偶像

鮎崎浪人

第一話

 二月三日(一)


 わたしは踊ることが好き、歌うことが好き。

 そして、ステージで歌い踊るのが一番好き。

 全力を尽くしてパフォーマンスを披露している一瞬一瞬が、わたしにとってのすべて。

 つらくて孤独なレッスンを乗り越えて、ステージに立っている時、わたしはたしかに生きてるんだって感じる。

 イヤなことや辛いことがあったって、わたしはすぐに忘れちゃう。

 ほんと、自分でも不思議なくらい、とってもポジティブ。

 誰もがスターになれるし、いつでもみんなが輝く権利を持っている。

 それがわたしの信念。

 仲間からは、頭の中が年中お祭り騒ぎだとか、脳内に天国が存在しているとか、よくからかわれるけれど、そのとおりだなって思う。

 一度きりの人生を思いっきり楽しもうよ!

 これもわたしの信念。

 もちろん、いつまでも、アイドル・珠夢羅早希たまむら さきを続けられるわけがないのはわかってる。

 いつかはこのステージを降りなければならないときがくる。

 だけど、そのときがくるまでは、全力疾走するんだ!


 二月三日(二)


 むせかえるような熱気で埋め尽くされた満員の劇場。

 運よく最前列の席を占めた俺だったが、他の少女たちには目もくれず珠夢羅早希のパフォーマンスをみつめていた。

 早希だけを視界に収めていた。

 持てる力をすべて出し切ろうとするかのような激しい動きに合わせて、彼女のトレードマークであるポニーテールもまた躍動する。

 彼女が重度の腰痛を抱えていることを知っている俺は、胸が締め付けられるような息苦しさを感じながらも全身が熱く燃えるような衝動に突き動かされていた。

 冷静に他のメンバーと比較すれば、ダンスの速さやキレにおいて劣ることは否めない。

 だが、それがどうした!

 彼女がステージに立っている、俺はそのこと自体に魅了されているのだ。

 ルックスだって、そうだ。

 冷静な観察など必要なく一目見ただけで、他のメンバーよりも見劣りすると感じる者は多いかもしれない。

 だが、それがどうした!

 彼女のすべてが愛おしい俺にとって、外見などはどうでもいい。

 彼女がこの世界に生きて存在している、俺はそのこと自体に大いなる喜びを感じているのだ。

 きっと多くのファンは、神楽優衣かぐら ゆいにその視線を定めていることだろうが、そして彼女の吸引力は俺も否定しないが、しかし俺にとっては早希がすべてなのだ。

 俺はたくさんのメンバーの中から早希をみつけた。

 それは運命としかいいようがない。

 アイドルを「推す」とは、そういうことなのだろう。

 長いような短いような、いずれにしろ退屈極まりないしょぼくれた俺の人生。

 だが、彼女がいてくれるだけで、俺はいくらかでも救われている。

 この先どれだけ生きていく気力が維持できるのか、それは俺自身にもわからない。

 だが、この生が尽きるまでは、たとえ彼女のファンが俺一人だけになろうと、俺は早希だけを追い続ける。

 俺はそう心に誓っていた。

 だが、誓ってはいたけれど、一瞬でも考えたことはなかった。

 まさかこの数時間後、追うだけで満足していた俺が早希と街中で偶然に出会い、あろうことか深夜の公園でキスを交わすことになろうとは。


 二月三日(三)


 彼女のために焦点を合わせた眩いスポットライトに照らされながら、神楽優衣は舞うように踊る。

 これがオーラとでもいうのか、十数人の集団の中で、彼女は輝くばかりの存在感を発散している。

「天使のような」とたびたび評されるその笑顔を観客にまんべんなく振りまきながら、歌い、そして踊る。

 すべての観客と目線を合わせるかのように、会場全体に顔をめぐらせる。

 その蠱惑的な視線にとらえられた人々は、胸がときめくような感覚に心地よく身をゆだねる。

 楽曲の世界観に忠実に寄り添い、あるときは、大人の色気を漂わせる表情をみせ、またあるときは、あどけない少女の笑顔をみせる。

 神楽優衣の十八歳という年齢がなせる業であろうか、大人と少女の二面性が危うい均衡で保たれている奇跡のような瞬間であった。

 少女たちの集団は、楽曲の進行に合わせ、フォーメーションをめまぐるしく変化させる。

 だが、大事な見せ場で、ステージの最前列の中央でパフォーマンスを繰り広げるのは、もちろん神楽優衣だった。

 彼女は少女たちの集団の中心として場を支配し、周りは彼女をひきたたせるためだけに存在しているようにみえる。

 神楽優衣、彼女は今この瞬間、その姿に魅了された人々のまさしく偶像であった。

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