もしもし、わたし、おとうさま
俺が立ったまま気絶しそうになっている間にも、メッセージは次々更新されていく。
ぽー♪
『アスルン👼💗👼💕👼💖、ヤマピー、ナウ、玄関に、いるヨ❗❗🌞😁💓早く、会いたいナ❗😘💖』
ぽー♪
『アスルン👼🧡😘、ナウ、廊下だヨ❗❗💗💕』
ぽー♪
『蔵のフロント、到着❗❗💖💕🌞相変わらず、わくわくプレイスだネ😅😅🧡💔ヤマピー、チャイルドハートに、リターンだヨ❗❗❗💖💕🌞😃』
ぽー♪
『安ミン、フォールダウン❗❗❓😱😨🤣🤣ぽーちゃん❗❗❗🕊😂💖🤣😂』
速すぎてツッコむ暇もないが、会長のお父様は着々とこちらに近づいているようだ。
チャイルドハートにリターンて、童心に返るってことかな?平安くんは無事なんだろうか。顔文字大爆笑してるね?
そうこうするうちに近づく靴音と着信音が不気味なハーモニーを奏で始める。
コツコツコツ………。
ぽー♪ぽー♪ぽー♪
『ヤッホー\(^o^)/💗💕💖、わたし、ヤマピー、ナウ、あなたのビハインド❗❗💖💕🌞😃』
「きゃーーーー!!!」
「お父様!」
思わず乙女のような悲鳴を上げてしまった俺とは対照的に、会長は嬉しそうに背後の人物に抱きついた。
「ただいま、アスルン。久しぶりだね。いい子にしてたかい?」
「お父様ったら、大袈裟ね!今朝会ったばかりじゃありませんか」
「アスルンとシーノに会えない時間は100年に等しいよ」
背の高い立派な体格の男性が、ほっそりした会長の体を抱き締めて、頭に頬をぐりぐり押し付けている。
アスルンは分かるけどシーノって誰だろう。お母様かな?
お洒落な口髭を生やした「ザ・紳士」としか言いようのない身なりのいい中年男性が女子高生を抱き締めている様子は、なんだか背徳感があって、見てはいけないものを見てしまったような気分になる。
「もう、お父様!お髭がチクチクする!いい加減離してくださる?お友達を紹介するわ」
「すまないね、嬉しくてつい」
「お父様、こちらがいつも話してる縄文時智司くん。縄文時くん、私の父の斑鳩大和です」
会長は乱れた黒髪を直しながら俺の方に向き直った。その後ろには仕立ての良いチャコールグレーのスーツを着こなした斑鳩氏。イケオジだけど、会長にはあまり似てないみたいだ。
ん?その後ろにも白くぼんやりした影が見える。あれは……ぽーちゃん。
巨大な白鳩を背負った斑鳩氏は、口髭を整えながら俺をじっと見つめる。
うう、緊張する。見た目はほんとにイケオジ紳士なんだけどな。あの構文書いた人とは思えない。
その前に後ろの神獣?ぽーちゃんが気になりすぎる。ス〇ンド?斑鳩氏、ス〇ンド使い?
何て言われるんだろう。大事な一人娘に近づく害虫、二度とこの家の敷居はまたがせない、手切れ金をくれてやるからさっさと消えろ貧乏人め。
昼メロじみた罵倒、もしくは「無◯無◯無◯無◯」「◯ラ◯ラ◯ラ◯ラ」とボコボコにされるんだろうか。
自分の妄想にガクガクしながら彼の言葉を待っていると、急にガッと両手を掴まれた。
きゃーーー!!!手掴むの血筋なの!?斑鳩家!
「マーベラス!!!!!」
声デカッ!!
蔵中に響き渡る大声に耳がキーンとなった。
次に斑鳩氏は俺の両頬に両手を添え、上に向けさせた俺の顔をまじまじと観察する。
「素晴らしいね!!縄文時くん!!いや、サトルン!!アスルンの言った通りだ!!」
何……何が起きてるの?ていうか、声がデカすぎて耳が痛いよ。魂抜けそう。
だらりと両手を下げた俺に気付いた会長が冷静にツッコんでくれた。
「お父様、耳が痛いわ。もう少し声を抑えて」
「すまない、つい興奮してしまって……本当にあの子にそっくりだね」
「そうでしょう?」
「ああ、うちのコレクションに加えたいくらいだ」
何やら親子で不穏な会話をしている。あの子ってさっきの土偶だよね?俺、剥製にされちゃう?斑鳩プライベートギャラリーに展示される?
