第244話 69階ふたたび 3

「いや、今日は簡単に……」


 ダメだ! 


 モモちゃんの純真な眼差しを正面から受け止めてしまうと、彼女のお願いを断ることができそうにない。そもそもモモちゃんはお肉を焼いてほしいと俺にお願いしているわけではないのだ。


 当然、ご主人様がお肉も焼いてくれると信じきっている。そんな顔をしているのだ。


 その信頼を裏切るわけにはいかない。それに今日もモモちゃんは頑張ってくれた。アイアンゴーレム狩りにモモちゃんは大活躍――。


 そういえば……、俺は今日何もしてなかったのではないだろうか?


 暑さで疲労が溜まっているので、何かを成し遂げた気になっていたが戦闘にも探索にも貢献した覚えがない……。


「よーし、今日はお肉をいっぱい焼いちゃうぞー」

 俺は力なくモモちゃんに宣言する。


 これでもう後には引けない。口に出して宣言したことで無理やりにでも、やる気を引き出して強制的に自分を働かせようという魂胆だ。


「わあ、ステキです。さすがご主人様です。最高ですね!」


 モモちゃんは小躍りしながら、あちらに行ってしまった。

 ん? なぜかその後ろをユウが両手で大事そうに皿を持って、ついて歩いている。ユウはそのままモモちゃんの後ろにピタリとはりついて離れない。


 なんだあれは? 皿を持っているということはユウも肉を狙っているのだろう。しかしそれなら肉を焼く俺のそばに張り付くべきではないか?


 モモちゃんについて回るとお肉が貰えるという様なシステムはないと思うのだが、どこでユウはそう学習してしまったのだろうか……。


 まあふたりともお腹を空かせているようなので、はやく肉を焼いてやろう。頑張った2人に美味しいドラゴンステーキを食わしてやるのだ。


 俺はマジックバッグから焚き木や焼き網を取り出して素早く準備する。もはや慣れた作業ではあるのだが、今日は暑いので気が重い――――。



 はぁ……はぁ、暑いぞ……。


 俺はいつまで肉を焼いていればいいのだ。いい加減誰かに変わってもらいたいものだが、この上質なドラゴン肉を任せられる人材が我がパーティにはいない。


 肉は火加減が命だ。焼きすぎてパサついた肉など食えたものではないし、生焼けも御免こうむりたい。


 だいたい料理しない奴はレアと生焼けの違いすら解ってないのだ!

 俺が一人、暑さと疲労でイライラしていると――。


「そろそろ調理を交代したらどうだ? ほれ『サモンインプ』。お前はマコトに変わって肉を焼いてやれ」


 あれっ? 優しい陛下がインプを召喚してくれたが、俺はなぜインプの存在を忘れていたのだ???


 最初はモモちゃんの願いを叶える為に俺が焼く必要があったのかもしれないが、途中からはさっさと陛下にお願いしてインプに任せればよかった。暑さで賢さにデバフが掛かっているに違いない。


「陛下、ありがとうございます。でも、もっと早く召喚してくれればよかったのに……」


「ん、さようか? 余はてっきりマコトが好きで肉を焼いているのだと思っていたのだが? それにインプよりもマコトの方が料理の腕は上だろう」


「そうですよ! ご主人様の料理が一番最高優勝です!」


「そうかな。でもモモちゃんが喜んでくれたのなら頑張ったかいがあったよ」


 インプはロレッタから肉の焼き方をキッチリと教えこまれているはず。俺とそう違いがあるとは思えないが、どうやら今後もたまには俺がモモちゃんのお肉を焼いてあげる必要がありそうだ。


 できれば涼しい日にお願いしたい……。


「今日は余とマコトはたいして働いてないからな。最後に活躍できて良かったではないか――。さて、マコトよ。マジックバッグから冷えたエールを出してくれ。今宵のような暑い夜はエールが美味いぞ」


 それだ! モモちゃんだけではなく、頑張った自分にもご褒美を与えねばならない。

 暑さと焚火で喉がカラカラだ。


 陛下に言われた俺は慌ててマジックバッグから冷えたエールの樽をテーブルに取り出す。地下の大樽から移し替えておいた携帯用の小型の樽だ。


 こいつから薄いガラスのコップに静かに注ぐ――。


 *ゴクリ*


 口の中に生唾が溢れて、それを呑み込もうとするが、喉がねばついてうまく呑み込めない。そしてコップを持つ手が震える……。


 なみなみと注がれたエールをこぼさない様に静かに口へと運んだ。キンと冷えた黄金色の液体が、 グラスの縁から俺の口に滑り込み、喉を一気に流れ落ちる。


 *ゴッゴッゴッ*


 冷たさが喉を押し広げ、熱を洗い流すように駆け抜ける。 体の奥を一陣の風が通り過ぎたかのような爽快感。

 一瞬、世界が静かになり、ただエールの余韻だけが残る—— 。


 その時、俺は生き返った――。



「ほほう、美味そうに飲むではないか。余も一杯、所望する」

「主人よ。ワシも飲みたいぞ」


「よく冷えてて美味しいですよ。ドンドン飲んでください」

 生き返った俺は機嫌よく2人にエールを注いであげた。


 *グビグビ*


「うひゃぁ、こりゃ美味い。主人よ。これは最高じゃぞ」

「うむうむ、いやーこれはたまらん。汗水たらして働いた後には格別だな」


 ガレフは今日も良く働いてくれたが、陛下は俺よりも働いてないのでは?

 しかも汗水だと?


 あ、これはもしや陛下お得意のスケルトンジョークかもしれん。

 はやく突っ込まなきゃ!


「陛下はたいして働いてないぜ。今日はユウねえちゃんがカッコよかったな!」


「おお、確かに余は働いてなかったな。これはカレンに一本取られたぞ。ワッハッハー」


 遅かった……、俺が突っ込みたかったのに!



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