第136話 狼退治はみんなのお仕事06

「その辺はわかった。で、具体的にはどう動くんだい?」

と、先ほどとは違う表情でリズが聞いてくる。

おそらく腹が決まったのだろう。

そんな雰囲気だ。

私はひとつうなずくと、

「上手く追い込めれば、おそらく決戦はこの草地になる」

と言って、地図を指す。

「見ての通り、ヤツらに有利な場所だ。ただ、村を守るにはここで決着をつけるしかない。こちらが有利な状況に持ち込もうとすればヤツらはかなりの確率ですり抜けて村に向かうだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。すまんが、頼む」

と言って、『青薔薇』に同意を求めた。


「作戦はわかった。とにかく失敗できないってことだな…」

えらくざっくりとした意見だが、どうやらリズはこの作戦に納得してくれたらしい。

他の3人に目を向けると、それぞれ「こくり」とうなずいてくれる。

良かった。

ともかく、これで準備は整った。

後は動くのみ。

そう思うと、自然と腹に力が入った。


その後、待ち合わせ場所や携行品の分担なんかんを確認してからギルドを出る。

外はもうすっかり暗くなっていた。

空腹を抱えて屋敷の玄関をくぐると、

「きゃん!」(おにく!)

「にぃ!」(おにく!)

と言って、ルビーとサファイアが出迎えてくれる。

どうやら、晩飯を待たせてしまっていたらしい。

「すまん。待たせたな。さて、さっさと飯にしよう」

私はそう言って2人を抱え上げ、さっそく食堂へ入っていった。


食堂へ入るとすぐに、

「やぁ、お疲れ様だね、バン君。上手くいったかい?」

とリーファ先生が声を掛けてくる。

「ああ、なんとかなりそうだ」

私がそう言うと、リーファ先生は、

「そいつは重畳。村は任せてくれ」

と笑顔で言ってくれた。

「ああ、いざという時は田んぼが禿げない程度に頼む」

と私が冗談めかしてそう言うと、

「なんだい、それは。まったく、君は人のことをなんだと思っているんだか…」

とわざとらしくむくれたような顔をしたリーファ先生がぷんぷんと怒ったふりをする。

「はっはっは。ああ、そうだ。ズン爺さん。明日にでもギルドへ行って、コッツに注文を出してきてくれないか?たしか、まだ店員がいるはずだ。頼むのは、酒とコッコ。エールもワインも樽で頼もう。ああ、あと、油の備蓄はまだあったか?チーズは十分にあったと思うが…。まぁ、いい。どっちも頼むことにしよう。なにせ村中にいきわたらせなきゃいけないからな」

と言って、少し話題の矛先を変えると、ちょうど料理を運んできたシェリーとドーラさんにも目を向けて、

「帰ってきたら村中で宴会だ!」

と笑顔でそう宣言した。


私がそう言ったとたん、

「にぃ!?」(からあげ?からあげなの??)

と言ってルビーが興奮しだす。

それを窘めるサファイアの尻尾も嬉しそうに揺れていた。

みんなして、笑う。

いつのまにか、いつものように、食卓に笑顔の花が咲いた。


今日はつみれ鍋。

ふわふわとしたつみれの食感の中から時折現れる軟骨の硬さがなんとも小気味いい。

まだ出始めの、若いごぼうから香る控えめな土の匂いは村の春そのもの。

セリことロットのさわやかな苦みがさらにそれを引き立て、野菜の甘さを際立たせていく。

その味が私に腹の力を抜かせた。

そして、みんなの笑顔が別の力をくれる。

沸々と湧き上がるような、しかして、全身をたおやかに包み込むような、優しい力だ。

(さっさと終わらせよう)

何の衒いも、おごりも高ぶりも妙な力みも何もなく、ただただ自然にそう思った。

(きっとマリーも笑顔で食べている)

