第57話 イノシシ狩りも村長の仕事03
森の中を馬で進む。
幸い、目標地点の手前まではなんとか馬で進める道があった。
普段の冒険で馬を使うことはない。
だが、今回は馬番のドン爺がいる。
馬で進めるとろこまでは馬で進んで、その後は馬をドン爺に預けてさらに進めばいい。
事が急を要するだけに、今回はそいう方法を取った。
やがて、道が細くなり、馬が渋りだす。
(この辺りが限界か…)
私はそう思って、『黒猫』の3人に、
「すまんが、適当に馬を置いていけそうな場所を知らんか?」
と聞いた。
「たしかこの先の沢沿いに少し開けた場所があったと思います。ちょっと見てきましょう」
といって、ザックが馬を降りさっそく様子を見に行ってくれる。
そんな様子を頼もしく思いながら私が、
「よし、ザックには申し訳ないが、我々は小休止にしよう」
と言うと、みんな馬を降り、適当な行動食を出してつまみだした。
そんな感じで各自が休憩を取りながら軽く世間話をする。
最近の森はどうだ?と言うような軽い会話を交わしていると、ふと思い出したようにジミーが、
「しかし、村長はなんでイノシシの魔獣がエベタケを食うなんて知ってたんすか?」
と聞いてきた。
その質問に、私は軽い感じで、
「ああ、そのことか。なに、学院に通ってたころ魔獣の生態について書かれた古い文献を読んでな。あと、実際に見たこともあるぞ?」
と答える。
すると、
「え!?村長、学院出なんすかっ!?」
とジミーが驚きの声を上げた。
その横で、ドノバンも驚きの表情を浮かべている。
2人の様子をみて私は、
「一応な」
と苦笑いで答えるが、ジミーはさらに、
「え?でもさっき冒険者歴が20年とかいってませんでしたっけ?」
と聞いてきた。
「ん?ああ、一応真似事なら高等学校時代からやってるからな」
と私が少しおどけたような口調でそう言うと、ジミーは唖然とした様子で、
「いやぁ…こう言っちゃなんですけど、ほんと変わり者っすねぇ…」
とぽつりとつぶやく。
私は思わず笑ってしまって、
「はっはっは。よく言われるよ」
と答えたが、横からドン爺が、
「それ以外のことでも、こいつの変わり者っぷりは筋金入りだ」
と、しかめっ面で悪態を吐いてきた。
そのやり取りを見て、ジミーが、
「…じゃぁ今回はその変わり者っぷりが見られるかもしれないってことっすよね?」
と今度は少し楽しそうな顔でドン爺に向かって聞く。
しかし、ドン爺は、
「かもな。だが、くれぐれも参考にはするなよ。命がいくつあっても足らん」
と言って、ジミーに険しい顔を見せた。
きっとドン爺は人にはそれぞれやり方がある。
決して無茶はするな、と言いたいのだろう。
ジミーとドノバンにもそれが伝わったらしく、2人とも黙ってコクリとうなずいた。
そんな話をしていると、ザックが戻ってきて、近くに水場があったことを教えてくれる。
私は、その言葉にうなずいて、
「よし。じゃぁそこまで馬を連れて行こう」
と全員に声を掛け、馬を曳きながら、その水場へと向かった。
「さて、ドン爺。馬番を任せてもいいか?」
水場に着くなり、私は、ドン爺にそう声を掛ける。
「かまわん。そのためにきたんだからな」
とぶっきらぼうに答えるドン爺に苦笑いを返し、
「よし、じゃぁまずは全員でドン爺の野営地を設営しよう」
と『黒猫』の3人に声を掛けると、さっそく全員で設営にとりかかった。
私とジミーが一人用の小さなテントを張り、簡易かまどを作る。
ザックとドノバンは薪集めだ。
その間にドン爺は馬たちに順番に水を飲ませた。
あらかたの準備が整うと、私は、
「イノシシ連中の縄張りも近いからここに魔獣が出る可能性は低いだろう。しかし、気を抜かんでくれよ。いざとなったら逃げ帰ってくれ」
と念のため注意事項をドン爺に伝えると、ドン爺はやはり、
「ふんっ!そんなことは言われんでもわかっとるわい。さっさと行ってさっさと戻ってこい」
