第3話 出会い(1)


「考えさせてほしい」


 私はそう、身をより出して迫るアイリス王女に提案して、学校を終えて寮へと帰ってきた。


「疲れた……」


 それもそのはずだ。


 私は今日、この学園に入学した新入生。

 国の第三王女の取り組みに、父親役を押し付けられるだなんて、入学する前は想像もしてなかった。


「荷が重すぎるんだよな」


 あの第三王女の語り口からして、これは彼女の肝いりの企画。

 つまりは、めちゃくちゃ重要な案件なはず。


 一介の男爵令嬢が関わって良い案件では、ないはずだ。

 「考えさせてほしい」と言ったのも、私の中では断る気持ち100くらいのつもりで言った。

 まぁ、件の第三王女さんは明るい笑顔で、「ではまた明日!」と言っていたため、通じてないと思うが。


「さて、そんな事よりも今、重要なのはこっちだよね!」


 と、私は寮の自室の看板を確認する。


 看板には【一年 カリカ・パパヤ】という名前。

 そして、その上に【一年 ヴェルベーヌ・シャルマン】という名前が刻まれていた。


 そう、同室の仲間ルームメイトとの顔合わせ!


「緊張するなぁ……」


 ドキドキが止まらないよっ!


 本来、新入生の同室となる人は、自分よりも年上、つまりは二年生以上の生徒が同室になる事が多いらしい。

 その理由としては、やはり姉妹制度----二年生以上の生徒を姉、一年生を妹として交流を深めさせるため。

 寮が同室の生徒と、姉妹の契りを結ぶのは、珍しくはない事なのだ。


 残念ながら、私のルームメイトは、同じ一年のようだが、構わない。

 一年同士で姉妹の契りを結んだ生徒というのも、少なくないからだ。


「(どんな人かなぁ? お姉ちゃんぽいのかな、それとも妹っぽいのかな? 仲良く出来るかな?)」


 様々な不安が浮かび上がる中、私はゴクリと唾を飲み込む。


「(えぇい、考えても仕方ないよね! 女は度胸だよ!)」


 私は緊張も唾と一緒に飲み込んで、そのまま扉を勢い良く開けた。



「初めましてっ! 私、この部屋でお世話になるカリカ・パパヤって言います! どうか、よろしくっ!!」



 ----ちなみに、部屋の中には誰も居なかった。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「はぁ……」


 私は部屋の中で、溜め息を吐く。

 その理由は、部屋の真ん中に置かれた机の上にあった、一枚の紙きれ。


【しばらく部屋に帰りませんので、ご自由にお使いください ヴェルベーヌ・シャルマン公爵令嬢】


 走り書きで、軽く書かれたそれは、私が会いたかったルームメイトからの伝言。

 ルームメイトとしばらく会う事は出来ないだろうという、そういう伝言。


「会って、交流したかったのに」


 頬を大きく膨らませながら、私は不満を口にした。


「(【ヴェルベーヌ・シャルマン】、かぁ……)」


 どんな人なんだろう?


 公爵令嬢と書かれていたから、私の男爵という爵位よりも上なのは確実だ。

 上から順に、『大公』『公爵』『侯爵』『辺境伯』『伯爵』『子爵』、そして『男爵』。


 昔、マナーの先生に教わったから良く覚えている。

 なんで『こうしゃく』が2つあるのとか、そういうくだらない質問をして、先生を困らせたっけ。

 

「懐かしい……」


 と、私が懐かしさを覚えていると、


 ----どんどんっ!!


 扉が大きく、ノックされる音が聞こえてきた。


「ヴェルベーヌさんかな? いや、だったら普通に入って来るか」


 誰だろうと、私は思いつつ、「今開けますね」と言って、扉を開けた。


 扉を開けた先に居たのは、スタイル抜群な、赤髪の美女であった。


 背はほとんど(女性にしては高身長な)私とほぼ同じくらいで、私とは違って胸もお尻も大きいスタイル抜群な美女。

 キツめな釣り目に、真っ赤に染め直している学園指定の制服も彼女に良く似合っていた。


「えっと、どちら様で?」


 見知らぬ女性にそう尋ねると、赤髪の美女は口に手を当てながら「まぁ、ご存じないの?!」と、私が知らない事に、何故か驚いているようであった。


「あら? あなた、このわたくしを、アドバーシティー公爵家が長女、あなたと同じ一年生たる【カモミーユ・アドバーシティー】をご存じないと? そうおっしゃられるつもりで?」

「えっと、そのカモミーユ、さんが、なんでこちらに?」

「カモミーユで構いませんわよ、しかし驚きましたわね。それもご存じではないと?

 こんな事すらご存じではないだなんて、あなたは逆になんだったらご存じなのかしら? むしろ存じている事がなにか1つでもあるのかしら?」


 ……なんか、ものすっごい勢いで罵倒されているのは感じる。

 怒らなくちゃいけないんだろうけれども、なぜだか不快感は感じないというか。


 なんでなんだろう?


「えぇ、ご存じでないなら、教えて差し上げますとも! 事細かに、それこそ丁寧に分かりやすく、ご教授差し上げましょうとも!

 ----あなたが本日会話なされたアイリス王女、あの方はわたくしのお姉様となられるお方です。お姉様に近付くのは止めてくださいませんかしら?」


 カモミーユはそう言って、私に警告を発したのでした。




(※)同室の仲間ルームメイト

 王立エクラ女学院に入学したお嬢様達は、全員2人部屋に通される。その中で爵位、もしくは学年が上の生徒を姉として、姉妹制度を利用する生徒が多い

 なお、寮の配属部屋は学院側から毎年変更がなされるが、相性が良い生徒同士は申請すれば翌年も同室になることが出来る

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