第108話 食えない豚15
帰りは順調に進む。
森馬は賢い。
来た道きちんと覚えていて、指示をしなくても勝手に進んでくれた。
手綱で操る必要もない。
ちなみに、ハミはしていない。
鞍とハーネスだけで、ハーネスに手綱というよりも持ち手が付いているだけだ。
止まってほしいときは声を掛けるか、足で軽く合図をすればいい。
おまけに魔獣まで探知して、教えてくれたり避けて回り道をしてくれたりするのだから、片手の私でもやすやすと乗りこなせる。
(ジードさんには感謝だな…)
そんなことを思いつつ、途中で果物を少し摘んだり、リーファ先生がアウルを狩ったりしながらのんびりと進んだ。
それでも進むこと3日と少し。
行きよりは少し早く進んで、昼前には屋敷に着いた。
門の前でルビーとサファイアが出迎えてくれる。
「ただいま!」
少し遠くからそう声をかけると、
「きゃん!」
「にぃ!」
といつもの様に鳴いて、
「「おかえり!」」
と言ってくれた。
門の前に着くとさっそくエリスから降りて2人を抱きかかえる。
ルビーもサファイアも少しだけ大きくなった。
ルビーが子猫よりも少し大きいくらい、サファイアは小型犬と中型犬の中間くらいだ。
「はっはっは。熊も鳥も取ってきたぞ」
と私が笑いながら言うと、
「きゃん!」
「にぃ!」
と2人とも嬉しそうに鳴いた。
(やっぱり、我が家の家訓は花より団子だな)
そんなことを思いつつ、
「とりあえず、飯にしよう。ドーラさんには知らせておいてくれたんだろ?」
と言うと、
「きゃん!」
「にぃ!」
と鳴いて、2人がドヤ顔で私を見る。
「はっはっは。ありがとう」
と言って、私はまた笑い、玄関へと向かっていった。
玄関をくぐると、ズン爺さんが出てきて、
「おかえりなせぇまし、村長。気付けはききましたかい?」
と言って笑う。
「あら、なんです?それ」
と言って、そばにいたドーラさんが、ズン爺さんを軽くにらみ、笑顔でそう言った。
ズン爺さんが、
「へへへ…」
とバツが悪そうに笑うと、
「まぁ…」
と言って、ドーラさんが苦笑いしつつも、
「お帰りなさいまし、村長。お昼は肉うどんですよ」
と言ってくれた。
(これだよ)
と私が万感の思いに浸っていると、
「いいね!」
とリーファ先生が目を輝かせながらそう言ったのを合図に、みんなして笑い、
ズン爺さんが、
「風呂も沸いてまさぁ」
と言ってくれる。
私は、
「いいな」
と言って、
「うん。やっぱり我が家が一番だ」
と言うと、またみんなして笑いながら食堂へと向かっていった。
肉うどんと柏飯を堪能し、風呂に入ってこざっぱりすると、リーファ先生と2人で離れへと向かった。
玄関ではいつもの様にローズが掃き掃除をしていて、私たちの姿を見るなり、
「お帰りなさい、師匠!今知らせてまいります」
と言って、さっそく玄関を開け、ローズは、私たちに「ただいま」と言う間も与えず、急いで奥に入っていく。
私たちは笑いながら玄関をくぐった。
「お嬢様!」
と言う声がリビングの方から聞こえてきて、すぐに、
「どうぞ!」
と言ってローズが私たちを迎えてくれる。
中にはマリーとメルがいて、マリーが私たちの姿を見るなり、
「おかえりなさい!バン様、リーファちゃん」
と言ってくれた。
マリーは涙ぐんでいるようだ。
そんなマリーを見て、メルは、
「よかったですね、お嬢様…」
と言って、こちらも涙ぐむ。
「「ただいま」」
と私とリーファ先生はやっと帰還の挨拶をして、私はソファに座った。
リーファ先生はマリーを抱きしめている。
(…いい光景だな)
そう思って、私はマリーに声を掛けた。
「ありがとう、あのお守りはちゃんと効いたよ…。おかげで無くしてしまった。すまん」
と言って、まだ包帯の巻いてある左腕を見せると、
「まぁ!…。」
と言って、マリーは絶句する。
「あ、ああ…。」
と言って、また涙しそうになるマリーをリーファ先生がなだめるように、
「大丈夫さ、マリー。ちょっとした打ち身だよ」
と言って、ちょっとの嘘を交えてそう言ってくれた。
私も、その嘘に乗っかって、
「ああ、ちょっとかすっただけだ」
