、評価こそされるが何にも反映されない。そうなれば、労働者が効率を上げるために動くこともなくなる。旨みがなくなってしまうのだ。

若いうちはいいが、結婚して家庭を持ち、家に住み、車を買い、子供の養育費をやりくりするなら給料が下がって早く帰っても苦しくなるだけである。

先輩方は皆このような感情をひいているように思えた。


 勇気のある係長が組合の話し合いの時に給料の話を持ってきた。

基本給を数千円あげることに不満を持っているようだ。

「同業他社はもっと給料もらっているし、正直数千円だけ上がるようでは最近の物価上昇には対応できないですよ。」

「ボーナスだって3回もらっているとはいえ合計したら平均だし、業績連動だから減る場合も出てくるわけじゃないですか。」

「この金額だけ上がるのならば残業だって減らそうなんて思わないですよ。」

議長は黙って聞いている。これは正論だった。

しかし議長の考えもわかる。数千円上がるだけでも、保険など莫大な金額が上がるのだ。それが万単位の労働者一斉にとなれば難しいのもうなづける。


 労働者側の視点ではどうしようもないのかもしれない。もしかしたら会社内部の問題なのかもしれない。細く長く続けるには問題ないが大きく勝負に出るには会社の力が追いつかないのかもしれないのだ。そこにメスを入れるのは、管理職以上の経営陣の力が大きく必要なのかもしれないが、彼らは彼らで一致団結し会社の利益を守ろうと奮闘する。それもそうだ。十何年在籍してた環境に刃物を突き刺すものなのだから。


 しかし会社は海外人材育成に力を入れ、巨額を育成施設建設に投資している。長い目を見れば、それは正解かもしれないが、国内事情を後回しにすれば国内市場衰退に拍車をかけるのではないか。国内市場の縮小は彼らによってそのスピードを加速させているのかもしれない。


 ちなみにこの話し合いは私が退職を上司に伝える数週間前の出来事である。辞める前に勇気のある上司の存在を知れてよかった。

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