第2話
「じ、実は……私が作ったんです」
「あら、そうだったのね! 凄いわ!」
「……え?」
意外な反応にクリスは目を見開いた。すると、女性はいきなり提案をしてきた。
「もしよかったら、今度私にもお洋服を仕立ててくれないかしら? もちろん、お代はきちんと支払うから」
それを聞いてクリスは目を剥いた。
「わ、私がですか!? でも、私なんかに貴族の方がお召しになるようなものが作れるかどうか分かりませんし……」
「大丈夫よ。私は、そんなことは気にしないから。そうだ、よかったら名前を教えてくださらない?」
女性は、興味津々といった様子で尋ねてきた。
クリスは戸惑いながらも、答えない訳にはいかないと観念して小さな声で名前を告げた。
「……クリスです」
「へえ、クリスって言うのね。私はアデラよ。実は隣国から観光に来ていて、暫く滞在する予定なの」
どうやら、彼女は旅行中らしい。
「今、泊まっているのは王都の有名なホテルでね……」
そう言って、アデラは自身が泊まっている宿の名と住所が書かれたメモ書きをクリスに手渡した。
「そのホテルに行けば、アデラ様にお会いできる……ということでしょうか?」
クリスが尋ねると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
「ええ。夕方以降なら大体そこにいるから、着いたらホテリエに伝えて。きっと、部屋まで案内してもらえると思うわ」
「は、はい」
クリスがそう返すと、アデラは「それじゃあ、楽しみに待っているわ」と言い残して侍女とともにご機嫌な様子で去って行ったのである。
一方、残されたクリスはまだ驚きで胸が高鳴っていた。
まさか、あんな風に頼まれるとは思ってもみなかったので嬉しさと困惑が入り混じっている。
(……こんなに嬉しい気持ちになったのはいつ以来だろう)
その日──ほんの少しだけれど、クリスは自信が持てたような気がした。
***
数日後。
ローレンスは仕事が立て込んでいるらしく暫く王城に泊まり込むとのことだったので、クリスは例のごとく邸を抜け出し、先日アデラに貰った紙に書かれた住所を頼りにその高級ホテルに向かった。
ホテルに到着すると、クリスは入口付近に立っていたホテルマンに声を掛けてアデラに会いたい旨を伝えた。すると、彼はすぐに支配人を呼びに行った。
暫くして、先程のホテルマンが支配人を連れて戻ってきた。そして、「どうぞこちらへ」と言ってクリスをアデラが泊まっている部屋へと案内してくれたのである。
「失礼します」
恐る恐る扉を開けると、部屋の中央にある椅子に座って本を読んでいたアデラが顔を上げた。
クリスの姿を目にするなり彼女はすぐに立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「クリス! 来てくれたのね! 嬉しいわ!」
「こ、こんにちは。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
クリスがぺこりとお辞儀をすると、アデラがくすっと笑う気配が伝わってきた。
「それじゃあ、早速で悪いのだけれど……まず、採寸をお願いできるかしら?」
「はい」
そう返事をして、クリスは彼女の後ろに立つとメジャーを手に取った。
次の瞬間。アデラは躊躇うことなく服を脱ぎ、下着だけになった。
(わっ……!)
クリスは、慌てて視線を逸らそうとしたものの目が離せなくなってしまった。
というのも、思わず感嘆の声を上げそうになるほど彼女の体が美しかったからだ。
女性らしい豊かな膨らみに、くびれた腰。そのどれもこれもが自分のものと違っていて、まるで美術館に並ぶ彫刻のように美しく整っている。
均整の取れた体つきに、クリスは思わず見惚れてしまう。
(……いけない。早く測らないと)
クリスは、気を取り直して採寸を始めた。
採寸が終わると、今度はドレスのデザインについて話し合うことになった。
「そうね……色は青系が好みなのだけれど、デザインは貴女に任せようと思っているわ」
「私がデザインしてもよろしいんですか……?」
「もちろんよ。貴女のセンスで作って欲しいの」
クリスは感動に打ち震えた。こんなにも、自分に期待を寄せてくれる人がいるなんて。
(絶対、素敵なものに仕上げないと……!)
クリスは決意を固め、ドレスのデザインを考えることにしたのだ。
(今日はすごく楽しかったな……)
アデラと別れたクリスは、意気揚々と帰路についた。
こうして、クリスのドレス作りがスタートした。
ドレス作りを進めつつ、ローレンスがいない時を見計らってアデラが滞在しているホテルに打ち合わせに行く──という生活を暫く続けているうちに、あっという間に数週間が経過していた。
そして、ついにドレスが完成した。
途中で思わぬアクシデントがあったりと色々あったものの、結果的にとても良い仕上がりになった。
「お待たせいたしました。こちらが、出来上がったドレスでございます」
クリスは、アデラに完成したドレスを手渡した。
「まあ……! 素晴らしいわ!」
ドレスを受け取ったアデラが歓声を上げた。
クリスが仕立てたのは、淡いブルーのドレスだ。胸元にボリュームのあるリボンがついているためか、清楚な中に可愛らしさもあるデザインになっている。
ウエスト部分は絞りつつ、スカートにたっぷりと布を使っている。ふんわりとしたシルエットに仕上がるように、工夫をしたのだ。
「素敵だわ! この短期間でこんなに凄いドレスが作れるなんて、まるで魔法みたい!」
「恐れ入ります」
クリスは恐縮して頭を下げた。
「もしよかったら、私専属の裁縫師にならない?」
突然の申し出に、クリスは大きく目を見開いた。
「え……?」
もったいないぐらいの言葉を掛けられ、言葉を失う。
「もし、あなたさえよければの話だけれど……」
「でも……」
クリスは言葉に詰まる。冗談で言ったわけではなさそうだし、恐らくアデラは本気なのだろう。
しかし、自分はローレンスと政略結婚をしているうえ、この国から一歩も出られない。
本当は彼女の下で働きたいが、それは叶わない願いだ。
「身に余る光栄ですが、私は……」
「そ、そうよね……ごめんなさい、突然変なこと言って」
アデラは残念そうな顔をした。
「いえ……でも、私なんかよりもっと才能のある方がたくさんいらっしゃいますから」
そう返し、クリスは苦笑した。
「今日は本当にありがとう。もしよかったら、また遊びに来てちょうだい」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
クリスは深々とお辞儀をすると、帰路についたのだった。
邸に到着し、いつものように庭園を通って裏口へ向かおうとしたところで、クリスは足を止めた。
(……あれ?)
ふと、話し声が聞こえてきたような気がしたのだ。
不思議に思って声が聞こえてきた方向に視線を移すと、そこにはローレンスと見知らぬ女性がいた。
女性はフード付きのローブを着ているため、顔は見えない。
(ローレンス様……? 一緒にいる女性は、一体誰だろう……?)
二人は親しげに話しており、クリスの存在には気づいてないようだ。
暫く様子を窺っていると、やがて女性はフードを脱いで素顔を晒した。その瞬間クリスは、はっと息を呑む。
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