第163話 父、再び来る04

翌朝。

いつものように稽古に出る。

ローズもいつも通り稽古着でやってきた。

開口一番私は、

「伯爵とルシエール殿はなんと?」

と一番気になっていることを聞いてみる。

ローズは満面の笑顔で、

「はい。プリンもシチューも大変美味しいとおっしゃっていました」

と答えてくれた。

(いや、そこじゃないんだが…)

と思って苦笑する。

しかし、美味しく食べられたということは、幸せな時間だったということなんだろうと察して、

「そうか。それはよかった」

とだけ答えると、シェリーも交えていつものように型の稽古を始めた。


稽古終わり、

伯爵とルシエール殿を晩餐に誘っておいてくれ。

積もる話もあるだろうから、昼食は家族で取って欲しい。

と伝言を頼んでいつものように顔を洗って勝手口をくぐる。

台所では、いつもと違って何人かのご婦人方が手伝いに来てくれていた。

「おはようございます。村長。朝から精が出ますね」

と感心したように言うご婦人に、

「私から剣術と食い意地を取ったらなにも残らんからな」

と冗談を返して食堂へ向かう。

シェリーが淹れてくれたお茶を飲みながらしばらくうちの子達と戯れていると、

「お待たせしましたねぇ」

と言って、ドーラさんが私たちの分の朝食を持ってきてくれた。


おそらく伯爵ご一行と同じものであろう野菜も肉もたっぷりのポトフとパンを食べながら、

「ああ、そうだ。ドーラさん、シェリー。昨日、ルシエール殿…マリーの姉上からたくさん海産物をいただいたからあとで、確認しておいてくれ。今夜伯爵とルシエール殿を晩餐に招くからその時に使ってくれてもいい」

と伝えると、ドーラさんとシェリーは、

「あらまぁ…」

「海産物ですか!」

と嬉しそうに目を輝かせる。

すると、横からリーファ先生が、

「おお。そう言えばエルリッツ商会に嫁がれたんだったね。で、どんなものがあったんだい?」

と興味津々という顔で聞いてくる。

「エビ、魚、イカにルツ貝もあったな」

と答えると、

「おお…それはいい出汁が取れそうだ」

と言って、こちらも目を輝かせた。


(イカと貝は噛み応えがあるから、ルビーとサファイアも気に入るかもしれないな)

と思いながら、

「ああ、ドーラさん。イカと貝を小袋に1つずつ取り分けておいてくれないか。そのうち、ギルドに持って行く。それから、ズン爺さん。ボーラさんのところにいって、あの馬車の車庫を拵えてくれるように頼んできてくれ。今のところ厩にしまえているから急ぎじゃないし、雨風とホコリ避けになる程度のものでかまわないと伝えてくれればわかってくれるだろう」

と頼む。

「ええ」

「へい」

と、2人は快く引き受けてくれる。

すると、また横からリーファ先生が、

「馬車?」

と聞いてきた。


「ああ。土産のメインは馬車で、海産物はおまけだったみたいだな。…まるでお貴族様が乗るようなやつで、たぶんうちの実家のやつの何倍もするんじゃないか?」

と苦笑いで答える。

するとリーファ先生は

「はっはっは。それは良かったじゃないか」

と豪快に笑って、

「それなら、一度村の中をエリスとコハクに曳いてもらったらどうだい?きっとルビーが喜ぶぞ」

と言うと、今度はルビーに向かって、

「新しい乗り物をもらったらしいぞ?よかったな」

と言ってわしゃわしゃとルビーを撫で始めた。


(まったく、お貴族様や大商会様の感覚というのはどうにもよくわからんなぁ)

などと思いつつ役場に向かう。

村はそろそろ収穫が増えてくる時期。

今は桃ことチールやバンポが収穫の最盛期だ。

(たしか、伯爵はチールのタルトをお気に召されたようだったな。今度はゼリーでもお出してみようか。いや、リーファ先生に頼んでシャーベットでもいいかもしれん。とりあえず、お帰りになるまで出せるかドーラさんに聞いてみよう)

と考えながらも次々と書類をめくりせっせと処理していった。


書類は意外と多く、午後も少し仕事をすることになったが、なんとか片付けて屋敷に戻ると晩餐に備えて身なりを整える。

リビングに降りてお茶を飲みながら伯爵たちを待っているとリーファ先生も小奇麗な恰好で降りてきた。

「今日はなんだろうね。海産物があると言っていたから楽しみだよ」

「そうだな。茸汁も野菜の煮物もいつもとは別の美味さになるはずだし、リゾットやパスタもいい。ウルがあるから炊き込みご飯なんていうのもいいな…。ああ、でも伯爵にお出しするんだから、少しかしこまったものになるかもしれん…。まぁ、なんにしても楽しみだ」

