閑話 エデルシュタット家の食卓06
第110話 ジャンク、ジャンク、ジャンク
食えない豚どもを片付けてから1月半ほどたっただろうか。
昼を終え、順調に新米を実らせつつある田んぼを眺めながら世話役と刈り入れの時期なんかを話し合っていると、エインズベル伯爵家の騎士が見えた。
聞けばもうじき返礼品を積んだ荷馬車がやってくるという。
その後やってきた荷馬車を屋敷の前で出迎えると、ジュリアン率いる騎士4名とともに牛がいた。
私はその牛に少し驚きつつも、久しぶりの挨拶を交わし、先に荷下ろしをするなら役場の方がよいだろうと言ってさっそく一行を案内した。
役場につき、アレックスと一緒に目録を見ながら荷物を確認する。
まずは牛2頭。
モーフという種類のミルクが美味い小型の牛だ。
これならあまり畜産の盛んでないトーミ村でも飼いやすかろうとのこと。
荷馬車の中には何やら箱がいっぱい詰まれていて、中身はマリーの好きな紅茶に10羽ほどの家禽、それにチーズと加工肉がたんまり入っているらしい。
いくつか箱を開けてみたが、かなりの量だ。
砂糖や香辛料、海産物の干物まであった。
イカの干物に干しエビ、そして「いりこ」のような小魚の干物が麻袋いっぱいに入っている。
あまりにも豪儀な返礼品に開いた口がふさがらずにいると、
「こちらにお受け取りのサインを」
と言ジュリアンが言う。
私が、
「あ、ああ」
と言って、ぼんやりしたままサインをすると、ジュリアンは、
「あと、こちらも」
と言って、荷馬車の隅から一抱えほどの木箱を取り出し、
「エインズベル家、家人一同からマリーお嬢様への贈り物です。どうかお渡し願います」
と言った。
中を見ると、手紙の束と布や糸、ちょっと不格好なぬいぐるみに物語の本など種々雑多な物がぎっしりと詰まっている。
そんな中身を見て私は、
「これは直接渡してやってくれ。きっとその方がマリーも喜ぶ」
と言って、箱をジュリアンに戻した。
「かたじけない」
と言うジュリアンに、
「思いは直接届ける方がいい」
と言って、私は、そばにいたアレックスに、
「ズン爺さんとメルに言って部屋の準備をさせてくれ」
と指示し、
(さて、ドーラさんにプリンを作ってもらわないとな)
と思いながら、荷下ろしを手伝おうとして、ふと思いついた。
(肉とチーズだと…!?)
そう思ったら矢も楯もたまらず、
「すまん、あとは任せた」
と言って、鍛冶屋へと走った。
鍛冶屋は卸と仕入れでアレスの町へ行っているとのことで、不在だったが、それはどうでもいい。
奥さんはいてくれたので、私は、
「いきなりすまんな。30センチくらいのフタ付きのフライパンはあるか?」
と聞くと、奥さんは、
「えっと…何日か前に宿屋さんに卸してしまって…。その時引き取った使い古しのやつしか…」
と申し訳なさそうにそう言う。
「…それだ!」
と言って私は思わず叫んでしまった。
鍛冶屋の奥さんが、
「え、えっと…」
と言って困惑しているところへ、私は、
「そのフライパンをくれ。穴が開いたわけじゃないんだろう?ちなみに、いくつある?」
と矢継ぎ早に聞いた。
「え、ええ…」
と言って、奥さんは少し気を取り直したのか、
「2つありますが…。でも、少し歪んでしまっていて、油汚れもありますし、ドーラさんがお使いになるんでしたらお打ち直してからの方が…」
と遠慮気味にそう言う、
しかし、私は、
「いや、いい。そのくらいがちょうどいいんだ。どうせ、炭の上に置くだけだから歪みなんて気にならないし、油がなじんでいるほうが使い勝手がいいだろう」
と言って、強引に売ってもらうと、次に、
