人食い森は私の狩場、拾ったあなたはエジキです

アソビのココロ

第1話

「こ、ここは?」


 あっ、森で拾った方が目を覚ましたようです。


「気付かれましたか? ここは森の中にある私の家です。あなたはクマに襲われていたんですよ」

「そ、そうだ。クマに……オレは助かったのか?」

「たまたま私が通りかかりましたので」

「救ってくれたのか。大変すまないことをした」

「いえいえ」


 ふむ、顔色も悪くなさそうですね。

 目が開くとわかります。

 かなり凛々しい顔をしていらっしゃる殿方でした。

 ぽっ。


「一応回復魔法はかけてあります。傷は塞がってますけど、失った血は戻りませんからゆっくり休んでくださいね」

「重ね重ね申し訳ない。それで、クマは?」

「お肉になりました! ありがとうございます!」

「……感謝される意味がわからないんだが?」

「最近私が出て行くとクマは逃げちゃうんですよ。だからなかなか仕留められなくて」


 久しぶりにクマ肉が手に入ったので嬉しいです。

 クマ肉は旨みが強いですから、香辛料をたくさん使う私の煮込み料理と相性がいいのです。

 お客さんありがとう!

 肩掛けの大きなカバンを渡す。


「あなたのものですよね? 現場に落ちてたお荷物はこれだけでしたが」

「何から何まですまないね」

「町からおいでですか?」

「ああ」

「ふらつかなくなったらお送りしますよ。この森はオオカミも出ます。獣と魔物のナワバリですから、シロートさんがうろつくのはお勧めしません」


 森の奥深くは危ないですよ。

 入り口近くは比較的安全ですけど、人食い森って言われてるくらいですし。

 イケメンが被害に遭うのは世界の損失です。


「うむ、人食い森が危ないのはよくわかった。魔道具に大変造詣が深いという、森の魔女様を探しに来たんだが」

「森の魔女様、ですか」

「ああ、何か知らないか?」

「おそらく私の母のことだと思います」


 母さんは魔道具マニアだったから。

 わけのわからない魔道具をよく作ってましたねー。

 でも大地から魔力を集めて発動する獣避けの魔道具だけはすごくありがたいです。

 地面に刺しとくだけで私の畑が野生動物から守られるんだもの。


「さようか。して、魔女様は?」

「今はもう……」

「な、亡くなられたのか?」

「いえ、再婚してラブラブで他国に行ってしまいました」


 母さんはのめり込むと一直線だったですから。

 一応魔道具製作の一式は持っていきましたけど、今はあんまり魔道具を作ってないんじゃないかと思います。


「魔女様はおらぬのか……」

「母に会いに来たということは、魔道士さんでしたか?」

「いや、オレは商人なんだ」


 商人?

 魔道具を売買するとなると、かなりハイソなお客を相手にしていらっしゃるんでしょうね。

 ますます素敵だなあ。


「君は……」

「メグと申します」

「メグ嬢は森の魔女様から、その、受け継いでいるのかな? 魔道具の知識について」

「いえ、少々の魔法の手ほどきは受けましたが、魔道具はサッパリです」

「そうだったか……」


 残念でしたね。

 私の興味は魔道具にはありませんから。


「食事にしませんか?」

「ああ、さっきから気になってたんだ。実にいい香りがするじゃないか」


 ふっふっふっ、嗅いだことのない香りでしょう?

 自信作ですから。


 母さんが言っていました。

 殿方を惚れさせるには料理の腕だと。

 だから私は新鮮な作物の栽培と香辛料の研究のために、森の奥に住んでいるのです。

 ここなら希少な植物を狙う泥棒もいませんし、畑にする広い土地も確保できますから。


 えっ? 深い森の奥で男性と知り合う機会があるのかって?

 ほとんどないことに最近気付きました。


 残念な子を見るような目で見ないでください。

 母さんと同居していた頃は結構迷い込んでくる人もいたので、そういうものかと思っていたのです。

 今考えてみると、怪しげな魔道具を使って殿方をおびき寄せていたからに違いありません。

 母さんめ。


「栄養たっぷり、野菜とクマ肉のシチューですよ」

「これはすまないね。しかし見たことのないようなシチューだな?」

「味も食べたことのないようなものだと思います」


 商人の男が匙を口に持っていく。


「!」

「いかがです?」

「う、美味い!」


 心の中でガッツポーズしました。


「食欲を刺激するスパイシーさが堪らない!」

「身体のためになる香辛料を組み合わせているのです。少々クセのあるクマ肉の臭みを消すためという意味もありますが」

「いやあ、これは素晴らしい!」

「量はありますけれど、食べるのは程々にしといた方がいいですよ。何だかんだで大ケガでしたからね。身体がビックリしてしまいます」

「うむ、忠告痛み入る」


 よし、何日かかけてこの方を私の料理の虜にしてみせます!


