②―8 あの子は吸血鬼 その8
エーゲルの屋敷、その広大な広間に俺たちは集まっていた。宴会でも開けば百人以上は軽く収容できる部屋だ。掛け軸やら高そうな壺、飾られた花なんかもその華やかさに拍車をかけている。
まあ、座を囲む俺たちは、宴会どころかお通夜のような暗いムードに包まれているわけだが……
「銀古狼様、この度は誠に申し訳ございませんでした……」
「よい。お主らの意思で起こした事態ではなかろう。怪我人が少なく済んで幸運だと思っておけ」
「しかし、一族として償いをしなければ……」
「構わんと言っておろう! どうしても償いたければ、一連の事件その解決に尽力せよ」
「それはもちろんでございます。吸血鬼一同、死力を尽くして参る所存です。ね、エーゲル様」
「ええ、でもぉ……」
「ね?」
「うぅ……」
吸血鬼のリーダー格から強い圧を感じる。主従関係にあるとはいえ、エーゲルも強くは言い返せないようだ。
「200年に一度の、世界の危機が来るとわかっていながらエーゲル様を甘やかしてきた我らに責任があります。これからは心を入れ換え、エーゲル様にも自立を促さねば」
「まったくだ。全面的に賛成する」
エーゲルの隣に座るティンテが深く頷いた。当のエーゲルはあの時の覇気はどこへやら、正座のままプルプルと震えている。
なんとなく雰囲気が重い。空気を変えたいし、ちょうど気になってたこともあるから切り出してみるか。
「結局聞けてなかったんだけど、ティンテたちの言ってた『噂』ってのは何だったんだ? 今回の事件と関係ありそうだが……」
「そうだな……アンゴにも話しておいた方がいいか。近ごろ『狂躁』と呼ばれる、異変が起こっているんだ」
「狂躁……?」
「ああ。今回の暴走のように、突然人魔が暴れる事件が各地で起きているんだ。実は喜の勇者ライトも3つほど狂躁を収めたと聞いている」
「アイツ、ちゃんと仕事してたんだな……」
しかし「狂躁」か。人魔の暴走ってめちゃくちゃヤバい事態なんじゃないのか? 今回だってナギとヴォルフがいなければ相当な被害が出てただろうし……
「ウチらが聞いた話やと『怒の勇者』って名乗る兄ちゃんがヒューゴの街での狂躁を止めたらしいわ。今回と違ってえらい激しい戦いになって、死人も出たとか」
「そうか……ナギたちは狂躁の原因を探ってたのか?」
「せやね。結局この街で収穫はなかったから、またヴォルフとブラブラしてくるわ」
「私もエーゲルを連れてしばらく旅を続けようと思う。アンゴはどうする? この屋敷の一角を貸してもらうこともできるが」
「俺は……」
俺の元々の願いは安住の地を探すこと。その点は今も変わっていないのだが……
「俺も、ティンテたちと一緒に行っていいか? 狂躁の元凶を止めないと、結局安心して生活なんてできないだろうしな」
「アンゴ……!」
ティンテの目がにわかに輝きを帯びる。俺に気をつかっていたものの、本当は一緒に来てほしかったのだろう。味方は多い方が良いに決まってるしな。
「俺がクソみたいな能力を与えられたのにも意味があるのかもしれないしな。勇者じゃなくても役に立てることはあるだろ、たぶん」
そう、俺は自分なりに使命を持って彼女らに同行するのだ。決して吸血鬼のお姉さんたちが「屋敷の一角を……」あたりでめっちゃ嫌そうな顔をしていたからではない。
「ほな決まりやな、それぞれ狂躁の原因を探るっちゅうことで。でも連絡手段がなあ……スマホでもあればええんやけど」
「スマホ! アンゴが前に説明してくれたすごい電話機か!」
「なんや、こっちにも電話あるんかい! ヴォルフは知らん言うてたやん!」
「我は人の営みに詳しくないのだ。デンワなど無くとも矢文で良かろう」
「良くないわ! 電話があるか無いかで全然ちゃうねんで、めっちゃ遠くまで連絡できてな……」
「他の街は無理だよ……? ニワナの中だけ」
「結局あかんのかい!」
この世界の電話はあまり役に立ちそうに無いので、とにかく有力な情報を見つけ次第この吸血鬼屋敷に戻ってくる、という案で妥協することにした。
あちこち放浪するにしても、戻ってくる拠点は決めといた方がいいしな。
「そういやティンテ、ライトたちとはどうやって連絡取るつもりだったんだ?」
「ん? 朽巫女が『近々また会うことになる』って言ってたから気にしてなかったよ」
「そんな不確かな……」
「そうでもないさ。彼女には我々には見えないものが見えているからね。それに、狂躁の元凶なんて一朝一夕に見つかるものじゃないだろうしね」
「それもそうか……」
これは長旅になりそうだな。俺が安住できる日はいつになるんだろうか。世界を救うヒーローに憧れが無いと言えば嘘になるけど、目的を達成する前に死にそうで不安でもある。実際すでに何回か死にかけてるしな……
「ところでアンゴ、身体は大丈夫かい? 何日かこの街で休んでもいいと思うが……」
「そうしてくれると助かる。実はまだ立ちくらみがひどくてな」
「ごめんねアンゴくん……ちょっと吸いすぎたかも……」
エーゲルは心底申し訳なさそうな顔で俺の手を握った。どうしようもないニートとはいえ見た目は愛らしい女の子なので思わずドキッとしてしまう。
「なんだエーゲル、人見知りのくせにアンゴにはなついてるじゃないか」
「私、アンゴくんのこと好きだからねえ」
「な、なんだと……!」
「えぇっ!?」
一座がザワザワと色めきだつ。吸血鬼たちは困惑してるし、ナギはケラケラ笑ってるし、ティンテは何故か不満そうな顔だ。
そして、誰より俺が困惑している。自分で言うのも悲しいが、好かれる要素なんて無いはずなのに……
「ち、ちなみにエーゲル……アンゴのどこが好きなんだ?」
「アンゴくんの血、すっごく美味しいんだよう! ドロッとしてて、濃厚で……すごく健康に悪そうなんだけど、そこが癖になるというか……」
「ああ、そう……」
「好き」って言っても非常食として好きってことね……あんまり素直には喜べないな。
元の世界でジャンクフードばっか食ってたからかな……健康診断でもコレステロール値が高かったっけ。そりゃヘルシーな食生活してるこの世界の人たちとは味が違うわな。
「これからよろしくねえ、アンゴくん」
「ああ、うん……」
「ね、ね、時々吸ってもいいかな? 優しくするから、ね?」
「死なない程度に頼むな」
「やったー!!」
両手を挙げながらぴょんぴょん跳ねるエーゲル。吸血鬼のリーダーの制止も聞かず、ずいぶんご機嫌の様子だ。
うん……無邪気なのは悪いことじゃないよな。たぶん……
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