逆さまの迷宮
福子
『そこは、白い世界だった。』
――何の音だろう……? これは……、時計……?
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第一章、世界 第一節、階段
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気がつくと、ボクは階段の上にいた。
階段の上で寝ていたのではない。
ギシギシと音がする木の階段で、自分の足元を見つめて立っていた。
ボクは顔を上げて、自分が立っている階段を見回した。階段の幅は、ボクの身長ふたり分くらいある。それなりに広い。
階段の周りに目を向けてみた。
ここがどんなところなのかを知りたかった。
ボクを取り囲む空間はとにかく真っ白で、ぽっかりと階段だけが浮かんでいる。階段を支えるものもなければ、ボクの安全を保障する手すりもない。足を踏み外せば、どこまでも続く真っ白な空間に投げ出されてしまう。ココがいったいドコで、ボクはどうしてココにいるのか、まったく見当もつかなければ、心当たりもなかった。
手がかりを探して歩き回っていると、ボクが歩いている木の階段の隣に別の階段を見つけた。
……さっきは無かったような気がするなぁ。
隣の階段は血でできているような毒々しい、朱い色をしている。鉄でできているのだろうか。
ボクは、なぜかその階段に惹かれて迷った。隣の階段が安全かどうか分からない。でも、この階段だって安全かどうか、そもそも分からないのだ。
それならば──、
足に力を入れると、木の階段とは違う軋み音が不気味に響いた。
気味が悪い階段だなとは思ったけれど、階段の見た目だけでなく、この階段が持つ空気も気味が悪い。それに今にも崩れそうなほど
なるほど、血でできているような毒々しいほどの
スニーカーの溝に錆が入り込む。ザリザリと気持ちの悪い摩擦音が背筋に伝わる。
この階段は、いったいどこに続いているのだろうか。地獄にでも向かっているような強い不安と気持ち悪さを覚えて、ボクは身震いした。
とても明るく広いのに、取り残されたような寂しさのある空間。生きものの気配は全く感じられない。それが寂しさに拍車をかけている。
鉄錆の階段をずっと見ていると気持ちが暗くなるので、ボクは周りの景色を見ながら鉄錆の階段を一歩ずつ上った。
景色と言っても、見えるのは靄がかったような、ただ真っ白な空間だけ。ここでもボクの欲しい情報は何も見つからなかった。
それにしても……、
木の階段で気がついてからずっと、この空間に響き渡る、時計のカチコチ音が気になっていた。
高音のカチコチもあれば低音のカチコチもある。
どうやら時計は一つや二つではないようで、四方八方、いたるところから聞こえてくる。
きっと何かの手がかりになるのではないかと思い、さっきからずっと時計本体を探しているのだけれど、どういうわけか一つも見つからない。
どこから聞こえてくるのか解らない、不気味に響く秒針の音は、何かのカウントダウンのようにも思える。
……時限爆弾? いや、まさかね。
そんなバカげたことを心の中でつぶやき小さく笑うと、臆病な自分に喝を入れ、姿の見えない時計を探すために、ボクは一歩ふみ出した。
ふと時計の音が後ろで響いているような気がした。
そして今まで上り続けていた階段を今度は戻り始めた。
木の階段を歩いていたときには感じなかった目眩を、鉄錆の階段ではずっと感じている。
身体も何だか重いような気がする。
きっと、ずっと階段を上ったり下りたりして疲れたのだろう。
ボクは、軽く背伸びをした。
しばらく階段を下りると、最初にいた木の階段が見えた。木の階段は、やわらかで暖かな光を放っている。まるで、ずっと前から知っている人と再会したような懐かしさを覚え、ボクは木の階段に足をかけた。足にぐっと体重をかけると、やわらかな感触が足の裏に伝わる。木が、ボクを受け止めてくれているのが分かる。さらにボクを襲っていた軽い目眩も嘘のように引いていった。
誰もいない心細さの中で出会った温もり。
この温もりに、ボクの全部を預けてしまいたい。
もう独りは嫌だ。
そう強く思った直後に、ボクは木の階段から足を離した。
今ここで木の階段の温もりに身を預けたとしても、結局一人ぼっちのままだ。怯えて立ち止まってしまったら、何も変わらない。この気持ちのままで木の階段に戻ることはできない。
そう思い直し、軽い目眩とともにザリザリする鉄錆の階段を再び下り始めた。
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