第56話 イノシシ狩りも村長の仕事02
翌朝。
台所に降り、
「朝食はおにぎりを握っておきましたから、お腹に入れていってください。お昼は冒険者さんたちの分も包んでおきましたよ。余ったら夜にでもお召し上がりくださいまし」
と言ってくれるドーラさんから弁当の入った包み受け取る。
「ありがとう」
そう言って、私がさっそく握り飯を詰め込み、出かけようとすると、まだ眠そうなルビーを背中に乗せたサファイアがやってきた。
「きゃん!」(いってらっしゃい!)
「…うにぃ…」(…らっしゃい…)
と言って見送ってくれる2人に、私は、
「美味しいのを狩ってくるからな」
と声を掛け撫でてやる。
そしていつものように背嚢を背負うとさっそく屋敷を出た。
門の所で待っていてくれたのは、馬に乗ったドン爺と『黒猫』の3人。
(またずいぶんと豪勢なメンバーを選んだもんだ)
と思いながら、私はみんなに、
「すまんな。待たせたか?」
と声を掛ける。
「いえ、俺らも今来たばっかりっすよ」
と答えてくれたのは冒険者パーティー『黒猫』のリーダー、ジミーだ。
「こいつの寝坊のせいで危うく遅れかけましたけどね」
と言うのは同じく『黒猫』のザック。
「………」
もう一人、ドノバンという男は、何も言わない。
相変わらず無口な奴だ。
すると、
「おい、準備ができたらさっさと行くぞ!」
ちょっと不機嫌な顔をしたドン爺がそう声を掛けてきたので、
(相変わらずせっかちな爺さんだ)
とみんな一様に苦笑いしつつ、さっさと森に向かって歩を進めた。
『黒猫』はジミー、ザック、ドノバンの3人組。
3人とも10年くらいのキャリアがある中堅だ。
一応は顔見知りだし、これまでの話を聞く限り堅実な働きぶりのようだから心配はしていないが、詳しいことはよく知らないので、道々、各々の役割を確認してみる。
本人たち曰く、ジミーが前衛の剣士、ザックが後衛の弓士、ドノバンが盾役ということ。
ジミーは剣術一本らしいが、ザックは簡単な風属性の魔法が使えるらしい。
もっとも本人曰く弓の精度を上げることに使うのがほとんどらしいが、それでもなかなか希少な存在だ。
そして、ドノバンンは盾と槍の他に斧、短剣、さらにはナイフの類も扱う万能型だという。
ごつい体からは想像できないが、相当器用な男らしい。
ちなみに、今回ドン爺は解体と馬番要員だ。
きっと私たちを心配してついてきてくれたのだろう。
そんな話をしながらしばらく進むと、森の入口に差し掛かったあたりで、ジミーが、
「そういえば、村長はずっとソロだったって本当っすか?」
と聞いてきた。
私は正直に、
「ああ、なにせ本業は薬草集めだからな。なかなかパーティーを組みたいってやつがいなかった。まぁ、一番の理由としては自由に行動したかったからというのが大きいかもしれんがな」
とこれまでのことを話す。
すると横からザックが、
「それは珍しいですね」
となにやら感心したような顔で言ってきた。
そして、ザックは、
「ああ、そういえばギルマスから、今回の俺たちの役目は荷物持ちだと聞きましたが…」
となにやら遠慮がちに聞いてくる。
私は適当な初心者を頼んだつもりだったが、どういう訳か中堅の『黒猫』が来ることになってしまったことを申し訳なく思いながら、
「ああ、そうだな。すまん。まさか『黒猫』みたいな中堅が来てくれるとは思わなかった。ギルドにはちゃんと伝えたんだが…」
と言うと今度はジミーが、なんとも快活に「あはは」と笑いながら、
「もちろん、かまわないっす!なんせ、今回この依頼を受けたのは村長の戦いっぷりを見てみたいってのが一番だったっすからね」
と、気持ちよく答えてくれた。
やがて炭焼き小屋に着く。
時間はまだ昼前。
とりあえず、馬を休ませるのを兼ねて、炭焼きの連中を束ねているベンさんに話を聞くことにした。
簡単な挨拶を交わし、さっそく私が、
「ああ。で、どんな様子だ?」
と聞くと、ベンさんは簡単な地図を広げ、