助けて、ぽーちゃん。
『ぽーーーー♪』
俺の心の叫びを聞き届けたように、ぽーちゃんが鳴く。
「そうね、ぽーちゃん。今日は文書を見せてあげる約束だったわ」
「分かるんですか?」
「え?分からないの?」
きょとんとする会長。いや、逆になんで分ると思った?意思の疎通が出来るとも思わなかったよ。
やっと斑鳩氏から解放された俺は、2人と1羽の後について、さらに蔵の奥へと進んだ。
いよいよ『いとオカシ😉💓💗』文書とご対面だ。ここまで長い道のりだった。
数々の苦難を思い起こし感慨に浸る俺を、会長と斑鳩氏が振り返った。ぽーちゃんは尾羽根をふりふりさせて踊っている。緊迫感台無し。
「さあ、これが斑鳩家に伝わる絵文字だよ」
斑鳩氏が指示した先には、立派な掛け軸に張り付けられた古い紙。俺には到底読めない掠れた墨の文字と、紙のあちこちに描かれた墨絵。
え、普通。すごくふつう。どうしよう、リアクションできない。
ここまで散々引っ張っといて普通の古文書なの?なんだか平安くんが一番不憫。
「これは
斑鳩氏は必要以上によく響く声で解説してくれる。無駄にイケボだけど、普通だ。逆に驚く。博物館で解説員の説明聞いてるみたいだ。
「これを読むには高い教養が必要で、葦手文字を読み書きできることは、当時の貴族の間では一種のステータスだったわけだ」
なるほど。勉強になります。
「時代が下るにつれて葦手は
斑鳩氏は隣にある可愛い絵の描かれた経典を指さして説明を続ける。般若と妊婦と田んぼ、で「
ほうほう。可愛い。写真撮っていいですか。あ、紙が傷むからフラッシュ駄目ですよね。
「江戸期に入って、今度は絵文字遊びや、葛飾北斎などの有名な浮世絵師による文字絵が流行するようになったんだよ。へのへのもへじ、とか聞いたことないかい?」
「あります」
子供の頃一度は書いたことがある、有名な文字絵だ。へえ、そういう流れがあったんだ。
絵文字って日本古来からの文化だったんだなあ。時代と共に変化して、オジサン構文になったんだ……?え?そうなの……?
俺は感心しようとして失敗し、曖昧に頷いた。すると斑鳩氏は悪戯っぽく笑って続けた。ああ、笑うと会長に似てる。
「ただ、葦手の文字絵は現存する文書が一つもないって言われてる」
「え、じゃ、ここにあるのは?」
「だから、ここにしかないんだよ」
な、なんだってぇぇぇ???それが本当なら歴史的大発見じゃないか!やっぱ斑鳩家すげえ!普通とか思ってごめんなさい!
俺は改めて文字の書かれた紙に見入った。文字を連ねて書くことで輪郭を描写した絵姿は、
「しかもねえ。この絵文字……時々動くんだよ。はっはっはっ」
マジですか。でもいまは動いてないね。はっはっはって悪の組織の親玉みたいな笑い方だな。本気か冗談か区別つかない。
『ぽーーー』
「あら、ぽーちゃん、おねむなの?」
おねむ?言い方可愛いけど、神獣?って寝るの?
会長が声を掛けると、ぽーちゃんはあくび?らしきものをして、強化ガラスの向こう側に入り、絵の中に吸い込まれて行った。
姫の隣に描かれた鳥が、白く光って羽根を畳むのを、信じられない思いで見守る。
「ええええええ」
「大丈夫?サトルン」
「だ、だ、大丈夫じゃないです。いまのなんですか?」
「ぽーちゃん、この絵に住んでるみたいね」
「大好きな姫と一緒にいられて幸せそうだねぇ」
「姫は?姫は動いたりするんですか?」
「さあ、どうだろう」
斑鳩氏は髭をいじくりまわしながら、ニヤリと笑った。だんだん本物の悪の親玉に見えてきた。
「そんな訳で、祖先はここから文字絵を発展させていったんだ。これは門外不出の斑鳩家のお宝。他言無用だよ、縄文時くん」
「サトルンは言わないと思うわ」
「言っても誰も信じませんよ」
「はっはっはっ。君は良い子だね、サトルン。そうだ、おじさんとも連絡先を交換してくれないか?」
全力で断りたい!!だってアレだよ?オヤジギャグと死語と構文と不思議言語ミックスの最恐進化系文字絵だよ?
でも断ったら消されたりしない?権力者に逆らって無惨な末路を辿った者たちの歴史に名前を連ねたくないなあ。
しばらく悩んだ末に、俺は自分のスマホをポケットから取り出した。
「……………わかりました」
「すごく間があったね」
「とんでもない。どうぞ」
「わ~、ありがと~♪うれし~」
ギャルか。親玉、ギャルか。QRコードを読み込んで、小躍りするお金持ちのおじさんに雑にツッコんでしまう。
そこからどうやって自分の家に帰って来たのか記憶がほとんどなかった。あまりに色んなことが起こって、脳みそがキャパを超えたらしい。
車で送ってもらったのは覚えているが、気付いたら家の前にいた感じだ。
身も心も疲れ切り、ぐったりしてベッドに横たわる俺のスマホにメッセージが届く。
ポコン♪
『サトルン、今日は、お疲れサマー🌞😀🌞😎💖💓来てくれて、ありがとうネ❗❗😀💖💞🥰💕アスルン、楽しかったヨ💗💕💖』
サマーね。大丈夫、大丈夫。このくらいはまだ想定の範囲内。だいぶ耐性がついてきたよ。いけるいける、どんと来い。
『今日はありがとうございました。俺も楽しかったです』
ポコン♪
今度は斑鳩氏からのメッセージだ。こっちは強敵だな。ラスボスかもしれない。
怖い。しかし怖いもの見たさで画面をそっと開く。
『サトルン、今日は、ホームに、🏯🚗来てくれて、サンキューベリーマッチョ💪💖💪💖💪💖🤣🤣😂🤣😂また、来てくれるカナ❓❓❓💓💖オッケー牧場❗❗❗❗😘😀💓🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣』
あ、この人、自分のギャグで笑うタイプの人だ。しかも勝手に返事決めるのお家芸みたいだ。
オッケーに牧場を合わせる意味がわからない……。
そう思ったのを最後に、とどめをくらった俺の意識はそこで途絶えたのだった。
◇◇◇◇◇
「オッケー牧場」元プロボクサー・ガッツ石松氏のギャグ。
葦手絵は実際使われていた文字らしいです。
文字絵などは国立国会図書館のデジタルコレクションでも見ることができます。
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