「そうだね。話を聞くだけで、どれでも美味そうだ。ますます期待してしまうよ」

そんな調子のいつもの会話で緊張が薄れていく。

「さて、そろそろ迎えに出て来よう」

私がそう言って、立ち上がると、

「ああ。先に食堂で待っているよ」

とリーファ先生が言って、それぞれが席を立って行った。


玄関に出てシェリーと一緒に伯爵一行を待つ。

すると、ほどなくして、伯爵とルシエール殿がやって来た。

「ようこそおいでくださいました」

「いや、こちらこそお招きいただき感謝します」

「ええ。楽しみにしてまいりました。昨日のシチューも大変けっこうなお味でした」

そんな気軽な挨拶を交わしさっそく2人を屋敷へと招き入れる。

改めてリーファ先生とも挨拶を交わし、謝辞を述べたあと、食堂でそれぞれが席に着くと、

「よき再会に」

と言ってまずは食前酒のシードルで乾杯し、さっそく晩餐が始まった。


まずはシェリーが前菜にカナッペと野菜のサラダを出してくれる。

カナッペの上に乗っているのはツルウリをマヨネーズで和えたサラダ、要するにカボチャサラダやチーズと細く刻んだトリュフことコブシタケ、砂糖で煮たラズベリーことナーズだ。

どれもシードルによく合う。


2品目は、鯛に似たウルのソテー。

上手く塩抜きしたウルをソテーすることによって出てくる香ばしさと、クリーミーなソースがよく合っている。

ソースから香るこの爽やかさの正体はバンポだろう。

あっさりとしていながらも魚のうま味を十分に味わえる一品だった。


3品目はガーを使った鳥焼き。

以前アレスの町の満月亭で食ったものも美味かったが、ドーラさんが作る鳥焼きはまた別の味わいがあった。

ソースは少し甘みが強く、中の野菜にドライトマトが入っているのが特徴だろうか。

トマトが鳥のうま味が詰まった脂を吸い、それが口の中でじゅわっとしみだしてくる感じがたまらない。


4品目は鹿とイノシシの合いびき肉を使ったミートローフ。

中に卵が入っていないシンプルな見た目だが、玉ねぎこと丸根だけではなく、ナスことポロが入っているらしく、それが上手く脂を閉じ込めているから口当たりがしっとりしている。

ソースにはおそくらケチャップが使われているのだろう。

大人向けのしっかりとした味わいながら、程よい甘味ともったりとした感じがしっとりとしたミートローフとの対比になっていて抜群の食感を作り出している。

肉も鹿とイノシシが合わさることによって生み出されるパンチの強さがたまらなく、肉を食べているという充実感を与えてくれた。


そして最後はパスタとスープ。

これには少し驚いた。

オイルサーディンを使って、少量のニンニクと唐辛子で強すぎない程度の絶妙な香りを添えたペペロンチーノ風のパスタ。

程よくちらされた三つ葉こと田の子草のさわやかさがパンチの強さを和らげ香りで花を添えてくれているものいい。

それに合わせられているのがオニオンスープこと丸根のスープ。

おそらく何日か前から仕込んでいたのだろう。

丸根のうま味がたっぷりと溶け出したスープにチーズの風味がまろやかさを与えてくれている。

そこにスライスしたブラウンマッシュルームことマルタケのうま味が加わりより重層的なコクを生み出しているのが素晴らしい。

これは、どうやらシェリーの作らしい。

ほんの少し味が強めでドーラさんの繊細な味のパスタとよく合っている。


いつも通り美味しい食事に話も弾んだ。

やはりルシエール殿は私の食道楽とドーラさんの飯が美味いということを聞いていたらしく、今回の土産に海産物を選んでくれたらしい。

あの馬車には驚かされたという話をしたら、

「少しでもいいからマリーに外の世界を見せてあげてください」

と言われた。

なるほど、あれは私への土産という形をとったマリーへの贈り物だったらしい。

少し前に、とある貴族から注文があったものの、事情があって在庫になっていた馬車だから遠慮なく受け取ってくれと言われた。

私は礼を述べ、必ずマルグレーテ嬢にはいろんな景色を見せようと約束する。

すると、ルシエール殿はどこか意味深に微笑み、伯爵も嬉しそうながらも少し苦笑いのような表情を浮かべた。


次にエインズベル伯爵領でピザが流行している話になる。

以前、トマトソースベースだけではなく、照り焼きなんかのアレンジを簡単に記して、ジュリアンに渡したものをまずは屋敷の料理人に作らせ、レシピをまとめて市中の食堂に配ってくれたのだそうだ。

良ければ広めて欲しいとお願いしたのを聞き届けてくださったようで何よりだ、と思っていたら横でルシエール殿が、

「それはなんです?」

と聞いていたので、簡単に説明すると、どうやら興味を示したようだったので、後でレシピをお教えしましょうというと大変喜んでくれた。


そして、デザートにはメレンゲクッキーをお出しする。

単純なものだが、この世界には存在しなかったらしい。

2人に、

「それほど難しいものではありませんから、町の菓子屋でも作れるでしょう」

と言ったら、ルシエール殿は真剣に考え込み始めた。

きっと商売のことを考えているのだろう。

私と伯爵は顔を見合わせてそっと苦笑いをした。

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