第11話 移動 2

 朝起きるとまたブタちゃんを枕に寝ていた。

 俺が寝ている間に移動してきたようだが、全然気が付かなかった。


 それだけ良く寝ていたのだろう。

 起き上がり伸びをしてから、消えてしまった焚き火に火を付けてお湯を沸かす。


 空をみるとまだ薄暗いが雲が見えない。

 今は肌寒いが今日も暑くなりそうだ。ブタちゃんも起きてきた。


 二人でお湯を飲みながら干し肉を噛じる。


 お茶も欲しいな。きっとその辺の葉っぱでも煎じればお茶になるのだろうけど、どの葉っぱが良いのか解らない。


「オークはお茶飲まないの?」


「マテ茶を飲みますよ。この辺りにはモチノキは見かけないですが、オークの村の近くにはたくさん生えていました」


 モチノキ? そういう木なのかな? 「見つけたら。教えてよ」


「はい、葉っぱを乾燥させて刻めばお茶になります」


 本当はコーヒーが飲みたい。ニート時代は朝から時間があったから豆を引いて濃いめのコーヒーを飲むのが好きだったな。あの香りが懐かしい。


 マテ茶は飲んだこと無いけど白湯よりは美味しいだろう。


「さあ今日も歩くか、もし途中で鳥なんかの獲物を見つけたら教えてね。夕飯にしよう。」


「それは最高ですね。頑張って探します」


 鼻息が荒い。ブタちゃんも新鮮な肉のほうが好きみたいだ。


 朝日を背にしてひたすら歩く。足の疲れはそれほどでもない。昨日のマッサージが効いたのだろうか?


 効いたのなら今日もあの痛みに耐えなければならないのか……。


「足のマッサージ効いたみたいなんだけど、もう少し痛くないように出来ないの?」


「かなり優しく指圧したのですが? オークの足にマッサージする時は全力で押しますよ」


 オークの足と比べられてもなあ…………。激太だろうし、丸太みたいに硬いでしょ。


「今日もお願いしたいけど、もっと優しく頼むよ」


「解りました。でも効かないと意味ないのである程度は押します。これはご主人様の健康のためです」


「そ、そうだね……」


 これは優しくは期待できそうにない。物理抵抗のスキル覚えないかなぁ。

 特に何事もなく、途中鳥を狩ったり、湧き水を汲んだりしながら先へと進む。


 暗くなってきたので野営の準備、今日は鶏肉をお手製の塩で焼く。

 皮がパリパリになるように遠火でじっくりと焼いていく。


 前は焼きすぎて固くなってしまったが、今回は焦らずに焦がさないように焼きたい。直接炎に当たると焦げるので焚き木が炭状に落ちついてから焼き始める。


 これでも十分に火力があることが解った。俺もすっかりキャンプマスターだな。もし日本に帰れてもまたキャンプ行きたいと思うかは解らないけど……。


 しかし、じっくり焼いているとブタちゃんが落ち着かなくて困る。目は肉から離さないが体がじっとしていない。手が宛もなく彷徨っている。


 ブタちゃんを見ているとこっちも焦ってきてしまうので、話を振って気をそらしてみることにした。


「明日くらいには村が見えてくるかな?」


「え? あ、そうですね。方向があっていれば村に着けると思います」


「結局、良い考えが浮かばないんだけど、ブタちゃんは奴隷という立場で村に入るということで良いのだろうか? 相棒みたいな感じじゃダメなの?」


「ダメだと思います。上下関係をはっきりとさせて、ご主人様が私の手綱をしっかりと握っているということを示さなければ、村人は私を警戒しますし、最悪討伐しようとすると思います。言葉が通じるとは言え人間から見たらオークは魔物と変わりありません」


「そうすると前に言ってた首輪を用意する必要があるね」


「首輪は今からシカの皮を細く裂いて編んでおきます。それにツルのロープを結んでおきますので、村に入る時はご主人様がロープを引きながら歩いて下さい」


 これはすごい絵面になりそうな気がする。完全に俺が悪者になりそうだ。それを見た村人は極悪非道な奴隷商人が、可愛いブタちゃんを虐待しているように見えるのではないだろうか?


