第一章、世界 第四節、象徴 ②

 何もない、真っ直ぐ伸びた『道』。ボクたちは、なんとなく感じる気配に警戒しながらも、のんびりと歩いた。

 さっきまではつまらないと思っていたけれど、トキワと一緒ならどこまでも歩けそうな気がする。


「ねえ、トキワ。元の世界のトキワも、白いカラスなのかな?」


「さあな。もしかしたら私は人間かもしれないし、君は人間じゃないかもしれない。」


 その通りだ。何もかも不確かな世界。ボクが人間かどうかもあやしい。でも、どうしてだろう。そんなことは、取るに足らない小さなことだと、ボクの心が言っている。トキワはトキワで、ボクはボクだ。

 でも──、


「ねえ、向こうに戻ったら、トキワに会えなくなるのかなぁ。」


 ボクは、急に寂しくなった。

 ここを出てしまったら、せっかく出会えたトキワと、会えなくなってしまうのだろうか。ボクは、トキワを心のどこかで頼りにしている。離れたくない。


「私は、必ず会えると信じている。」


 トキワは、ボクを見ずにつぶやいた。


「というよりむしろ──、」


 ふわりと方向転換をして、ボクの足元に降りた。


「初めて君を見たときから、ずっと感じていた。私はどこかで君と出会っているように思う。それも、かなり親しい間柄のような気がするのだが……。」


「ボクが? トキワと?」


「そうだ。……気のせいなのか? いや、違う、そんなはずはない。私たちは出会っている。」


 トキワは首をかしげてブツブツ言いながらボクの前をてくてく歩いた。

 ボクたちの道は、きっとこの道のようにずっと続いているはず。ボクは、道の先に視線を動かした。


「ねぇ、トキワ! 道がとぎれてる!」

 永遠に続いていると思っていたコンクリートの一本道に、終わりがあった。

 ボクとトキワは道の終わりまで行き、コンクリートの道の端から『空間』を見下ろした。しかし『空間』は『空間』でしかなく、道の下には何もなかった。


「何もないね。」


 視線を道の下から来た道へ戻し、ボクは腰に手を当て短くため息を吐いた。


「さて、このあとどうしたものか……。」


 ボクとトキワが途方に暮れていると、あの爽やかな風が背後からひゅうと流れて、ボクの髪を乱した。


「風、だな。」

「トキワ、何が起こると思う?」


 この風は次の展開を運んでくる風だ。

 ボクもトキワも、きっと何かが起こると、辺りを注意深く見た。


「おや?」


 何かを見つけたのか、トキワは一点を見すえたまま飛び立つと大きく旋回し、コンクリートの道の下で何かをキャッチした。そして、また大きく旋回してボクの肩に止まった。トキワの嘴には、白い封筒があった。ボクは、トキワからそれを受け取った。


「おそらく、爆発はしないだろう。」


 おそるおそる封筒を開けた。トキワの言う通り爆発はしなかった。おそるおそる封筒の中をのぞいてみると、入っていたのは小さな白い紙切れ一枚だけだった。



 ┏━━━━━━━━━━━━━┓


    『始まりのベル』


   全ては、ここから始まる。


 ┗━━━━━━━━━━━━━┛

 


 書かれていたのは、それだけだった。トキワも不思議そうに紙切れをのぞき込んでいる。

 他に何かあるかもしれないと思って紙を持ち上げて透かしてみたけれど、封筒にも紙にも仕掛けのようなものは何もなかった。


 怪しげな封筒と紙を調べた結果をトキワに報告していると、突然けたたましいベル音がボクらを襲った。ボクは耳を塞ぎ、音の主を探した。


「あれだ!」


 何かを見つけたのか、トキワは、勢いよく飛び立つと凄いスピードでそれに向かって行った。音がひどすぎて目もあけていられないけれど、それでもうっすらと目を開けてトキワが向かったほうを見ると、大きく丸い物がそびえ立っていた。

 目を凝らすと、見たことがあるシルエットが少しずつハッキリしてくる。


「あれは……。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る