「へい。ヌタ場は…この辺りの竹やぶの中にありやした」
と言って割と大きな沢沿いを指さす。
私はそんな地図を眺めながら、ベンさんに、
「ああ、あの、沢を挟んでパックリ割れたみたいな石があるところからちょっと先だな?デカさは?」
と聞いた。
するとベンさんは、深刻そうな顔で、
「へい。岩からは1,2時間ばかし歩いたところでさぁ。大きさは15メートル四方はありやしたか…。足跡もたくさんついておりやしたし、おそらく…」
と言って私に視線を向けてくる。
私は、そんなベンさんに向かって軽くうなずくと、
「ああ、親分がいて子分が何匹かってところだろうな」
とこちらも真顔でそう言った。
もし、統率個体がいたとすれば、間違いなくヤツらは群れを成している。
しかも今の時期は子を産んでいてもおかしくない。
このまま放置すれば、ヤツらは行動範囲をどんどん広げて森を荒らすだろう。
炭焼きの連中にとっては命の危険もあるから、死活問題だ。
(なるほど、早めに対処しなければ)
そう思って、私はベンさんにさらに状況を確認する。
「その辺りにヤツらの餌場になりそうな場所は?」
「へぇ、ヌタ場の周辺はこれからタケノコが出やすし、この辺りが雑木林になってやすんで、イモなんかも生えておりやす」
そう言って、ベンさんは地図で竹やぶの少し先を指すが、私は、
(確かに、その辺りはヤツらの餌場になりそうだ。しかし、かなりの数がいる群れの餌場としては少し物足りない…)
と少し疑問を持った。
そこで、
「なぁベンさん。もしかして、その辺りにエベタケがたくさん生えてないか?」
と聞く。
すると、ベンさんは、一瞬きょとんとしたあと、
「へ?へい…。ありはしやすが…」
と言って、
「この辺でさぁ」
と先ほどのヌタ場の少し先にある雑木林辺りを指さしてくれた。
それを見て、私は確信する。
「おそらくヤツらのねぐらはこの雑木林だ。この時期、ヤツらはエベタケをむさぼるように食う。それにヤツらは、いい餌場を見つけると執着する癖があるから、おそらくそこからあまり移動していないはずだ」
私がそう言うと、ベンさんは無言で驚きをあらわにした。
エベタケというのはこの時期に生える猛毒の茸だ。
普通の獣は当然見向きもしない。
だが、魔素を求める魔獣は別だ。
ヤツらはエベタケが魔素を大量に蓄えるということを知っている。
普通の生き物とは一線を画す魔獣が、毒に耐性を持っていてもなんら不思議なことではない。
冬の厳しい時期を乗り切ったこの時期に生える魔素の多い食い物を食う。
考えてみれば実に合理的なことだ。
そのことを、普通の獣を相手に狩りをするベンさんが知らなくても無理はない。
下手をしたら冒険者でも知らないやつの方が圧倒的に多いくらいだ。
そのことに気が付いて、おおよその目的地が決まると、私は、
「よし、ちょっと早いが昼にしよう。手早く食ったら出発だ」
とみんなに声を掛ける。
ドーラさんが用意してくれた弁当は握り飯とコッコの照り焼きにキューカの酢漬けが何切れかという簡単なものだったが、それでも、ドーラさんの手にかかれば美味くなるのだから不思議なものだ。
しかし、これから野営地に向かって急がなければならない。
こんなに美味い弁当をゆっくりと味わう時間が無い事を少し残念に思ったが、そこは気持ちを切り替えてさっさと胃袋に詰め込んだ。
飯を食い終わり私が、
「よし、行こうか」
と言うと、各々が装備を手早く点検し荷物をまとめ始める。
すると、ベンさんが、
「村長、せめてこれを持って行ってくだせぇ」
と言って、竹の皮に包まれた鹿肉を持たせてくれた。
「おお!ありがたい。今夜にでもいただくよ」
私はあえて、笑顔を浮かべて軽く礼を言う。
しかし、ベンさんは、真剣な目で、
「どうぞお気を付けて」
と言い、深々と頭を下げてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます