第112話 村長、治療する02
「やぁ、待たせたね、バン君」
私がリビングに入ると、リーファ先生が朗らかにそう言った。
「いや。で、大丈夫か?」
と、私が聞くと、
「ああ、問題ないよ。今日は本当に調子がよさそうだ」
とリーファ先生はお墨付きをくれる。
私はまたひとつ安心して、マリーと向き合った。
「うふふ。今日はよろしくお願いしますね。先生」
とマリーが冗談めかして言うので私もつい微笑んで、
「ああ、まかせたまえ」
と冗談で返す。
「あらあら、うふふ」
とマリーが笑ったので、私もつられて、
「はっはっは」
と笑い、和やかな雰囲気のままマリーの隣へ座った。
「さて、2人とも準備はいいかい?」
とリーファ先生が聞く。
「ああ。大丈夫だ」
「ええ、大丈夫よ、リーファちゃん」
と言って私とマリーがそれぞれに大丈夫だと言うと、
「よし、じゃぁ始めてみようか」
とリーファ先生が言って魔力循環を始めることになった。
「マリー、背中を」
と私が言うと、
「はい」
とマリーが短く答えて、私に背を向ける。
私はもう少し緊張するかと思ったが、やはり先ほどのサファイアの笑顔が効いたのだろう、私は意外と落ち着いて、マリーの背中に手を当てた。
「よし、まずはいつもの感じで集中してくれ。呼吸は私が合わせる」
と言うと、マリーは、
「はい」
と短く答えてくれる。
それを合図に私はいつものように気を丹田に集中させ始めた。
やがてマリーの背中を通して、私の手に暖かいものが伝わり始める。
私は慎重にマリーの呼吸を計った。
その呼吸からマリーがリラックスしているのがわかる。
(信頼してくれているんだな…)
そう思うとついついうれしくなってしまったが、気を取り直してさらに集中を高めた。
どのくらい経ったのだろうか?
やがていつものように音が消え、時間がゆっくりと流れだす。
リーファ先生の時のように無数に絡み合う線はまだはっきりとは見えない。
なにか青白いものがぼんやりと見えるだけだ。
(慎重に。慎重に探れ)
私はそう自分に言い聞かせながらその青白いものの全体像を徐々に探っていく。
すると、少しずつその青白いものの流れがはっきりとしてきた。
細い。
しかも所々に滞りが見える。
(これをひとつひとつ流していった方がいいのだろうか?)
私は一瞬そう思ったが、
(いや、これは滞っているというよりもむしろ…)
と私は違和感を持った。
(何かがおかしい。リーファ先生はなんと言っていた?そうだ。魔力操作が上手くいっていないと言っていた。だとすれば…)
さらに慎重に奥へ奥へと流れをたどっていく。
やがて、青白い流れがさらに細くなっている場所があった。
全体像もさらにぼんやりとして掴みにくい。
(ふぅ…)
と心の中で息を吐き、さらに気を全身に巡らせていく。
(呼吸を合わせろ)
そう意識すると、だんだんその細い線の行き着く先が見えてきた。
黒い。
真っ黒な渦のような、まるでブラックホールのような何かが見える。
(…これはいけないものだ)
私は直観的にそう思ってその黒い何かに神経を集中させた。
すると、少しずつその渦の周りが削れていく。
いや、削れていくというよりも消えていくという感じか。
ともかく、そうしているうちに少しずつその渦にとらわれていた細い線が何本か、まるで重力から解放されるようにふわりと離れていくのが見えた。
(…!)
私はハッとして集中を切る。
気が付くと、リーファ先生に抱きかかえられてぐったりとしているマリーが目に飛び込んできた。
かなり汗をかいている。
「リーファ先生!」
私が思わずそう叫ぶと、リーファ先生は、
「大丈夫だ」
と落ち着いた声でそう言ってくれた。
「…そ、そうか」
それを聞いて私はとりあえず安堵したが、いつの間にかルビーとサファイアが私の膝の上に乗って心配そうに私を見上げている。
「大丈夫だそうだ」
と私が一声かけると、2人は、
「きゃん…」
「にぃ…」
と鳴いて、
(バンも大丈夫?)
と言った。
(?)