          ◇


 ――――――――――数日後。


「大変世話になった」

「いえいえ」


 ケガからほぼ回復した商人の男ウィラードさんを町に送っていきます。


「ここは人食い森と呼ばれているだろう?」

「町の人はそう言ってるみたいですね」

「メグ嬢は森で一人で住んでいて心細くはないのか?」


 おっと、これは求愛のサインでしょうか?

 私は殿方とお付き合いどころか、挨拶以上の会話をしたことがほとんどないのでイマイチわかりかねるのですが。


「料理の研究家として、私には森の恵みとあれくらいの畑の広さが必要なのですよ」

「しかし獣だけでなく、魔物も現れるだろう?」

「いえ、魔物はスライムや一角ウサギのようなザコばかりですので、大したことはないです」


 むしろ魔物でないクマやオオカミの方が、普通の人にとっては脅威でしょう。

 私にとってはですか?

 クマはお肉ですしオオカミは手下です。


「ハハッ、魔物をものともしないのはすごいな」

「母譲りの魔法がありますから」

「魔女様に会えなかったが、メグ嬢と知り合えたのは僥倖だったな」


 優しい目で私を見つめる商人ウィラードさん。

 いい雰囲気なのはわかります。


「メグ嬢はどれくらいの割合で町に来るのだ?」

「一、二ヶ月に一度くらいでしょうか」


 売却できるものが溜まったり塩のストックが切れたりすると町を訪れます。


「ふむ……では再びメグ嬢に会いたいと思ったら、森の家を訪れねばならぬということか?」

「そうなりますね」


 殿方は試練に打ち勝って手に入れたものに愛着を覚えると、母さんが言っていました。

 魔物や獣に負けずに私に会いに来てください。


「礼もしたいし話もしたい。とりあえずうちの商会に来てくれないか?」

「わかりました」


 招待していただけるようです。

 嬉しいですね。

 あ、町が見えてきました。


          ◇


「どはあ」


 何とウィラードさんは町で一番の商会の御子息でした。

 私がいつも毛皮や魔石を売ってるお店もウィラードさんの商会の傘下で。

 ……運命を感じますね。

 行き交う殿方と比べてみても、ウィラードさんは一番ハンサムで堂々としていらっしゃいますし。


「まあ入ってくれ」

「失礼致します」

「あっ、若! 御無事で!」


 何日も連絡が取れませんでしたからね。

 あれ? その割には誰も探しに来ませんでしたよ?

 考えてみればこんな大きな商会の御子息が、一人で森の奥にやって来るというのも変です。


「やあ兄上。人食い森に行っていたんだろう? くたばり損なっていたとは。相変わらず運がおよろしい」

「ゴンドール」


 わかりやすい悪役の人が出てきましたよ。

 従業員の方がこっそり教えてくれます。

 ウィラードさんの弟で、二人は商会の跡継ぎを争っている。

 有望な新事業を立ち上げた方が勝ち?

 ああ、それでウィラードさんは母さんの魔道具に目を付けたんですね?

 悪役弟は兄が行方不明になったのをこれ幸いと放置を命じた、なるほど。


 何故そんな内輪のことを教えてくれるのかと思ったら、どうやら私はウィラードさんの連れて来た助っ人と見られているからのようです。


「そちらの美しいお嬢さんは?」

「メグと申します」

「今説明を受けていたろう? メグ嬢もボクに付かないかい? いい目を見せてあげるよ」

「やめろ! メグ嬢を嫌らしい目で見るな!」


 いや、私はいい男には嫌らしい目で見てもらいたいんですけどね。

 美しいお嬢さんと褒めてくれたことは評価いたしますけれどもごめんなさい。

 悪役弟のねっとりとした視線は生理的に受けつけないです。

 ウィラードさんがいいです。


「へえ、兄上はメグ嬢に入れ込むんだ?」

「命を救ってもらったのだ」

「何だ、その小娘は商売に関係ないのか」


 むかっ。

 小娘とは失礼な。

 やっぱり悪役弟は嫌いだ!