「それ大丈夫なの? 悪い人が来たと思われて村に入れて貰えないんじゃない?」


「悪い人? それはないと思います。憎たらしいオークを捕まえた英雄として迎えられるはずです」


「そんなにオークは嫌われてるの?」


「対立していますからね。オークに家族を殺された村人が居てもおかしくないですよ」


「結構深刻だな……」 人間同士でも戦争していれば似たような状況になるだろうし、ましてや種族まで違うのでは和解する余地は殆んど無いのかもしれない。


「村に行けば解ると思いますが、私はご主人様の慈悲でしか生きていくことが本当に出来ないのです。面倒になったらその場で処分して頂いても構いませんので、奴隷として身分を保証してください」


「処分することなんて無いと思うけど、奴隷の話は解ったよ。俺が自分の奴隷としてブタちゃんを守るよ」


「ありがとうございます。村で私が何かされても、私は大丈夫なので、ご主人様は気にしないで下さい」


 何やらブタちゃんは不吉な事を言っているが、少し大げさな気がする。でも明日はブタちゃんの言うとおりに行動するのが無難だろう。


 少し暗い気持ちになってしまったが、鳥がいい感じに焼けてきた。枝を差し込んでみると透明な肉汁が溢れだす。


「お、鳥が焼けたよ。半分にして頂こう。ブタちゃんは干し肉も食べて良いからね」


「はい、これはご主人様、やばいくらい美味しそうです。」ブタちゃんに笑顔が戻った。


「さあ熱い内に食べよう」ナイフで縦に真っ二つに割り半分渡してあげると大きな口ですぐに齧り付いた。


「おぉ、皮がパリパリなのに中のお肉は柔らかいです。これは魔法ですか? オークの村で食べていた肉は焼くと硬いか生かのどちらかです。生でも美味しいですけど、この鳥肉は全然違います」


「うんうん、鳥は初めてちゃんと焼けたよ。前のも美味しいと思ったけど、今日のが一番美味しいね」  

 オークには料理人とか居ないのかな? 食べられれば良いとか思ってそうだが…………。


 まだ解らないけど、明日はやっと人里にたどり着けるかもしれない。村ってどの程度の規模なのだろうか? 宿屋とかあるといいなあ。風呂はないだろうな。


 あ、金持ってない!


 自給自足の生活をしていたからすっかり忘れていた。村に着いても金が無ければ何も手に入らないぞ。


 この世界の貨幣制度はどうなっているのだろう?


「オークはお金って使うの?」 干し肉を齧りだしたブタちゃんに聞いてみる。


「人間がお金を使って物を交換しているのは知っていますが、オークの村では使われないですね。村の物は皆のものという考えなので」


「人間のお金って見たことある?」


「ありますよ。金貨と銀貨と銅貨を見たことあります。村長の家にありました」


 やっぱり普通にお金はあるようだな。村についたらお金は持っているふりをして、まずは物価を調べる必要がありそうだ。


 毛皮とか何かしら売ってお金を手に入れる事が出来ると良いのだが……。


 考えてもしょうがない。飯も食べたし明日に備えてさっさと寝てしまおう。毛皮の上に横になると


「足のマッサージをしますね」


 ブタちゃんが背中に乗ってきた。重くはないがしっかり抑え込まれていて動けない。足は気持ちいいけど、足の裏は――――。


「イッテェェェェ!!」 全力で暴れるがからだはピクリとも動かない。


 また、ただこの痛みに耐えるしか無いのか!


「今日は優しく押してますからね。少しは我慢して下さい」


 絶対、昨日と何も変わってないっ!


 あまりの痛さに体が拒否反応を起こすが抵抗は無駄だった。そして両足の足つぼマッサージが終わる頃には、すっかり俺の魂は抜けてしまった。


 もう何もしたくない――――。


 どうやらそのまま寝ていたようだ。気がつくと辺りは少し明るくなり始めている。またブタちゃんの上で朝を迎えたようだ。手早く火をおこし朝飯の準備をする。


 火を見つめながら、少し考える――――。


 村に着くまでに自分のキャラ設定をしておかねばならない。俺は奴隷商人、ブタちゃんは捕まえて奴隷にした。街に売りに行く途中でこの村によった。あとは村に着く前に小奇麗にして村人に舐められないようにしないといけないな。


 ブタちゃんも起きてきたので二人で朝食にする。


 今日はなんとしても人里に出たい。いい加減アウトドア生活から抜け出したいのだ。手早く準備すると早めに出発する。


「さあブタちゃん行こう。今日は村までたどり着くよ」


「はい、ご主人様」


 と言っても先頭はブタちゃん、俺は着いていくだけだ。


 途中でブタちゃんがまた湧き水を見つけたので、飲水の確保とジャージと髪の毛や体を洗っておいた。


 その後も先を急いで進むと昼過ぎにとうとう道らしき開けた場所に出ることが出来た。


「やっと人工物に出会ったぞ。ここまで長かった」


「この道を北上すれば、村に着くと思います。ここからはいつ人に出会うか解らないので、この首輪を私に着けてご主人様が先を歩いて下さい」


「そうだな」 首輪を受け取るとブタちゃんは跪いて俺に首を差し出す。


 俺はなるべく苦しくないように首輪を着けてあげた。何かの儀式を行っているかのような妙な気分になる。


 きっとここからは戻れない――。


 俺はブタちゃんを奴隷として大事にすると自分に誓ったのだ。


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