一瞬何が大丈夫かと聞いているのかわからなかったが、やがて自分も汗だくになっていることに気づく。
私はあわてて立ち上がりかけたが、膝の上にいる2人のことに気が付いて、
「ああ、心配ない」
と言って、2人をゆっくりと抱き上げ、ローズが差し出してくれた手ぬぐいで汗をぬぐった。
「先生…」
メルがマリーの汗をぬぐってやりながら、心配そうな表情でリーファ先生を見る。
「ああ、心配無いよ。おそらくしばらくは安静が必要になるだろうけど、それも回復の第一歩だからね。安心していいよ」
とリーファ先生は、努めて穏やかな口調でメルにそう言い、
「まずはマリーが落ち着くまでここに寝かせよう」
と言って、まだ少し息の荒いマリーをソファに寝かせるよう指示した。
メルとローズはすぐにマリーを横にすると、リビングを出てタンカのようなものを持ってくる。
私は、
(私ならマリーを抱えて寝室まで運ぶことなどたやすいが、メルとローズには結構な重労働だろう…。こんな時、車いすでもあれば)
と思いつき、
(大工のボーラさんに言えば作ってもらえるだろうか?)
と考えながら荒い息で横たわるマリーを見つめた。
マリーの横でルビーが、
「にぃ…」
と小さく鳴いて、
(がんばって)
言っている。
サファイアもコハクも声こそ出さないが、きっと同じ気持ちなのだろう。
そのまっすぐな視線がマリーを応援しているように見えた。
私はもう一度、
「大丈夫だ。ありがとう」
と言って、2人を撫でる。
そしてコハクのもとへ歩み寄ると、
「安心してくれ」
と声を掛け、うちの2人をコハクの上に乗せてやりながら、
「ありがとう。みんなの想いは伝わった。おかげで上手くいったようだ」
と言ってまたみんなを順番に撫でてやった。
リビングの方に目を向けるとリーファ先生がしっかりとうなずいてくれる。
私もうなずき返し、
「あとは頼む」
と言と、3人に向かって、
「さぁ、いったん戻ろう」
と言い、何となく空を見上げる。
トーミ村の空は今日も気持ちよく晴れていた。
厩舎の前でまだ心配そうなコハクをみんなでなだめる。
マリーの調子が戻ったらまた遊びに行こうと約束し、屋敷に戻る。
台所ではちょうどドーラさんが昼の準備を終えたところで、
「リーファ先生はたぶん離れで食うだろうから持って行ってやってくれないか?」
と頼むと、ドーラさんはサンドイッチの乗った皿に軽く布巾をかぶせて離れへと持って行ってくれた。
きっと、リーファ先生が戻ってこられなかった時のことを考えて今日はサンドイッチにしてくれたのだろう。
あれなら診察の合間にパパっと食える。
改めてドーラさんの気遣いに感心してしまった。
食堂に入ると、みんなでサンドイッチをパクつく。
ただし、リーファ先生はいない。
たったそれだけで、ずいぶんと味気なく感じてしまうのだから不思議なものだ。
(いつの間にかリーファ先生も我が家の食卓には欠かせない存在になっていたいんだな)
と、当たり前のことを思い、
(いつかここにマリーも加わるのだろうか?)
とそんなことを考えながら、いつも通り美味いはずのドーラさんの飯を食った。
昼飯のあと裏庭に出る。
不安、焦り、戸惑い、いろいろな心を振り払うかのように木刀を振っていると、徐々に心が落ち着いてきた。
不安は尽きない。
焦りを抑えることも難しいだろう。
しかし、迷っている場合ではない。
自分にできることをするだけだ。
一人ではない。
みんながマリーを支えてくれる。
そう思ってひたすらに木刀を振り続ける。
稽古と言うよりも祈りに近い行為を初めてどのくらい時間が経ったのだろうか?
気が付けば夕日が空を染めていた。
勝手口の方から、
「きゃん!」(バン!)
「にぃ!」(とり!)
と私を呼ぶ声がする。
そんな声に私は苦笑いしながら、
(さぁ、まずは落ち着いてリーファ先生の話を聞こう)
そう思っていつものように勝手口をくぐった。
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