第17話 町 1

 畑の横をしばらく歩くと城壁が見えてきた。

 大きな町らしく町全体がしっかりと城壁に囲まれている。


「きっと城壁があるくらいだから門番も居るんじゃないの?」


「居ると思います」


「思ったんだけどさ。町に入る時だけでも痩せて人間のフリをしていたほうが問題なく中に入れたんじゃないかな」


「そうかも知れません。でもこの間の飢餓状態になった時に解りましたが、あの状態では目の前に食べ物があったら我慢出来ないようです。私の意識とは別に勝手に食べてしまうと思います。人間のフリをして中には入れると思いますが、入ってから問題を起こす自信があります」


 確かに肉を焼いている露店とかがあったら大騒ぎになりそうだな。


「じゃあダメか」


「すいません……。」


 とりあえず紐で首輪だけではなく両腕も前で縛って犯罪者風に縛りなおす。これで門番突破できると良いのだが――


「こんにちはー」 何食わぬ顔で門番らしき兵隊さんの前を堂々と通るが――。


「ちょっと待て」 やはり素通りは無理か……。


「それオークじゃないか? 魔物は町に入れられないぞ」 オークってやっぱり魔物なのね。


「こいつはオークですけど私の奴隷なので問題ありませんよ。この町の奴隷商人に用があるのです」


「奴隷なのか? まあ普通のオークがこんなに大人しい訳ないか」


「じゃあいいですね? 通りますよ」いけそうな雰囲気だ! 今のうちに――


「待て待て、中で騒ぎになったら困る。私が君たちと一緒に奴隷商まで付いていこう」


「良いんですか? ありがとうございます」


 ずっと付いてこられると困る気がするけど、町の中で騒ぎになるのも困る。この物わかりの良さそうな兵隊さんがいた方が良いかもしれない。


「大丈夫だ。内側にもう一人いるから、私が少しここを離れても問題ない」


「奴隷商人の館はあちらだ。付いてきなさい」


 場所まで案内してくれるなんて良い門番に当たったようだ――――。


「ほら、着いたぞ。ここが奴隷商人の館だ」


 門からまっすぐ広場を抜けて、さらに先に進んで人通りが少なくなってきた所にその館はあった。


「案内までしていただいて、ありがとうございました。」


 お礼を言ってさっさと中に入る。付いては来ないようで助かったが、まだこっちを見ているようだ。はやく用事を済ませよう。


「すいませーん」


*チリーンチリーン* テーブルの上のベルを鳴らして待つ――――。


 館の中は高級な老舗のホテルといった雰囲気で、村人の恰好をした俺は店員に舐められそうだ。


「いらっしゃいませ」


 奥から初老のスタイルの良い男が現れた。上品な、仕事ができそうな男だ。奴隷商人なんて太ったチョビ髭が出てくると思ったが、この世界では奴隷商人も上品な職業なのだろうか。


「このオークを俺の奴隷にしたい」 何か言われる前にさっさと本題に入る。


「! やはりオークなのですか? 奴隷契約前に町に入れてしまうとは、門番は何をしていたのですかね」 普通はダメだったらしい……。まあそうだよね。


「これから契約してしまえば問題ない。同じことだ」 契約って何か知らないけど、ここは強気で話を進めた方がよいはず。


「それはそうですが、そのオークは奴隷になる事を了承しているのですか? ずいぶん大人しいですが……」


「私はハーフオークです。ご主人様に奴隷としてお仕えする事に致しました」


「オークにしてはずいぶん理性があると思ったら、ハーフオークとは……。なるほどそういう事なら事情は解りました」


「奴隷の首輪が金貨1枚、契約手数料として金貨1枚頂きますが、よろしいですか?」


「ああ、それで良い。よろしく頼む」


 金はギリギリ足りたから良かったが、ハーフオークだと言ったらすぐ納得したな。奴隷アルアルなのか?


「ハーフオークの奴隷は多いのか?」


「多くはないですね。初めて見ました。ただ混ざり者の奴隷は多いです。どうしても居場所がなくなるのでしょう」


「そういうものか」


 ほかの種族の混血もブタちゃんと同じように生きづらいのかもしれないな。


「それではこちらにどうぞ」


 奥の部屋に通されると奴隷商人は棚から皮と金属で補強された首輪を持ってきた。


「こちらの首輪をお客様がオークの首に付けるだけで良いです。オークの方は抵抗しないようにしなさい」


 言われるままにブタちゃんに首輪を付ける。一瞬光ったような気もするが一瞬すぎて解らない。


「これでこのオークはお客様に逆らったり、危害を加える事は出来ません。ただし国の法律で奴隷に対して主人は衣食住などの世話や保護が義務付けられています。また過度な虐待も禁止されています」


「その虐待というのはどの程度の事をいうのだ? 例えば魔物と戦わせて傷を負ったら虐待なのか?」


「その様な事は虐待と申しませんし、そもそもこの法も特に罰則はないのであまり意味はありません。誰も気にしていないのです」


「法はあるが誰も守っていないという事か? 守らせるつもりがないなら何故そんな法律が……」


「国は他国からの心証や体面を気にしているのでしょう。こういった人権を意識した法がないと未開で野蛮な国と言われますからね」


「それなら徹底して取り締まった方が先進国となりそうだが?」


「基本的に奴隷が死んだりケガをするとその主人の損になりますので、皆さん大事に扱われます。さらにこの法律が建前上はあるので奴隷に対して酷い扱いをしていると周りから白い目で見られます。その程度で十分な抑止力となっているのです。それにあまり人権人権いうと奴隷制度廃止せよと極端な意見が出てきてしまいますので、今ぐらいが丁度良いのです」


「奴隷制度なんてないに越したことはないんじゃないか?」


「いえいえ、システムとして今お客様が契約したようにお互いの意思があって初めて契約は成立するものです。もしどちらかが望んでいなければ契約は成立致しません。それに一番多い奴隷が犯罪者奴隷です。死刑になるか奴隷になるか、禁固30年の刑罰を受けるか奴隷30年を選ぶか、犯罪者に選択権があるのです。国にしても刑罰を執行する経費を浮かせて、労働力もしくは売った料金を徴収できると言う誰もが得をする素晴らしい制度なのです」


 そう言われるとそれは素晴らしいと思ってしまうのは俺が騙されているのか素直なのか…………。


「それでも問題点は多そうだけど」


「問題になりやすいのは身売りした場合です。どうしてもお金が必要になって自分を奴隷にするから幾らかで買って欲しい。こういう場合はあとでトラブルになりやすいです。お金の使い道がはっきりしていれば良いのですが借金だったりすると、あとで騙されていたから奴隷を解除してくれと言ってきたりしますので、当店では事情によっては引き受けない事例です」


「色々あるんだな」


 その国その土地でそれぞれやり方や法律が違うのは当たり前なのかもしれない。何となく嫌悪感があるが奴隷制度が必要な人もいる以上、関係ない俺が文句言うのも間違っているし、そもそも俺は奴隷制度の恩恵を受ける側の人間だった。


 そろそろ金を払って店を出よう――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る