第299話 エデルシュタット家の大冒険12
翌朝早く。
騎士たちの敬礼に見送られて拠点を発つ。
痕跡があった地点までは森馬でも1日はかかるらしい。
ジークさんの話では複数の痕跡があり、それを辿って行って、目撃に至ったが、行動範囲まではつかめていないとのこと。
私たちはまず、その目撃地点を目指すことにした。
途中、小休止を挟みながら慎重かつ足早に歩を進める。
そして、昼ごろ。
(木の間隔がずいぶんと薄くなってきた。そろそろ、草原地帯に入る。迅速に動かねば…)
と思っていると、林の切れ目辺りで、例の亜竜の痕跡を発見した。
コハクに聞くと、
「ぶるる」(いない)
と言うので、おそらく何日か前の痕跡なんだろう。
どうしたものかと思い、ジークさんに相談する。
「…追うか?」
と言う私の簡単な問いに、ジークさんは一瞬迷ったような表情を見せたが、
「目撃地点は近い。野営中にふいに遭遇するよりは追って行って動向を把握する方が有利だ」
と答えて、追っていく方を選択した。
見たところ、痕跡は1匹。
前回、私たちが確認した林の中をねぐらにし、日中は草原に出るというヤツの生態は、エルフィエル騎士団も確認しているらしい。
と、すれば、この林はヤツのねぐらで今は草原に出ているのだろうと推測できる。
そう考えて私たちはそのまま林を抜け、草原地帯へと足を踏み入れた。
サバンナ。
そんな印象の草原を進む。
(ライオンや象なんかもいそうだな…)
と、変な前世の記憶を思い出し、ジークさんに、
「この辺りにはどんな魔獣がいるんだ?」
と聞いてみた。
ジークさんは、首を横に振りながら、
「まだよくわからん。時々ゴルやヒーヨなんかのデカい鳥が鹿に似た動物を狩っているのは見かけるが、それも遠目にしか見ていない」
と言い、残念そうな顔をする。
調査が進まないことには部隊を送れない。
しかし、部隊を送らなければ調査も進まないというジレンマを抱えているのだろう。
今回赴くのも、この広大な草原のほんの端っこにしか過ぎない。
(もし、この奥に小説のような恐竜の世界があったとしたら…)
そう思うとぞっとした。
しかし、
(見てもいないものに怯えても仕方ないじゃないか)
と思い直して心の中で苦笑いをする。
(とにかく、今は目の前の敵に集中すべきだ。見えない影に怯えていても何も始まらない)
私はそう考え直して、とにかく今できることに集中しろ、と自分に言い聞かせた。
しばらく進むと、小さな森がぽつんとあるのを見つける。
おそらく中心には水場があるのだろう。
「とりあえず今日はあの辺りで野営にしよう」
とみんなに告げてさっそくそちらへと足を向けた。
コハクに安全を確認してもらい、ほんの少し森の中へ入った所に荷を下ろす。
野営の準備をみんなに任せ、私とリーファ先生はエリス、フィリエとともに周囲の確認に向かった。
草原にはやはりヤツが通ったと思しき痕跡がある。
足跡を慎重にたどっていくと、小さな水場がいくつかあったが、いずれの水場にもヤツが利用した痕跡はない。
おそらくヤツはもう少し奥の水場を使っているんだろう。
「明日は少し早めに出て追跡する感じだね」
と言うリーファ先生の言葉に私は、
「ああ」
と短く返し、
(お互いに逃げ隠れする場所は無さそうだな)
と、周りの状況を見て明日の作戦をなんとなく思い描いた。
野営地に戻り、みんなに状況を報告する。
そして、私は、当初、対肉食亜竜用に考えた布陣をそのまま適用し、明日の決戦に当たることにした。
「私たちもヤツも、お互い隠れる場所は無いようだ。ヤツが逃げてくれればそれでいいが、おそらく正面からぶつかることになるだろう。当初の予定通り、私が前線に出て、リーファ先生は遠距離から、最初は挑発程度でいい、こちらにヤツの意識を向けてくれ。ジークさんとアインさんは牽制を頼む。リリーさんとエリカさん。リーファ先生を頼んだ」
そう言ってみんなの目をしっかりと見つめる。
どうやら異存はないらしく、みんなが黙ってしっかりとうなずいてくれた。
その目に迷いは無い。
うちの子達も口々に大丈夫だと言ってくれる。
私はみんなの様子に安心すると、さっそく飯の準備に取り掛かった。
翌朝。
全員が日の出前に起きると、行動食で簡単に飯を済ませ、さっそく行動に移る。
ようやく昇り始めた太陽の光がぼんやりと空を照らす中、昨日見つけたヤツの痕跡を辿り、しばらく進むと、その時は意外と早くやって来た。
どうやら単体のオスらしい。
