第161話 お願い。 1

 なんだ? 

 アナスタシアさんは今、何と言った?

 奴隷にしてくれと言ったように聞こえたが、気のせいだろうか。


「お願いします。マコト様に奴隷にして頂けないと私は終わりです」


 やっぱり奴隷にしてほしいらしい。どういうことだろうか?


「そんな事できませんよ。何かあったのですか?」


「そ、そうおっしゃらずにお願いします。マコト様の奴隷にして頂けないと私はひき肉にされてしまいます」


「ひきにく? なんですかそれは?」

 どうも話が見えてこない。なんの話をしているのだろうか…………。


「マコト様だけにお話ししてもよろしいでしょうか? あまりいい話ではありませんので…………」


「ああ、じゃあ皆は先に孤児院に戻っておいてよ。俺はアナスタシアさんの話を聞くから」

「すみません」


皆がぞろぞろと孤児院の中に入っていく、カレンは心配そうにこちらを見ているが最後に諦めて建物の中に入っていった――。


「それでは、端的にお伝えしますと私は教団から異端審問にかけられそうなのです」


「何しちゃったんですか?」


「私は何もしてません! この町の司祭の不正を暴くために教団本部に証拠を送りつけて告訴しただけです。それが何故か私が不正をおこなっていた事になってしまって…………」


「あー、それはまずいですね」


「本当は解っているのです。私が頼りにしていた改革派の司教に裏切られたのだと思います。信じたくないですが、そうとしか考えられません」


「それで不正を疑われて異端審問に掛けられるんですね。それなら、その審問の場で誰が不正をしていたか明らかにする事ができれば、アナスタシアさんの逆転勝利もあるんじゃないですか? 証拠を持っているんでしょ?」


「私は昔、聖ブッチャーと言う異端審問官に案内されて実際の異端審問の場を見させられた事があるのですが、あれは審問なんかではありません。異端者は巨大な鉄の機械で足の先からゆっくりと、ひき肉にされていました。教会への罪を認めないとゆっくりと機械が動いて、罪を認めると機械の速度が上がってはやく楽になれるという仕組みのようでした。聖ブッチャーにかかれば、どちらにしてもひき肉です」


「そんな事が許されるのですか? この国は法治国家だと聞いてますが」


「国は教団内の揉め事には不干渉です。表向きには異端者は悔い改めて自ら殉教者となったという事になっていますので、介入してきません」


「はぁ、酷い話だ。ちなみに教義で自殺は禁止してないのですか?」


「自殺は禁忌ですが、殉教死は問題ありません。私は神の試練であれば、どのような事にでも耐える自信がありますが、まだ殉教死をするつもりはありません。ましてや今回の異端審問でひき肉にされてしまったら、司祭の不正を闇に葬るために殺されるというだけです。殉教死ですらありません。ですから、マコト様! 私を奴隷にしてください!」


「ですからの意味が解らないんだけど…………。なんでそこで奴隷が出てくるんですか?」


「奴隷になれば、私はマコト様の所有物となります。教団と関係のないマコト様の所有物を勝手に奪ったり傷つけたりという事はできません。教団が私の不正を罰したいなら私の持ち主であるマコト様を国に訴えて正式に裁判という事になると思いますが、それはしないでしょう。正式な裁判であれば、私が司祭の不正を逆に暴いてやりますからね!」


 アナスタシアさんは少し落ち着いてきたのか、ゆっくりと立ち上がり胸を張って俺の問いに答えた。


 なるほど、俺の奴隷になれば異端審問官からの不条理な暴力から守られるという事だ。それならモモちゃんや陛下と変わらないのかもしれない。俺の奴隷であるから町で生活していても討伐されないのだから。


 しかし、アナスタシアさんを奴隷にして俺にどんなメリットがあるというのだろうか?