「ボクと勝負できる商材はないんだろう? 父上も帰ってくるし期限は迫ってる。兄上が早めにギブアップするならボクだって慈悲が……」

「商材ならある!」


 ウィラードさんが私の目をじっと見ます。

 わあ、いい男ですね。

 惚れ惚れします。


「礼すらまだなのに不躾で申し訳ない。メグ嬢のレシピを譲ってくれんか?」

「構いませんよ」

「簡単に譲れるようなものではないと理解してはいるが……えっ?」

「私は料理研究家です。完成したレシピにはさほど興味がありませんので」


 特に独占する気もありませんし。

 ウィラードさんの役に立つならどーぞどーぞ。


「ありがたい! ではオレはメグ嬢の料理で勝負だ!」

「ふん、飲食店でボクの高級服に勝てるもんか」


 おお、熱いですね。

 勝負はいつです?

 三日後?


「メグ嬢、打ち合わせだ」

「はい」


          ◇


 ――――――――――悪役弟ゴンドール視点。


「ゴンドール様、あらかた判明しました」

「ヤスか。早いな」


 兄上が連れて来たメグという娘。

 目端の利く使用人ヤスに、あれが何者なのか調査させていたのだ。


「本人に聞いてきたので」

「おうい!」


 本人に聞いてどうする!

 バカかこいつは!


「いえいえ、マジで調査したら全然間に合いませんって」

「……それもそうか」


 ないよりマシ、レベルの情報と思えば。


「こちらの情報と交換です」

「おうい!」

「いえいえ、もうゴンドール様が高級服で勝負することはわかってるじゃないですか。なら得られる情報の方が多いですって」


 そうかな?

 騙されているような気がする。


「彼女メグ嬢は人食い森の魔女の娘だそうです」

「やはり」


 兄上が森へ行ったのは森の魔女と接触を図るためだったに違いない。


「結局魔道具は手に入らず、仕方なくあの娘を連れて帰ったということか」

「でしょうね。ただメグ嬢の作る料理は本物です」

「本物、とは?」

「試作を食べさせてもらったんです。驚きました。ただ美味いだけじゃなくて、香辛料の使い方が極めて独創的です。ちょっとマネできないんじゃないですかね」

「……」


 真顔だ。

 使える男ヤスがこう言うからには大した料理なんだろうが。


「高級服では勝てません」

「何故だ!」

「高級服は上流階級にしか訴求しません。メグ嬢の料理、あれは身分の上下関係なく食べたくなります」


 くっ、ヤスがここまで評価するほどの料理とは……。


「ただ未完成だそうで」

「未完成?」

「森の家で香辛料を作っていて、それを明日取りに戻るとのこと」

「なるほど?」


 つまりメグ嬢を監禁するなり森の家の栽培場を破壊するなりしてしまえばいい。

 しかし……。


「人食い森には魔物もいるんだろう?」

「という話ですね」

「あの女はどうして町と森を行き来できるのだ?」

「え? それは知りませんが」


 わかってる。

 おそらく言わないだろうが、魔女譲りの魔物避けのアイテムか何かを持っているのだ。

 あの女を襲って、そのアイテムを取り上げてしまえばいい。

 方針は決まった。


「ところでヤス、向こうに渡した情報とは何だ?」

「食材はどこで手に入れるとかの情報です」


 兄上の知らない仕入先か。

 ボクは食料品は得手じゃないから、漏れて困る情報はほぼないな。


「ほとんどメグ嬢の話相手になってただけですな」

「ふむ?」

「どうしてウィラード様は若って呼ばれているのに、ゴンドール様はゴンドール様なんだって。もう勝負がついてるじゃないかって」

「様付けの方が偉いってことか」

「いやあ、そこまでゴンドール様のメンタルが強いとは思いませんでしたわ」


 ヤスが笑う。

 ジョークだわ!

 従業員連中が揃って兄上を後継者と見做して『若』呼ばわりしていることは、ボクだって気にしてたわ!