こちらに気が付いているようだが、意外にものんびり近寄って来る。
私はエリスから降りると、その首筋を撫でてやりながら、
「みんなを頼んだぞ」
と一声かけて、静かに気を練り始めた。
悠然としたヤツの態度に、
(おそらく我々が脅威だとは思っていないんだろう。ナメられたものだ)
と心の中で苦笑いしつつ、集中を高めていく。
(焦った方が負けだな…)
と思いつつ、一応念のために、
「焦らないでくれ。適当に挑発して、ヤツが突っ込んでくるのを待つだけでいい」
と、みんなに声を掛けた。
ジークさんとアインさんも馬から降り、それぞれに相棒の首筋を撫でてやる。
「ひひん!」
というコハクの声で森馬達は、リーファ先生たちとともにやや後ろに下がっていった。
やがてヤツも私たちの動きを不審に思ったのだろう。
足を止め、こちらの様子を見ている。
私はヤツを見据えたまま、おもむろに右手を挙げた。
そして、直後。
私がスッと手を振ると、私の横を感じ慣れた魔法の気配が通り過ぎていった。
ようやく危険を察知したのか、ヤツは慌てて避けようとしたが、間に合わず右の肩辺りに矢を受け、
「ギャッ!」
と声を上げた。
どうやら怒ったようだ。
血走った目でこちらに突っ込んでくる。
私も刀を抜き放ち、迷わず突っ込んで行った。
やがてぶつかるかと思った刹那。
ヤツは急に足を止め、体を横に振る。
次の瞬間ヤツの尾が猛烈な勢いで私に襲い掛かって来た。
私はその動きを冷静に読みつつ、ヤツの体側へ飛び、転がるようにしてその一撃を何とかかわす。
急いで立ち上がり、一歩踏み込んだ。
今度は、ヤツが次の一撃を繰り出す前に懐に飛び込むこと、そのまま目の前にあるヤツの脚に斬りつける。
(ちっ)
心の中で軽く舌打ちをしつつ、とっさに脚を上げてかわしたヤツから飛び退さって距離を取った。
(この前は奇襲が成功したが、こうして正面からやり合うとなかなか手強いな…)
そんな感想を持ちつつ、再びやつと対峙する。
再び魔法の気配がした。
「グギャッ!」
とヤツが声を上げて、よそ見をする。
その隙に私は再び突っ込んで行ったが、また、尾を叩きつけられた。
仕方なく、前方に転がるようにしてかわし、またヤツの脚を狙う。
今度はかすった。
わずかにヤツの血が飛ぶ。
「ギャァッ!」
と、痛みの声なのか怒りの声なのかわからないが、ヤツは声を上げ今度はその爪を私に向かって振り下ろしてきた。
余裕を持ってかわしたつもりだったが、ヤツの方が早かったようで、私の胸の防具にわずかなかすり傷ができる。
(おあいこか)
と、どうでもいいことを感じつつ、飛び退さるとまた刀を構え、ヤツと対峙した。
また魔法の気配でヤツの気が散る。
今度は、ジークさんが突っ込んだ。
呼吸を合わせて私も突っ込む。
どうやらあちらは先に突っ込んだジークさんに気を取られたようだ。
怒り狂って尾を叩きつけた隙を見計らって私は足元に入り込み、今度こそヤツの脚に刀を叩き込んだ。
しかし、浅い。
ヤツがとっさに脚を引いたようだ。
しかし、先ほどよりも深い傷を負わせている。
私は焦らずいったん退いて体勢を整えた。
怒りに任せて振りかざしてくるヤツの爪をかわす。
今度はアインさんを盾につけたジークさんがヤツの脚元へと向かった。
私は囮役としてヤツの正面に回る。
そんな私の横をまた矢がすり抜けて行った。
どうやらリーファ先生も同じように考えていてくれたらしい。
「グギャァッ!」
今度こそヤツが苦悶の声を上げる。
むやみやたらと動き回りデタラメに尾を振り始めたのをアインさんが倒れながらもなんとか防ぎ、ジークさんを引かせた。
そこで私はもう一度気を練る。
音が消え、目を閉じた。
怒り狂ったように振られるヤツの尾の気配が近づいてくる。
目を閉じていてもはっきりと感じるその気配を冷静に腰を沈めてかわすと、一気にヤツの懐へと飛び込んで行った。
目の前に感じる気配に向かって袈裟懸けに刀を振り降ろす。
確かな手応えを感じて、私は飛び退さった。
次の瞬間、おそらくヤツが倒れ込んだんだろう。
大きな振動が私の横から伝わって来る。
背後におそらくジークさんの気配を感じた私は前方に踏み込み、また目の前の気配を叩き斬った。
いったん退いて残身を取る。
気配が動かなくなったのを確認して、ゆっくりと集中を解き、目を開けた。
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