第7話 カモミーユ・アドバーシティ(2)

 ----ユタ・タラァクム。

 その名を、カモミーユ・アドバーシティは良く知っていた。


 なにせ、"アイツ"の娘、自分と乳を同じくする異母姉いぼしであるから。


「(確か、わたくしよりも4か月ほど先に生まれたんでしたっけねぇ)」


 子供が出来る過程から考えても、"アイツ"は既に自分に子供がいると分かっていたはずなのだ。

 分かっていながら、カモミーユの母に手を出した事は、カモミーユにも分かる簡単な論理である。

 だからこそ、"アイツ"の事が、カモミーユは許せないのだ。


 そして、"アイツ"の娘である、ユタの事も。




 そんなユタ・タラァクムは、自身の魔法を、風を生み出す魔法を発動しながら、カモミーユに近付いて来る。

 彼女の周囲には、渦巻く竜巻が、彼女を守るように展開していた。

 いつでも、彼女の敵を穿つ矛として放たれるのを待ちわびるかのように。


「カモミーユ・アドバーシティ! あなたをぶち倒しますです!」

「うるさいわよ、語尾へんてこ令嬢」


 私がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして、睨みつけて来ていた。


「へんてこ?! 何を言ってるのでありますです?! 私の、父様にも褒められたこの丁寧口調の、どこがおかしいと言うので、ありますです?!」

「それよ、そーれ」


 自身のイライラが加速する中、カモミーユは炎魔法によって火炎の球体を生み出すと、それをユタへと投げつける。

 投げつけられた火炎の球は、ユタの竜巻によって、制御を外れたあらぬ方向へと飛ばされていた。


「あなたの攻撃は私には通じませんでありますですよ、カモミーユ!

 私の魔法、その名も【風之支配者タイフーン】は風を操る魔法! あなたの火の魔法など、全て吹き飛ばすでありますです!」

「自分の魔法に、名前なんて付けてるの、あなた? へんてこ度が、さらに増したわね」

「黙るのでありますです、この蛮族! 良いから黙って、ぶち倒すでありますですよ!」



「「「「そうだ、そうだぁ!!」」」」



 カモミーユの方が不利だと判断したのか、カモミーユの派閥であったはずの令嬢は、ユタの側についていた。

 その事に対して何も不満はない、自分も同じ立場ならしていたはずの事だと、カモミーユは納得していた。


「----ご令嬢方は、このサロンから退避をお願いするでありますです。私の標的は初めからあのカモミーユただ1人だけ。巻き込まれる必要はありませんのでありますですなので、逃げるならばお早く!」

「「「「では、お言葉に甘えて~!!」」」」


 4人の令嬢は、我先にとばかりに、サロンから外へと出て行った。

 残されたのは、"アイツ"の血を受け継ぐ、2人の令嬢。


「それで、ぶち倒すってのは令嬢っぽくないと思うのだけど?」

「そうしなければ、私の父様が、父様が報われないのでありますです!」

「はぁ? 今、なんて言ったの? "アイツ"が、報われない、ですって?」


 ----じりりっ!


 カモミーユの手の中で、炎が大きくなっていく。


「あんな浮気男が、"アイツ"が報われないって、どういう事よ! あんな奴の事なんて、どうだって良いじゃない!」


 手の中に燃え上がった炎を、乱暴にユタへと投げつける。

 その炎は竜巻によって、あらぬ方向へと飛んでいく。


「あなたは、何も分かっていないようでありますです。そんな状態でやられるのは可哀想でありますですし、特別に教えて差し上げますです」


 ----ごほんっ!


 ユタはそう言って、カモミーユにこう告げたのだ。




「私の父は、つまりあなたの父親は、あなたに燃やされたんでありますですよ。

 ----生まれたての赤子であるあなたが、制御できなかった炎を顔に浴びせられて」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 その話を聞いて、カモミーユ・アドバーシティは瞬時に理解した。


 自分が生まれた時に、なにがあったのかを。


 そして、カモミーユが思い浮かべたその事態こそが、実際にカモミーユ家で起きた出来事だったのだ。




 ----貴族は、魔法を用いる。

 そして、その魔法は"主に13歳を越えたあたり"から、使えるようになるとされている。


 しかしそれは、全ての貴族がそうであると、言う話ではない。

 中には20歳を越えるまで一切発現しない者もいれば、その逆で、生まれたその瞬間に魔法が発動してしまう事もある。


 カモミーユ・アドバーシティーが産まれたその日。

 

 アドバーシティー公爵家には、カモミーユを産んだ母親、父親である"アイツ"、アドバーシティー家の親族、そして神に仕える教会の人達がいたはずだ。

 多くの貴族の家で、そうであるのが当然のように。


 そして、彼女が産まれたその日、"アイツ"は父親として当然のことをしようとした。

 つまりは、愛しい我が子を抱き寄せようとしたのだ。


 その瞬間、カモミーユは産声と共に、炎の魔法を発動させた。


『ぎゃあああああああ!!』


 父親アイツは、焼かれた。


 元々、その父親はタラァクム男爵家の者であり、使用する魔法はユタと同じ風系統の物だったのだろう。

 当然、炎に対する耐性はない。


 その後、炎魔法を操るアドバーシティー公爵家の母、そして親族が、カモミーユを抱き寄せて眠らせ。

 教会の人達は、カモミーユが13歳になるまで魔法がうっかり発動しないように、封印した。

 焼かれた父親は、『浮気を働いた』という適当な理由を付けて、家から追い出された。



 結論として言えば----




「あんたが悪いんだよ、カモミーユ・アドバーシティー」



 ユタから強烈な悪意を受け、自分がした行為を思い出してしまい----



 強烈な火柱が、サロンでぶちあがったのである。




(※)教会

 ヒノモトから来た勇者達の中で、治癒系統などの魔法を用いていた者達の血を受け継いだ者達が作り出した組織。貴族や平民を問わずに治療の手を差し伸べる博愛主義の組織であると同時に、いかなる権力にも屈しない貴族にとっては厄介なところ

 貴族の子供が生誕した際、神としての祝福を授けるという形で説法を披露する一方で、危険な魔法を赤子の段階で発現させた者達の魔法を適齢期まで封印する役目も担っている

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