「ああ、そうだ。奥さんはパン焼きが得意だったな。ちょっと聞きたいんだが、薄焼きで、ちょうどこのフライパンに入るくらいの生地を作ってくれないか?もちろん屋敷の台所を使ってくれ。ああ、そうか。時間はあるか?」
とたたみかけた。
「え、ええ。主人も出かけておりますし、時間はありますが…」
という奥さんに、
「助かる!ああ、もちろん上手く出来たら一緒に食っていってくれ」
と言って、
「はぁ…。で、では後ほど…」
という奥さんを尻目に急いで屋敷に戻って行った。
屋敷に戻ると早速ドーラさんのもとへ行く。
「トマトソースの残りはまだあったか?」
いきなりそう聞く私に、ドーラさんは少し驚きながらも、
「ええ、たっぷりございますよ」
とにこやかに答えてくれる。
きっと、またいつものパターンだと思ってくれたのだろう。
「ありがとう。あとで伯爵から届いたチーズの中から…そうだな、温めるとよく溶けてあまり塩気の強くないものを2,3種類刻んで混ぜておいてくれ。パン…みたいなやつに乗せて焼く。ああ、焼くのはこの使い古しのフライパンを使って、外で焼くから心配ない。炭とかまどはこっちで準備しておこう。あとは…加工肉を何種類か薄切りにしておいてくれ。それと、あとで鍛冶屋の奥さんが手伝いに来てくれることになったから一緒に頼む」
とまた、矢継ぎ早にそう言って、
「ああ、そうだ。あと、ついでに丸いもを揚げて、から揚げも出すか。となると…そうだな、騎士さんたちも呼ぼう。はっはっは。大忙しだ!」
と付け加えると、今度はズン爺さんの元へと走った。
適当に石を積んだかまどは意外と早く出来上がった。
ズン爺さんが果樹園や菜園の土留めを修繕するために石を確保していたから、その中から適当なものを選んで積むだけでいい。
ズン爺さんと私が、手早くかまどを作ってしまうと、ズン爺さんに炭の準備を頼み、いよいよリーファ先生の元へと向かった。
リビングでお茶を飲みながらルビーやサファイアと戯れているリーファ先生をみつけ、私は高らかに
「晩飯はピザだ。から揚げも付ける。丸いもも揚げるぞ!」
と宣言した。
私は、それを聞いてあっけにとられるリーファ先生をドヤ顔で見下ろし、
「ふっふっふ」
と不敵に笑ってまた台所へと戻っていった。
「ドーラさん、まず丸いもを薄切りと、くし切りにして水にさらしてくれ。たぶん1時間くらいでいいはずだ。…マリーを入れて12人分か。よし、私も手伝おう」
と言って、私はスライサーを取り出してもらった。
スライサーは、要するにカンナだから大工のボーラさんと鍛冶屋に言ったらさくっと作ってくれた。
ドーラさんはあまり使わないらしいが、村のご婦人方には好評らしい。
目の前には大量の丸いもがある。
剥くのが大変そうだったから、今回は皮付きでいくことにした。
大量に薄切りにして、水にさらしていく。
多めに手ぬぐいを持ってきて水気をしっかりふき取り、薄切りの芋はしばらく乾燥させた。
くし切りの芋に粉をまぶすのは揚げる少し前がいいだろう。
やがて鍛冶屋の奥さんも来てくれたので、ピザ生地のことを何となく伝えると問題ないということだったので、安心してその場を離れた。
時刻は夕方前。
勝手口から離れへと向かう。
玄関先で出迎えてくれたローズに、
「騎士さんたちに晩飯を一緒に食おうと伝えてくれ。場所は裏庭だ。あとで離れにも持ってこさせる。あと、油ものだからあまり食えないかもしれないが、マリーにも一口食わせてやってくれ」
と伝言を頼んだ。
(これで準備万端だ)
裏庭に引き返すと、炭とガーデンテーブルがすでに整っている。
