2つの死体

 私は今度も守ることができなかった。ドッペルゲンガーを騙る者に狙われていることを警告した安藤保志の変わり果てた姿を見た私は悲鳴を上げ腰が抜けた。私の悲鳴を聞き、鈴宮楓と山波宇宙、阿久魔弥吉と南野天使が駆けつけた。

「美和、何があったの?」

 駆けつけた鈴宮楓に、安藤保志の遺体に指を刺す私。

「安藤さん、確かにライターとしての貴方のことは、とても尊敬できなかった。それでもこんなことって」

「おい、アンタ刑事だろ。遺体見て、腰抜かすとか大丈夫かよ」

「やっちゃん、そんなこと言わない。刑事さんだって、人間だよ。急に遺体を見たら、悲鳴をあげるし腰も抜かすの。わかった」

「おっおぅ」

 南野天使が遺体へと近付き検死を始める。鈴宮楓は、現場保存のため写真を撮っていた。検死が終わると安藤保志の遺体を床に寝かせシーツを被せ、入り口にガムテープでバッテンを作る。5回目となると慣れたものである。

「死因は、喉を正面から1突きされたことによる失血死ですね」

「正面から?」

「はい。刺し傷は、貫通してないので、恐らくですけど」

「成程」

「美和、ちょっときて」

 鈴宮楓に呼ばれたので向かう。

「楓、どうしたの?」

「流石、とくダネを逃さないライターだったよ。隠しカメラ仕込んであるんじゃないかと思ってたのよね」

 鈴宮楓の指さす方を探すと小型のカメラがあった。再生するとそこには、ドッペルゲンガーらしき男が映っていたが顔はよく見えなかった。だが安藤保志の最後の言葉と音声が残されていた。

「まさか、アンタだったとはな?」

「、、、」

「ダンマリか。残念だよ。ドッペルゲンガーがタダの人間だったなんてな」

「、、、」

 次の瞬間、ドッペルゲンガーが取り出したアイスピックに喉を貫かれる安藤保志。ドッペルゲンガーは、正体を気付かれて焦っていたのだろう。死亡確認をせずに、その場を後にした。その後、安藤保志は、カメラの方を向いて、声にならない声で、何かを呟いた後、壁に持たれる形となり絶命した。

「ヒュッ。ヒュッ。ヨ、シ、ノ」

 かろうじて聞き取れた言葉がヨシノ?犯人の名前だろうか?だが、そんな名前の人は泊まっていない。とすると場所だろうか?部屋の名前は、全て桜の名前だ。

「ソメイヨシノじゃねぇか」

 山波宇宙がそう呟いた。そこに遅れて、林田勲がやってきた。

「皆様、こちらに居たのですな。大変なのです。地下室に閉じ込めていた竹下が無惨な姿で亡くなっておったのです。オェッ」

 夢の姿で見た通りなら林田勲のこの反応はもっともだ。

「嘘だろ。そっちもかよ。なんなんだよ。もう無理だ。みんな殺されちまうんだ」

「やっちゃん、落ち着いて、こういうのはね。パニックになった人から殺されちゃうの。大丈夫やっちゃんのことは、私が死んでも守るから。ねっ。だから落ち着いて」

「テンねぇちゃん」

 阿久魔弥吉は、南野天使に抱きついて震えていた。

「大丈夫だよ。やっちゃん」

 阿久魔弥吉が南野天使のことをテンねぇちゃんと咄嗟に呼んだことで、ようやくこの2人の関係性に合点が行った。家が近所の歳が離れた幼馴染であり恋人同士ということなのだろう。

「それだけじゃないんです。私にとって、やっちゃんはヒーローなんです。だから守ってあげるんです」

 南野天使は、エスパーか?なんで、私の思っていることがわかった?

「刑事さんは、顔に出やすいですから。ウフフ」

 成程、その大きな胸で、人から好奇の目で見られ、相手が何を思っているか顔を見て、わかるようになったってことか。

「そうです」

 南野天使の前で隠し事はできそうにない。

「そっちもとは、どういうことですかな?そんな、安藤様まで」

 床に寝かせて被せていたシーツから少し顔が見えたのだろう。私達は、地下室へと足を運んだ。

「こんなことするなんて酷すぎる」

 身体のあらゆるところを針で刺され、身体中から血を吹き出し切ったのだろう床は血溜まりができていて、それは固まっていた。そこから殺害は、一昨日であることがわかる。

「メリーを犯人扱いするから報いを受けたのよ。次は、アナタの番かもね」

 女将の桜舞が桜道筋にそう言った。

「簡単には許せねぇよな。でも、これだけは言わせてくれ。恋愛感情はなかった。子供を産ませるためだけの関係だったんだ」

「悍ましい。そんなに子供が大事?私が流産した時にかけてくれた言葉も嘘だったのね。私を心から心配してくれていたのは、義母様だけだったのよ」

「それは、その」

 桜舞の啖呵に口籠もる桜道筋。

 現場保存のため鈴宮楓が写真を撮り、その後吊るされている竹下育美を降ろし、針を全て抜き。検死を始める南野天使。

「遺体の損傷が酷すぎるので、断定できないのですが。内臓破裂による失血死ではないかと」

 当然だろう。身体のあらゆるところに針を刺され呻きながら内臓を貫かれ絶命しても身体のあらゆるところを針まみれにされたのだ。

「ハリネズミね。かつて、山里さんが話していた通りに3人が亡くなったということね。メリーさんによる見立て殺人。1人目の木下散梨花は、磔刺殺。2人目の山里愛子は、磔撲殺。3人目の竹下育美は、磔ハリネズミ」

「刑事さんは、メリーが犯行をしたとそう言うのね」

「いえ、あくまで可能性です。ですが3人とも人の力では、ありえない殺され方だとは考えています。なんらかの強い恨みの力が働いている。それが意図せず人形に宿ったと考えることはできるかと」

「メリーに魂が宿った?」

「えぇ、その可能性は考えています」

「貴方、本当に刑事?超常現象を信じるなんて、まるでオカルトね」

「この世には、簡単には説明がつかない殺人もあるのです」

「そう言う話は、大好物ですなぁ」

 遅れて、臍鬱探偵と村田兄弟がやってきた。

「今まで、どこに居たのですか?」

「なーに、アッシは探偵でやすから。ちょいと調べ物をしていましてね」

「俺たちは、ドッペルゲンガーの調査だよ。なぁ兄貴」

「あぁ」

「何かわかりましたか?」

「いや、これがなーんにもわかりやせんでした」

「こっちも全くだ」

「環を殺した男の手がかりを全く見つけられんとは」

「そうですか」

 全員がここにそろったタイミングで私は、鈴宮楓にアイコンタクトをした。ここに関係者全員を少しの間引き留めていて欲しいって合図だ。鈴宮楓も私のやろうとしたことをわかってくれたのかアイコンタクトを返してくれた。私は、気付かれないように、その場から離れるとある客室へと向かった。恐らく、ドッペルゲンガーを騙る者の部屋だ。

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