第6話 カモミーユ・アドバーシティ(1)

 これは、青白い炎の柱が生まれる2時間くらい前の出来事----。




 王立エクラ女学院には、いくつものサロンがある。

 サロンとは、貴族の邸宅を舞台にした社交界----シンプルに言えば、小規模な社交の場である。

 十にも満たない家の集まり、あるいは文化人を招いた小型ちょっとした行事やりとりであり、貴族として他家との親睦を深めて生きていくには、決して避けては通れないモノであった。


 故に、王立エクラ女学院には、大小合わせて20を越えるサロン用の施設が用意されていた。


 そんな数多くあるサロンの1つに、公爵令嬢カモミーユ・アドバーシティーの派閥である5人の令嬢達の姿があった。

 5名の令嬢達は友達ではない、ただの派閥だ。


 互いの利益のために、ただ一緒に居るだけの存在。

 そこに相性なんてのは丸っきり考えられておらず、故に----


「----という訳なのですよ」

「「「へぇー、そうなんだー」」」


「(中身がない会話だこと)」


 カモミーユは、目の前の4人の会話を、そう評価した。

 これならクラスで「今日は天気良いですね」と話し込んでいた方がまだマシかと思えるくらい、中身がない会話。

 楽しいか楽しくないかで言えば、丸っきりちっとも楽しくない。


「(でも、それで良いのよ)」


 と、全力で時間を無駄にしているこの状況を、カモミーユはそう評価した。


 カモミーユを始めとした5人の令嬢に、友情や、それから愛情なんてモノは必要ない。

 極端な話で言えば、サロンの中で5人が好き勝手に、相手の事を考えずに過ごしていても良い。

 彼女達が欲しいのは、5人で派閥グループを作って、一緒に居たという"実績"だけ。


 彼女達が一緒に居る理由は、それぞれの家のため----シンプルに言えば、体面メンツだ。

 それぞれの家が仲良くして利益を貰いたいから、娘である彼女達も仲良くすべき。

 それだけの、子供のことなど全く考えていない、貴族ならではの考え。


「(それは、王女様も分かってると思ったのに)」


 カモミーユは、体面メンツを丸っきり無視して、誘いを断ったアイリス・A・ロイヤル第三王女のことを思い返す。




 最初、カモミーユはアイリス第三王女を姉として関係を持つつもりだった。

 この学校の姉妹制度は、派閥として過ごすよりも、とても強固な鎖である。

 姉妹制度を結べば、学園を卒業した後も、他の令嬢や家よりも、その者との関係を優位に進めることができる。


 アイリス・A・ロイヤルという人物に、興味なんてちっともなかった。

 カモミーユにとって重要なのは、アイリスが王族であるという、ただ一点のみ。

 だから、例えどんな性格の持ち主であろうとも、アドバーシティー家のために我慢するつもりであった。



『初めまして、カモミーユちゃん! 私の名前はアイリス・A・ロイヤル、気軽に王女様でもアイリス様でも良いよ!

 ……姉妹の契り? 結ぶのは構わないけど、私の計画に賛同してくれるなら、構わないよ。

 そう、この娘。男爵令嬢カリカ・パパヤちゃん、この娘を『父親パパ』として認めてくれるならね!』




「(出来なかった……!! それだけは、身体がはっきりと拒否するのよね!)」


 今思い出しても、カモミーユには震えしか出てこなかった。

 勿論、完全な拒否である。


 カモミーユにとって、父親とは、自分達を捨てた裏切り者。

 私が生まれた日に、家を追い出された"アイツ"は、実家であるタラァクム男爵家に帰った……それ以降は知りたくもなかった。

 それくらい、カモミーユにとって、父親とは禁句、触れたくもない存在なのだ。


 ----そんな"アイツ"と同じ男爵家の娘を、父親と認めよ、だって?!


「冗談じゃない、っての!!」

「「「「へぇー、そうなんだー」」」」

「(イライライラっ!!)」


 話の流れをまるっきり聞いていないだろう、派閥の皆の言葉。

 ただヨイショをしてるだけで、カモミーユの話は丸っきり聞いていないことが分かる、上っ面だけのお世辞。


 いつもだったら、そんなモノかと納得している派閥の皆の言葉にもスルーできるのに。

 その日のカモミーユは、そう聞き逃せないくらいに、とてもイラついていたのだ。


 そして、その日はそれだけではなかった。

 サロンの扉を開けて、1人の令嬢が入ってきた。

 まるで道場破りでもしに来たかと言わんばかりに、敵意剥き出しで。



「見つけましたますです、カモミーユ! 私の顔を、私の髪を忘れたとは言わせませんますです!

 ----我が名は【ユタ・タラァクム】! 父のため、あなたをぶち倒しますです!」


 緑色の、"アイツ"と同じ髪をした、"アイツ"の娘が、カモミーユを睨みつけていた。




(※)派閥

 お互いの利害の一致により、結びついた集団。王立エクラ女学院においては、互いの家の爵位によって付き合う・付き合わないなどが、暗黙の了解として成り立っている

 中には当人同士の相性で結びついている派閥もあるが、大抵は家同士のみで結びついているために、仲が良いだのということは全くない

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