今日は立食だ。
すでにリーファ先生はルビーとサファイアを連れて裏庭に出てきている。
私が、
「よし、騎士さんたちが来たらはじめよう。今日はピザパーティーだ」
と言うと、
「きゃん?」
「にぃ?」
「お、おう…」
と言ってまだ不思議そうな顔をしている一同を再びドヤ顔で見つめた。
やがてみんなが集まると、まずはから揚げと芋が用意された。
リーファ先生がさっそくつまみ、
「むっふー!」
と笑顔でわけのわからない叫び声をあげた。
「薄い方はパリッとした食感がすごい。棒状の方はサクサクホクホク…。揚げ物同士なのに、から揚げとの相性までいいとは…。いける。いくらでもいけるぞ、バン君!」
と言って目を輝かせる。
他のみんなも各々の言い方で喜びの言葉を発した。
そんな様子を見て、私が、
「おいおい。そいつはつまみだ。食い過ぎるなよ」
と言うと、リーファ先生が驚きつつも目を輝かせる。
どうやら、これがピザという食い物ではないということに気が付いたらしい。
私は、ほくそ笑んで、おもむろにピザを焼く。
まだ作った者以外はその姿を見ていない。
私はフタをしたフライパンを炭の中に突っ込んで上下からまんべんなく熱が通るようにフタの上にも炭を置いて焼き始めた。
出来上がったピザを一同の前に披露する。
みんな固唾を飲んでピザを見つめていた。
私はピザを適当な木の皿の上に置いて、さっそく切り分ける。
その様子を待ちきれない様子で見ていたリーファ先生は切り分けた瞬間さっと一切れつまむと、一口頬張って、
「はふっ!」
と言った。
熱かったのだろう。
しかし、次の瞬間、
「おい、バン君!なんだいこれは?パンのようでパンじゃない。カリカリの生地とトロトロのチーズ、サラミの脂はチーズの脂とはまた違う味が…。君はまた恐ろしいものを生み出したね…」
と言って、またピザにかぶりつき、先ほどのように、
「むっふー!」
と叫んだ。
一同もさっそく口にする。
当然、衝撃が走った。
「本当は専用の窯で焼くといいんだが、今日は即席だ」
と私が言うと、鍛冶屋の奥さんが、
「作らせます!」
と勢い込んでそう答え、ルビーとサファイアも少し冷ましたものを食べて、
「きゃん!」
「にぃ!」
と言葉にならない鳴き声を上げた。
大体味の想像がついていたはずのドーラさんも、
「まぁ…」
と言って、目を見開き、ズン爺さんは、
「こりゃまた…」
と言って目を細めた。
騎士さんたちもそれぞれに、
「うぉーっ!」
とか、
「なんだ…これは…」
と言って、驚嘆の叫びをあげている。
私もようやくかじりついた。
どうやら伯爵はかなり上等なチーズを送ってくれたらしい。
芳醇な香りが鼻腔を抜け、私も、
「んーっ!」
と叫んでしまった。
次々と焼く。
次々と食べる。
気が付けば皿は空になり、みんなが腹をさすっていた。
(大満足の夕食会になったな)
と私は満面の笑みでそう思ったが、そこでふと、最も重要なこと忘れていたことに気付く。
「…しまった!…酒を忘れていた」
私がそうつぶやくと、騎士さんたちとズン爺さんが反応した。
だいたい想像がついたのだろう。
「ここにはエールが必要だった…」
私が悔しそうにそう言うと、騎士さんたちも、まるで奥さんに怒られでもしたかのような顔で私を見つめる。
「あらあら」
と言って、ドーラさんが笑った。
「きゃん?」
「にぃ?」
と鳴いて、2人が不思議そうな顔をしている。
私のジャンク革命は未完成のまま終わってしまった。
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