 くそっ、あの女痛いところを……。


「では、報告はいたしましたよ」

「ああ、御苦労」


          ◇


 ――――――――――次の日、悪役弟ゴンドール視点。


 ならず者を雇ってあの女が森の家に帰るところを尾行した。


「あの女、足が速えでやすね」

「見失っちまうぜ」

「しかしこれ以上近づくと尾行がバレるだろう?」


 魔女の家の場所はわかってる。

 人食い森に入って一時間くらい歩いた開けた場所で、道なりだから間違えようがないと聞いた。


 目的地は明らかなのだ。

 見失っても構わん。

 町に近いところで騒がれる方が厄介だ。

 森の中なら目撃者なんかいない。


「ゆるりと追えばいい」

「「へい」」


 しかし道には違いないが、足元が悪い。

 こんなデコボコなのに、よくホイホイ歩けるものだ。

 慣れているとしか言いようがないな。


 逃げられてしまう可能性も高い。

 やはり家に追い込むべきか。


「うっ!」

「どうした?」

「旦那、オオカミだ」


 オオカミの群れか。

 くっ、間の悪い。


「斬り伏せられるか?」

「二、三頭ならともかく、あの数じゃムリだぜ」

「逃げよう」


 仕方ない。

 あの女が町に引き返してしてきたところを、森の入り口で脅して……。


「あっ? 後ろからもオオカミだ」

「何だって?」


 まずい!


「撤退だ。後ろの町側の群れを強引に突破する。旦那、遅れんなよ!」

「わ、わかった」


 こんなことになるとは。

 ならず者達に任せるべきだったか?

 女一人で行き来できる道だと油断した。


「あっ!」

「だ、旦那!」


 道に足を取られた!


「あああああっ!」

「もうムダだ! 旦那が襲われてる間にずらかるぜ」


 ああ、くそっ!

 こんなところで……。


          ◇


 ――――――――――二時間後、メグ視点。


「くうん」

「あら、いらっしゃい。どうしましたか?」


 オオカミ達がやってきました。

 オオカミ達は頭がいいので、時々獲物の分け前をあげては、代わりに私の家のパトロールをしてもらったりしています。


「何を持ってきたの?」


 靴?


「あっ、森に入ってきた人を襲ったのね?」

「あうう」

「まあ仕方ないわ。森は獣と魔物のナワバリですからね。あなた達は悪くないわ」

「わう」

「そう、美味しかったの。よかったですね」


 森では力こそパワーです。

 弱い者は強い者に従うか逃げるか食べられるかなのです。


「私はもう一度町に行ってきます。靴は町の門番に届けておきますからね」


          ◇


 何とビックリ。

 オオカミが持ってきた靴は悪役弟のものだったようです。

 私を追っていたのでしょうか?

 私のことを美しいお嬢さんと言っていましたしね。

 御愁傷様です。

 美しさは罪。


 悪役弟は当然勝負の場に現れなかったので、ウィラードさんの不戦勝となりました。

 とはいえ私の料理も、当代の商会長であるウィラードさんのお父君をはじめとする皆さんに食べてもらいました。

 三日前にヤスさんが予言していたように、皆さん大絶賛です。

 やりました!

 広い畑を買い取って香辛料を増産、店をオープンする運びとなりました。


「ありがとう、メグ嬢。全て君のおかげだ」

「いえいえ」


 ぎゅっと握手されました。

 力強くてぽーっとしますわ。


「私としては自分の研究の成果を生かせて大変嬉しいです」

「しかし君は礼として外国の珍しい香辛料しか受け取らないじゃないか」

「料理研究家としては興味があるのです。私では手に入らないものですから」


 商会の力あってこそ輸入できるのですよ。


「オレと専属契約してくれないか?」


 専属契約はつまり……。


「私をウィラードさんの妻にしていただけるということですか?」

「えっ?」


 あっ、違いましたか?

 ヤスさんがニヤニヤしています。

 私の焦り過ぎ?

 どうも経験が少ないためか、殿方との付き合いは距離感がわからないものですから。


「若、メグ嬢の料理の才能は得難いですよ。とても可愛らしいですし。必ず商会にプラスになります」


 わかっている、とでも言いたげにウィラードさんがヤスさんを目で制します。


「これは失礼。女性に言わせてしまうとは。専属契約を結んでから言おうと思っていたのだ。メグ嬢、あなたの可憐さ、料理の知識、森で生きぬく逞しさに惚れた。結婚してくれ」

「はい!」


 わあ、嬉しいです!

 皆さんに大いに祝福されました。


 母さんが言っていました。

 おいしい料理を作れれば殿方なんてイチコロよと。

 母さんは正しかったです。

 料理研究家になってよかったです。

 ウィラードさんに抱きしめられながらそう思いました。

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