 むしろ教会を敵に回す事になりそうだぞ。


「俺の奴隷になりたいという理由は解りました。確かに今の話の通りならアナスタシアさんの事を俺は守る事ができるのかもしれません。ただ、それをしてしまったら俺は教団と敵対することになりませんか?」


「だ、大丈夫です。私に考えがあります。マコト様の庇護さえ受けられれば、私が教団と戦います。私が今窮地に陥っているのは後ろ盾が何もない状態だからです。本来なら教団内の改革派に守られているはずなのですが、今回の事で手の平を返されてしまいました。改革派にはかなりの額の上納金を納めて貢献しているはずなのですが、所詮私は便利な集金装置でしかなかったようです。しかし、大丈夫です! 私はまだ戦えます」


「いや、俺は教団と戦いたくないんだが…………」


「そ、そうですか。うーーん、マコト様と教団が敵対しなければ良いのですね? それなら教団は必ずお金で奴隷になった私を買い取ろうとしてくると思いますので、その時に喜んで売りたいと言って下さい。ただし、料金は大金貨5枚です。これは絶対に値下げしないでください。この私の値付けには自信があります。教団はこの値段では買わないでしょう。値下げしてくれと言って来ると思いますので、必ず断ってください。これで教団は諦めます。私にそこまでの価値はありませんからね。こうすれば教団とは揉めずに円満に私を手に入れられるはずです」


 俺が断るたびに眉毛が八の字に困り顔になるが、喋っている内に自信が出て来るのか最後はドヤ顔で話し終える。表情がコロコロ変わって面白いが、それだけ彼女も必死なのだろう。


 面白がってしまっては悪いな。なんとかしてあげたいと思うが、この話は今までの様に簡単に俺の奴隷にする訳にはいかないと思う。


 今の話だと俺がアナスタシアさんを奴隷にしたら異端審問官がその奴隷をこちらに寄越せと言ってくるらしい。俺に値段交渉などできるのだろうか? しかも聖ブッチャーと言う審問官は人間をひき肉にするのが趣味という話だ…………。


 会いたくないなあ。ちょっと睨まれたら、何を言われても『はい! よろこんで!』って言ってしまいそうだ。


 交渉人は俺じゃない方がいいのではないか? 

 そうだ! この話はリシュリュー卿に振ってしまおう。


 彼ならどんな相手でも堂々と交渉するだろう。彼の奴隷になった方が後ろ盾としても強そうじゃないか。アナスタシアさんには俺抜きで存分に教団と戦って貰いたい。


「やっぱり俺には荷が重そうです。エナジー茸の時に交渉したリシュリュー卿を頼ってみたらどうですか? 彼の奴隷にして貰えば強力な後ろ盾になってくれますよ」


「無理です無理です。マコト様だけが頼りなんです。リシュリュー卿には失礼な事をしてしまったので、絶対に私の事など守ってくれません。そもそもあの方の立場で私を奴隷にしたら教団も警戒します。マコト様のような立場の方がお金に目が眩んで私を奴隷にするという位のほうが――」


「そう思われちゃうのか……」

 俺が一言呟くとアナスタシアさんは再び土下座しだした。


「うわーー、すみません! あぁぁ、ひき肉は嫌です。あれは無理なんです。奴隷にしてください。お願いします」


 どんな神の試練でも耐えられるってさっき言ってた気がするけど、やっぱりひき肉は嫌なんだな。当たり前か。


 さすがにひき肉は可哀そうなので助けてあげたいとは思うけど、どうしたものだろう。直接は教団と関わりたくないので、なんとか俺の奴隷にせずに救う方法はないだろうか? 


「よ、よ、よ、よ、よ…………」

 絶賛、土下座中のアナスタシアさんから不思議な呟きが聞こえてきた。


「よよよ?」

 どうしたのだろう? 恐怖のあまり壊れてしまったのだろうか――。



「よ、夜の方も頑張らせて頂きますので、何卒宜しくお願いします!」


 な、なんだってー!



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