第7話 ストーカー
「私を八つ裂きに?」
オレの説明に、八ヶ崎真名理は息を呑み、顔面が俄かに青褪める。
「何か、心当たりはないか?」
「ある。」消え入りそうな声で八ヶ崎は首肯した。「少し前から、ストーキング紛いのことをされているの、」
「ストーキング?」
「ええ。最初は普通の手紙とかだったんだけれども、交際を断ってからも執拗に付きまとってきているの。」
ストーカーが自身の愛を拒まれて強行に走る例は枚挙に暇がない。規制する法も存在するが、多くは痴情の縺れと相手にされないし、ストーカー自身は己の行動が正しいことだと思い込んでいるので、抑制させるのも難しい。その結果、悲劇的な結末に至る。
茶色かかった短い髪に、くりくりとした大きな瞳は人懐こさがあり、八ヶ崎真名理は小型犬を思わせる。そんな少女に凶刃が襲い掛かる場面は見たいと思わない。
「オレたちでよければ、力になるよ。」
「え、良いの?」
「ああ。こうして話を聞くことになったのも、何かの縁だし。な、天ヶ瀬?」
「ええ、」
心ここにあらずという様子の天ヶ瀬は曖昧な頷きを返すだけで覇気がない。一体今日の彼女はどうしたというのだろうか。
しかしまあ、これからは頭脳よりも肉体労働になりそうだしオレの出番だ。
「とりあえず、今日はオレたちが家まで送るよ。」
「え、でも悪いよ。」
「遠慮しなくて良いよ。力になるって、今言ったばかしだろう。」
「うん。じゃあお願いしようかな、」
「ああ。」
荷物をまとめ、オレたちは三人並んで学校を後にした。さすがにだいぶ時間が経過したこともあり、太陽は大きく西に傾き、気温は過ごしやすくなっていた。
「八ヶ崎の家は何処なんだ?」
「駅前だよ。」含み笑いを浮かべて彼女は答える。「気付いていないようだけれども、乃木口くんは何度か私の家に来ているんだよ。」
「オレが?」
高校に入ってどころか、小学校を卒業して以来女子の家に遊びに行った記憶なんて持ち合わせていない。誰かと勘違いしていないだろうか?
「乃木口くんだけじゃあなくて、天ヶ瀬さんも来てくれたことあるよね?」
「ええ、ミルクティーがとても美味しかったです。」
ミルクティー?
「ぜんぜん分からないのだが、」
「ミステリ好きを公言している割りに、乃木口くんて鈍いよね。」
「なっ、」
「あ、ごめん。悪気はないの、ごめんね。」手を合わせ、八ヶ崎は深々と頭を下げた。「正解を言うと、私の家は駅前の喫茶店なの。」
「そういうことか。確かに、あそこには行ったことがあるな。」
「でしょ。私が珈琲を運んでも、本を読み耽っていて、乃木口くん気が付かないんだもん。」
「え、そうなの?」
あの店で八ヶ崎が給仕をしていた記憶は一切ないし、もし同世代の女の子が働いていることに気が付いたとしても、それが八ヶ崎真名理だとオレは分からなかっただろう。なにせ、オレは今日はじめて彼女の名前と顔を知ったのだから。
「ところで、」
歩く足を止め、いつもより低い声音で天ヶ瀬が話を切り換えた。
「ストーカーされていることは、誰かに相談されましたか?」
「ええ。パパとママには心配かけちゃうから言ってないんだけれども、一番信頼できる人に相談したよ。」
「その人はなんて?」
「今の段階ではどうにも出来ないから、もう少しだけ様子を見ようって、」
警察に訴えたところで、身の危険が迫っていない段階で迅速な行動をしてもらえない可能性が高いのを、その相談者は理解しているのだろう。だが、それでは結局いつもこの手の事件で後手に回る警察と同じではないだろうか。
力なく俯く八ヶ崎はそれでもその人間を信じているようで、「きっと、何とかしてくれると思う。」と呟く。
「その相談した人って――」
天ヶ瀬が質問を続けようとしたその瞬間、通りの先から人影がゆっくりと近付いてくるのにオレたちは気が付いた。
「真名理、」
薄手のパーカーのフードを目深に被り、どこか危うい足取りでその男はゆっくりとこちらに近付いてきた。
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