非難家多きこの浮き世
小狸
短編
「でさ、今日帰りに、歩道が青信号になる直前に、通り抜けていった車がいてさ。その車に向けて、歩行者のおっさんが小銭をぶん投げて『何やってんだ!』って言ってて。多分、そうやってギリギリ違反する車に対して、こちらは正義として、怒ってやってるんだろうけれど、なーんか最近そういうの多いよね――って、思うんだよね」
その横にある机では、姉の風越
彼女は、趣味で小説を書いているのだ。
「うん」
聞いているのか聞いていないのか分からないような返事を、栞はする。
そんな姉の返事を
「批評家気取りの何か、って言うの? 私のクラスにも、読書めちゃする人とかいるんだけどさ。頭でっかちで、文学家気取りで、私の大好きな小説家のこと、公然と莫迦にしてくるわけ。『〇〇○○なんて読んでる奴は読書家じゃない』なんて言ってさ。マジムカつくわけ。別にこっちは読書家名乗りたいわけじゃないし、だったらなんで発売されてるんだっつうの。別に毎日誰かにテストされている訳じゃないんだからさ。通俗娯楽小説って、もうちょっと楽しむべきだと思うんだよね。いや、っていうかさ、簡単に誰かの何かを批評するとか、お前何様? って思っちゃうんだよね。私としては。就活では文学部は、国文学科は不利だーとか散々言っておいて、その道のプロの存在を頑なに認めないっていうかさー。自分は批評する権利がある、って勘違いしている奴が多すぎると思うんだよね」
「そうだね」
姉は、そう返答する。
「そもそも批評って言葉はさ、事物の善悪・優劣・是非などについて考え、評価することを示す訳であってさ――相手が確実に傷つく言い方を探してそれで突き刺すことじゃあないんだよね。それじゃ批評じゃなくて非難だよって――どれだけ言いたいことか。いるんだよね、自分の言っていることが絶対に正しくて、それを曲げられることが許せない人間、っていうのがさ。今日、そのおっさんを見て思っちゃったわけ。その車はすぐに通り過ぎていってしまったけれど、もし車が止まって、あっち系の人が出てきたら、どうするつもりだったんだろうね。殴られたら? 自分が正しいって、それでも押し通すのは吝かではないけれど、相手がもし暴力で訴えてきたら? 言葉は暴力には勝てないじゃない。正義ぶってやっているつもりなんだろうけれど、無能な非難家ほど、この世に必要のない者はいないって私思うんだけれど、お姉ちゃんに私の気持ちが分かる?」
「分かるよ」
姉は打鍵を続けながら言った。
「でも、文香ちゃん、この世に必要のない人なんていないよ」
「お。お姉ちゃん珍しく反論?」
「人は生まれてくる意味を持って、産まれてくるんだよ」
「へー。お姉ちゃんそういう考え方なんだ、意外。『子どもは親のエゴで生まれてくる』とか、そういう感じかと思ってた」
「全員に機能があって、それが重複することだってある。だから、誰かが欠けても世界は止まらない」
「思想強めで草」
「お互い様」
私達は笑った。
姉は、中学時代のいじめを境に、家に引きようになっている。そして私は、順風満帆な高校生活を送っている。まあ、この部屋はもう半分以上姉の所有物(特に本)なので、そろそろ私の部屋も欲しいと思いたいところなのだけれど。私達の差異は、きっと些細なことなんだろうなと思う。いじめって、そういうものじゃない? 受ける側は、いつだって何も選べない。
「非難も、そうなのかな」
「?」
文香のそんな問いに、姉は、首を
「非難も、ただ言われたまま、好き放題言い逃げされて、心を傷つけられても、これは『批評だ』『講評だ』『ありがたく聞け』って言われる姿勢でいることが、正しいのかな。売れてるアイドルとかタレントとかもそうじゃない。非難が来るのは当たり前、アンチコメントなんて誰かしらから来る、とか言って『聞き流せ』『気にするな』『そういうものだ』って受け流すことが、良いことなのかなって思うんだよね。ただでさえネットがここまで当たり前になった時代だけれど――いや、批評家ぶってんじゃねえよって」
「別に、受け止める必要も、受け流す必要も、ないと思う」
珍しく姉は、打鍵する手を止めて、言った。
ぽつりぽつりと、呟くように。
「ただ、これだけは忘れちゃいけないよね――」
自分が発した言葉は、いつか必ず自分に返って来る。
姉のその物言いに、思わず私は、口を
「……それ言われちゃ、今までの私のどうしようもないじゃん」
「でも、事実」
「そだね――ちぇ、私もまだまだでした」
「ぜひ次に生かして」
「はーい」
そんな風に。
こんな感じに。
あんな塩梅で。
風越家の姉妹部屋では、日夜どうでも良い会話が繰り広げられているのだった。
(了)
非難家多きこの浮き世 小狸 @segen_gen
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