第一章、世界 第三節、常盤 ①

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   第一章、世界 第三節、常盤


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《階段がどこまでも続いているわけじゃないんだ。》


 どうやら階段は、そら豆の時計周辺だけだったらしい。階段は途中から道になった。曲がり角もなければカーブもない、どこまでも真っ直ぐ伸びるコンクリートの道が、何もない、ただただ真っ白な空間に浮かぶ。

 どこまでも続く変化のない景色。進んでいるのかさえも分からない。


《……つまんない。》


 頭の後ろで手を組んで、その場に大の字で寝転んだ。コンクリートのかたさと冷たさが、背中に伝わってくる。

 空も地平線も何もないただの空間。あるのは道のみ。


《つまんない! つまんない! 違う道がいい!》


 誰もいない空間であおむけになって駄々をこねるなんて、さすがにちょっと恥ずかしいなと思ったけれど、自分のイライラをぶつける方法はこれしかなかった。情けないなと思ったけれど少し落ち着いて、身体を起こした。するとまた、ひゅう……と風が吹いてきた。ただボクの背中をなでた風は、さっきまでと違って爽やかなものではなく、生ぬるくて湿ったものだった。


《こ、この風は……。》


 金属の軋む鈍い音が聞こえ、ボクの背後で何かが動く気配がした。


 ボクの首を冷や汗が流れる。


 この世界は、五感を敏感にさせる力があるのだろうか。ボクの背後にあるものから伝わるのは、希望を奪い去る闇。振り向いちゃいけないと頭では分かっていたけど、振り向かずにいられなかった。


 おそるおそる振り向くと、毒々しく朱い道の端がコンクリートの道のすぐそばに姿を現し、丁字路を創り出している。間違いなく、あの鉄錆の道だ。


 さっきは気持ち悪いと思った道も、刺激の欲しい今のボクには魅力的に見え、生唾をごくりと飲み込んだ。

 ボクは、引き込まれるように足を伸ばした。



 ──行くのか?



 突然、空間中に響いた低い声に驚いて、ボクは足をひっこめた。


「誰かいるの……?」


 白い空間で響いたのかボクの頭の中で響いたのか分からないけれど、たしかにボクの声以外の声だ。さっきから誰かに見られているような気がしているのだけれど、それはこの声の持ち主なのだろうか。

 そう思って辺りを見渡してみたけれど、それらしい姿は見えない。


 それじゃあ、いったい、誰──?


「その道は幻だ。行くべきではない。」


 同じ声だ。やっぱり誰かいる。


「ねぇ! そこにいるのは誰?」


 あらゆる場所で響くから、どこから聞こえてきているのかまったく分からない。だからボクは、真っ白の空間に向かって大声で問いかけた。ボクの他にも誰かいるなら、それは心強いことだから。

 声の持ち主からの返答を期待して必死に問いかけを続けていると、ほんの少し違和感を覚えた。今までと、何かが明らかに違う。


 あれ……? ボクの声、聞こえてる……?


 ボクは思わず喉を押さえて、あー、あー、と声を出してみた。ボクの喉から発せられた声は、空間に吸収されたくぐもった音ではなく、子どもらしい澄んだ声としてボクの耳に届いた。


「何があったのかは知らないが、嬉しそうだな。」


 今度はハッキリ、あっちの方から聞こえた!


 声が聞こえてきた方をじっと見つめた。すると真っ白な空間がユラリとゆがんで鳥の形が浮かび上がった。『空間』に突然創り出された真っ白な鳥は、真っ直ぐこっちに飛んで来てボクの足元に着地した。

 その姿はあまりに優雅で、この不思議な世界で、神様か天使に出会ったかのような気持ちになった。

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