そんな光景が目に浮かぶ。

いつもの夜がいつものように過ぎていった。


翌朝。

稽古終わりにローズが、

「お時間があれば離れへお越しください。お嬢様がお渡ししたいものがあるそうです」

と言伝をくれた。

「わかった。朝食の後リーファ先生と一緒に行こう」

と答える。

腹は括った。

マリーに伝えるべきことはただ一つ。

「いってきます」

の一言だ。

そして、帰ってきたら、

「ただいま」

と言い、

「おかえりなさい」

と言ってもらう。

ただそれだけのことだが、そのことを想像すると妙にうれしい気持ちが湧いてくる。

そんな不思議な高揚感を抱きつつ、私は顔を洗いに井戸へと向かった。


朝食の後、さっそく離れへと向かう。

「いらっしゃいませ。バン様、リーファちゃん」

と言って、迎えてくれるマリーに、

「やぁ、マリー。昨日はよく眠れたかい?」

とリーファ先生が聞いた。

「ええ。とっても。昨日いただいたコッコのお団子が美味しかったからかしら?」

と言ってマリーが笑う。

(よかった。いつものマリーだ)

私がそんなことを思っていると、マリーは私の方へ顔を向け、

「うふふ。もう大丈夫ですわ」

と言って微笑んだ。

私は、

(なんだか見透かされているようだな)

と思って思わず苦笑する。

するとマリーが、

「お約束通り、編みましたの」

と言って、メルに目配せをすると、メルはうなずいて例の組紐が乗ったトレーを私の前に差し出した。

数は4本。

「ローズとシェリーちゃんの分も作りましたの。本当は、村の人全員に作って差し上げたかったのですけど…。さすがに、できませんでしたわ」

と言って苦笑いするのがいかにもマリーらしい。

1本手に取ってみると、赤と青、黄色と緑の糸が使われていた。

(なんとも派手だな)

と思ってその紐を見つめていると、

「みんなの色ですのよ」

とマリーが言う。

なるほど、みんなの色だ。

ルビー、サファイア、コハク、エリス。

みんなの色が織り込まれている。

想いのこもったいい色たちだ。

さっそく左腕に巻き付けてみると、

(おっさんには少し派手過ぎるだろうか?)

と、そんなことを思って少し照れくさいような気持ちになった。


「おいおい。私にもつけさせてくれないかい?」

と言うリーファ先生の言葉でメルとローズがくすりと笑い、私とマリーは顔を赤くする。

「はっはっは。今回は切れないようにしないとね」

と言って、さっそくリーファ先生もその組紐を腕に巻き、

「シェリーには私から渡しておこう」

と言うと、ローズも遠慮しながら巻き付けた。


改めて、マリーを見つめる。

「ありがとう。行ってくる」

そう言う私に、

「はい。いってらっしゃいませ」

と言ってくれるマリーの目はどこまでも優しい。

信じて疑わないそんな目だ。

(この人は強い)

心の底からそう思えた。


「さぁ、明日からはしばらく診察できないからね。大丈夫だとは思うけど、一応ちゃんと診ておこう」

とリーファ先生が言ったのをきっかけに私は離れを辞し、ギルドへ最終確認に向かった。


ギルドに着くと、アイザックが1階で忙しそうに動き回っている。

「よぉ。どうだ?」

私がざっくり聞くと、アイザックは、

「ああ、酒と肉をたんまり注文する余裕がある誰かさんと違って、忙しいな」

といつものように悪態を吐いてきた。

「はっはっは。心配するな。村中にいきわたるようにするからな。無事に終わったら宴会だ。みんなにもそう伝えておいてくれ」

私がのんきにそう言うと、またアイザックは、

「はぁ…。こんな時まで食い気かよ」

と言って、悪態を吐きつつも笑顔を見せて、

「おい、てめぇら。終わったら村長様のおごりで宴会だとよ。気合入れて動け!こいつんところの飯は美味いぞ!」

とデカい声で宣言する。

周りの冒険者から歓声が上がった。

(ちょっと豪儀が過ぎたか?)

とも思ったが、みんな笑顔だ。

それでいい。

そんなことを思って、今度は世話役の家々を回ってまた、同じように「終わったら宴会だ」と告げて回った。


夕方、一瞬だけ役場に顔を出すと、机の上に「油充分。チーズやや少ない。コッコ30羽。酒5樽ずつ」と書いたメモが置いてある。

(本当に村中に行き渡るな)

と苦笑しながら屋敷に戻った。

夕餉の香りに腹が鳴く。

いつも通りだな。

そう思うと、おかしくなってまた苦笑しながら明日の準備に取り掛かった。

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