と言ってマリーを安心させた。
「…。なら、よかったですわ」
と言って、マリーは涙を拭きながら笑ってくれる。
穏やかな時間が過ぎた。
メルが淹れてくれたお茶を飲みながら少し話す。
やがて西日が差してきた。
あまりマリーを疲れさせてはいけない。
(そろそか)
そう思うと、寂しさを感じたが、この短い時間はこのうえなく、幸せだった。
そう思って、私がリーファ先生の方を見ると、リーファ先生はまだマリーと楽しそうに話している。
どうやらオークは怖いぞと冗談っぽく言って、マリーを驚かせているようだ。
あまり怖がらせないでやってくれと思いながらも私はふと気になって、
「そう言えば、リーファ先生」
と話しかけ、
「オークの魔石はいくらぐらいするんだ?」
と興味本位で聞いてみた。
すると、リーファ先生は、
「うーん…」
と考えてから、
「たしか、普通の個体が金貨100枚ちょっとくらいじゃないかな?」
と答えてくれる。
日本の感覚で1,000万円ほど。
高いと言えば高い。
統率個体はもう少し高いのだろうが普通のやつは平均すると1体あたり金貨10枚ほどか。
エイクやディーラよりも金貨数枚高い程度だ。
(けっこう苦労した割には安いもんだ)
と私はそう思い、
「ほう。そんなもんなのか」
と何気なく答えたが、リーファ先生は、やれやれという顔をして、
「…一個がだよ」
と言った。
「…なっ!」
私は思わず絶句する。
(…あの臭くて汚い魔石が…)
素直にそう思って、私があっけにとられていると、横からマリーが、
「ねぇ、リーファちゃん。それってどのくらいのお値段なの?」
と聞いた。
そんな質問にリーファ先生は少し考えて、
「そうだなぁ…家…だとわかりにくいか。そうだな…。たとえば紅茶なら村中に配っても一生飲みきれないくらい買えるぞ」
と言って微笑みながらまだ世間ずれしていないマリーに優しく教えてあげると、
「まぁ…。それはすごいわね」
と言ってマリーは驚いた。
私は、
(これからマリーはどんどん新しいこと知って、もっと人生を楽しめるようになっていくんだろな)
と思って微笑ましい気持ちになり、
「ああ、そうだな。それにお茶菓子も一生分付く」
と、笑いながらそう付け加えると、それを聞いたマリーが、
「まぁ、大変!じゃぁ、これから毎日お茶会ですわね」
と、冗談めかして言い、みんなして笑った。
帰り際、
「明日もいらしてくださいね」
と言って無理に笑うマリーの姿に後ろ髪を引かれたが、
「ああ、もちろんだ」
と言って離れを辞する。
「やっぱり名残おしいね」
と言ってリーファ先生が寂しさを抱えた笑顔でそう言うと、私も、
「そうだな。しかし、明日も会いに行かなきゃいかん。なにせ出がけにマリーと約束してしまったからな」
と笑顔でそう言った。
「なんだい、それは?」
と言ってリーファ先生はきょとんとした顔で聞いてくる。
「ああ。出かける日の朝、ローズが、例の組紐を持ってきてくれた時に『帰ったらいっしょにおやつを食べよう』と伝言を頼んだんだ。さすがに今日は無理だったが、明日はきっちり約束を守らねばならんだろう」
と言って私がその経緯を伝えると、リーファ先生は、
「じゃぁ、プリンだね」
と言って微笑んだ。
「そうだな。やっぱり特別な日はプリンだ」
と言って私も笑う。
ふと立ち止まり、徐々に優しくなっていく、晩夏の空を見上げた。
「じきに収穫時だな」
私が何気なくそう言うと、
「ああ。新米の季節だね」
とリーファ先生がそう言う。
「はっはっは。そうだな」
と言って、私が笑うと、リーファ先生も、
「屋敷のみんなが一番喜ぶ季節だね」
と言って笑った。
(やっぱり我が家は花より団子だ)
またそう思ってうれしくなる。
美味い飯。
飾らない言葉。
明るい笑顔。
(…そんな日常を守らなければな)
私は改めてそう思った。
「さぁ、晩飯だ」
と言う私に、
「今日はなんだろうね」
と言うリーファ先生。
またふと、空を眺めると、一番星が輝いている。
私にはそれが希望の星に見えた。
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