と憎まれ口を叩く。
「さっさと行け」だけではなく、最後に「さっさと戻ってこい」とつけるところがいかにも照れ屋のドン爺らしい。
この人の悪い所は口と人相だけだ。
そしてみんなもそれがわかっているから、
「ああ、行ってくる」
「すぐに戻ってくるっすよ」
「昼寝でもしながら待っていてください」
「………(コクリ)」
と明るく挨拶をしてさっさと出発した。
それから1時間ほど歩いただろうか。
そろそろ陽が沈む。
例の岩がぱっくりと割れたようになっている地点に着くと、私たちは急いで野営の準備に取り掛かった。
ドノバンがタープを張り、ザックは先に水汲みをしてからかまどを作っている。
そして、ジミーが薪を集めに行っている間に私は、料理の準備に取り掛かった。
今日のメニューは簡単に乾燥茸とドライトマトのリゾット。
それから出掛けにベンさんからもらった鹿肉の串焼きだ。
味付けは塩とスパイスのみ。
スープも割愛した。
(もしかしたら『黒猫』の3人には少ないかもしれないが、冒険中に食い過ぎは良くない。このくらいの量で我慢してもらおう)
そんなことを考えながら手早く調理していく。
そして、やがて飯が出来上がるころ皆が集まってきて焚火を囲みながら飯にした。
「村長、マジ美味いっす!」
一口食って開口一番ジミーが叫ぶ。
それに、
「ええ、とても野営中に食べる飯とは思えません」
「………(コクコク)」
と、ザックとドノバンも続いた。
私はやや大袈裟だな、と思いつつも、
「そうか?簡単なものだが、そう言ってもらえると作ったかいがある」
とやや照れながら答える。
すると、ジミーが感心したような顔で、
「村長んちの飯がやたら美味いって聞いたっすけど、村長も料理するんすね」
と聞いてきた。
「まぁ、野営中はな。…みんなはもしかして、冒険中は全部行動食か?」
と聞いてみる。
すると、ジミーが、
「…そうっすね。あと、仕方なく作ったとしてもいわゆる冒険者飯ってやつで…」
と苦笑いでそう答えてくれた。
私はまた渋い表情を浮かべる。
冒険者飯というのは特定の料理じゃない。
適当で不味い飯を指す隠語だ。
私は、彼らの健康が心配になって、私は、
(村に戻ったら、せめて少しでも美味い行動食を開発するか。この世界にはフリーズドライなんて便利なものはないからな…)
と、そんなことを考え、飯を食い進める。
そして、食事が終わるとそれぞれにお茶を飲みながら、明日からの行程を確認するための簡単な話し合いに移った。
「明日はヤツの縄張りの付近まで行く。そのあとは周辺を探ってヤツの痕跡をたどるように移動だ。おそらく、早ければ明日、遅くとも明後日にはケリがつくだろう」
という私の見立てに、
「うっす!」
「了解です」
「………(コクリ)」
と『黒猫』の3人は素直にうなずいてくれる。
私はそんな3人の表情を見て、少し安心すると、
「それぞれの役割だが、まずザックは後衛だ。ヤツらと遭遇したら遠距離から狙ってもらう。牽制程度でかまわない。ドノバンはザックを守りつつ万が一の場合は退路を確保してくれ。ジミーは私のサポートだ。ヤツらと遭遇したら、前衛で私をサポートしながら討ち漏らしに対処してくれ」
と、それぞれに今回の役割を伝えた。
「はい」
「………(コクリ)」
「うっす!」
とそれぞれに問題無く了承してくれた『黒猫』に向かって、私は、
「よし。私は先行して、ヤツらの痕跡を追い、遭遇したら前線に立つ」
と言って自分の役割を伝え、最後に、
「油断するなよ?」
とあえて少し冗談っぽくニヤけた顔でそう言った。
「うっす!」
「はい」
「………(コクリ)」
皆も少し笑いながらそれぞれ異口同音に応じてくれる。
気が付けば、日はとっぷりと暮れ、星明りに照らされた森は静寂に包まれていた。
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