16章 村にメイドがやってきた
第126話 村にメイドがやってきた01
マリーが初めて外に出られた日から数か月。
そろそろ38歳を迎えようかという頃。
トーミ村は初夏の日差しに照らされている。
野菜が美味くなる季節だ。
あれから、離れの玄関とリビングにはスロープをつけた。
竹細工の得意なご婦人に頼んで軽い日傘も作ってもらったから、マリーが庭に出ることも多くなってきている。
そんな庭での出来事をマリーはいつも楽しげに語ってくれた。
木の葉っぱが意外と硬いことに驚いたとか、初めてテントウムシを見たとか、時々庭にやってきて餌をついばんでいる鳥の羽が綺麗だとか、そういう話をたくさんしてくれる。
一生懸命にその感動を伝えようとしてくるマリーの目はいつも楽しそうだ。
私にとってはありふれた、気にも留めない些細なことがマリーには感動的に見えるらしい。
これからも、そんな発見が毎日起きるのだろう。
そのことが、私も楽しみで仕方ない。
そんな会話は私とマリーがお互いのことをよりよく知るきっかけになった。
私がボールを投げたり蹴ったりする遊びが苦手だということ。
マリーはキューカが少し苦手なこと。
そんな些細なことを知り合えるのがこの上なくうれしい。
ちなみに、キューカのどういうところが嫌いなんだ?と聞いたら、青臭い匂いがあまり得意ではないという。
「嫌いと言うほどではないのですが…」
と遠慮気味に言うマリーに、
「どういう料理で食べたんだ?」
と聞くと、すりおろしたものにはちみつをかけたものだったらしい。
なるほど、それなら嫌いになっても不思議じゃないと思って、私が、
「キューカは調理法次第では、ずいぶんと癖が強くなってしまう。最初に挑戦してみるなら、薄切りのハムとキューカにたっぷりのマヨネーズを合わせて挟んだサンドイッチがいいだろう。肉が食えるようになったら挑戦してみるといい」
と言うと、
「うふふ。バン様ったら、相変わらずですのね」
と言われた。
確かに、相変わらず食い物の話ばかりだなと思ったものだから、私も一緒になって笑う。
そんな初夏のある日、いつものように役場で仕事をしていると、
「村長さーん、村長さんにお客さんがいらっしゃってまさぁ」
と表から声を掛けられた。
「客?」
私が疑問に思いながら、そのおっちゃんに話を聞くと、
「へぇ。若いエルフさんで、なんでも村長さんのところのメイドさんになりに来たとか言ってるんですが…」
と言う。
「…メイド?」
私は一瞬忘れかけていたが、エルフと聞いて、
「ああ、ジードさんが言ってたあれか…。よし、屋敷まで案内してきてくれるか?」
とそのおっちゃんに頼むと、
「いえ、それが、暑さで少しやられちまったみてぇで、今かかぁに頼んでお勝手で足を冷やしてもらってますんで、ちょいと待ってもらえますかいねぇ」
と言った。
私が、
「なに?そいつは大変だ。大丈夫なのか!?」
と聞くと、そんなにたいしたことはないと言う。
最初は少しふらついていたが、庭でもいだトマトを食わせると、「美味しい!」と言って喜んで食べていたから大丈夫だろう。
念のため休ませているが、今は奥さんと世間話をしている。
と言うので、一安心した。
「よし、念のためだ。迎えに行こう」
そう言って、私はおっちゃんの家へそのエルフさんを迎えに行くことにした。
おっちゃんの家までは、役場から歩いて20分ほど。
トーミ村基準で言うと、割と近所の部類に入る。
おっちゃんの家は、この村ではよく見かけるタイプの住居で、昭和の時代に建てられた木造の洋風建築、洋風なのに「濡れ縁」があったりして、ノスタルジックな雰囲気が漂う感じの建物だ。
「おーい。けえったぞ」
と言うおっちゃんに続いて、
「おじゃまする」
と言って、ダイニングに行くと、そこには、美味そうにビワをつまむエルフさんがいた。
私がなんとなく、
(そう言えば、リーファ先生が来た時も最初にビワを出したんだったな…。エルフさんとビワはセットなのだろうか?)
とどうでもいいことを考えていると、そのエルフさんは、
「むふっ!」
と言って、慌ててビワを飲み込み、口の周りを拭きながらバタバタと立ち上がり、敬礼のようなポーズをして、
「エルフィエル大公国より大公陛下の命により参上仕りました、シェルフリーデル・エル・リード・ルシェルロンドと申します。どうぞシェリーとお呼びください!」
と自己紹介をしてくれた。
シェリーと名乗ったその女性は、やや緊張した面持ちだ。
初手でやらかしてしまったという思いなのだろうか?
(ともかく、元気そうでよかった)
私はそんなことを思いつつ、
「ああ。そんなにかしこまらんでいいぞ。村長のバンドール・エデルシュタットだ。村長とでも呼んでくれ」
と私が気さくにそう言って自己紹介を返すと、そのシェリーと名乗った若い、いや、かなり若く見えるエルフさんは、ややほっとしたような表情を浮かべ、
「はい!ありがとうございます!」
とニコッと笑って元気にそう答えた。
おっちゃんとその奥方様に見送られながらシェリーと一緒に屋敷へ向かう。
シェリーはどう見ても10代後半くらいの見た目でリーファ先生より、少し年下のように見えた。
背嚢がかなり重そうだったので、持ってやろうと言うと、遠慮しつつも預けてくれる。
持ってみると、かなり重い。
これを担いできたのであれば相当きつかっただろう。
「いったい何が入っているんだ?」
と聞くと、愛用の調理器具をいくつか持ってきたのだとか。
よく見れば背嚢から「おたま」が飛び出している。
道すがら、
「ジー…ああ、大公陛下からはなんと言われてきたんだ?」
と聞くと、
「はい。侍女長から命じられたのは、このトーミ村の村長様のお屋敷に凄腕の料理人がいるからその方の下でメイドとして働きながら研鑽を積んで来い、とのことでした」
と言った。
「…他には?」
と聞くと、
「はい。覚えた料理があれば、定期的に報告しろと言われております!」
と言う。
どうやらジードさんは余計なことは何も告げていないらしい。
「そうか。家にはもう一人エルフさんがいて、薬学なんかを研究しているからその人の面倒も見てやってくれ」
と私が言うと、
「はい!かしこまりました!」
とまたにこやかに答えてくれた。
なんとも、快活な子らしい。
その後も、家族構成や離れに療養中のお嬢様がいるとこなんかを簡単に話しながら歩く。
玄関先に着くと、ズン爺さんが門前で掃除をしていた。
「ただいま。ジードさんの所からメイドさんが派遣されて来たから案内してきたよ。ドーラさんは?」
と聞くと、ズン爺さんは、
「たぶん、裏で野菜でも洗ってるでしょうから、ちょいと呼んでめぇりやす」
と言って、すぐに裏庭の方へ向かった。
玄関をくぐると、まずはリビングへ案内して、今お茶を持ってこさせるからくつろいでいてくれと言って少し待たせて台所へ向かう。
ドーラさんはすぐにやってきて、お茶の準備をしながら、
「なんだか緊張しますねぇ」
と言うので、
「快活で、元気のよさそうな子だったよ。変な緊張もしていないみたいだったから、たぶん大丈夫じゃないか?」
と言って、とりあえずリビングに通したと告げてリビングに戻ってみると、ルビーとサファイアに向かって直立不動で敬礼をするシェリーがいた。
「はっはっは。この子達は猫がルビー、犬がサファイアといって、我が家の大事な家族だ。気を遣う必要は無いから、仲良くしてやってくれ」
私がそう言うと、シェリーは、びっくりしたような顔で私を見ながら、
「い、犬と猫…ですか?」
と言う。
私はもう一度、
「ああ。犬と猫だ。ちなみに、馬もいるから後で紹介しよう」
と言って、2人を抱き上げると、
「うちに新しくやってきたメイドのシェリーだ。仲良くしてやってくれ」
と言った。
2人とも、
「きゃん!」
「にぃ!」
と鳴いて、(よろしくね!)と言う。
どうやらシェリーは2人の言葉までは理解していないようだが、
「かしこまりました!」
と言って、苦笑いをしていた。
(まぁ、そのうち慣れるだろう)
そんな風に気楽に考えていると、ドーラさんがお茶を運んできたので、簡単に紹介する。
私が、
「うちの家政婦さんで、ドーラさんだ。料理やら洗濯やらはすべて任せているから、手伝ってやってほしい」
と言うと、ドーラさんも、
「一緒に頑張りましょうね」
と言って、微笑みながら挨拶をした。
すると、やっと平常心を取り戻したシェリーが、
「はい!シェリーと言います。よろしくお願いします!」
と明るく挨拶を返す。
「まぁ、詳しいことは昼の時間に話そう」
私がそう言うと、ドーラさんは昼の支度に行き、それを手伝うというシェリーをとりあえず引き留めてお茶を飲みながら部屋を決めたり、大体の一日の流れを説明したりした。
ひと段落したところでさっそく部屋に案内する。
部屋はドーラさんの隣にした。
とりあえず旅装を解いたら昼飯にしようと言って、今日のところは疲れているだろうからゆっくり降りてきてくれと言って私は先に部屋を出る。
(あとで、必要な物があるか聞かなければいけないな…。まぁ、その辺りはドーラさんに任せるか)
と、そんなことを思いつつ、とりあえず食堂に向かった。
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