大浴場の中で

 私は楓と共に大浴場に入る。産まれたままの姿でいざ温泉の中へ。

「うわぁ〜広ーい」

「サウナもあるよ」

「後で勝負だね」

「その勝負乗った」

 私たちの言葉を聞き1人のお婆さんが話しかけてきた。

「ヒッヒッヒっ。ここのサウナはその出るらしいでの。ドバドバと」

「出るって何が」

「汗でしょ」

「なんじゃ、オチを先に言ってからに。ワシはこの温泉宿の先代女将で桜華さくらはなじゃ。華ちゃんと気軽によんどくれ」

「華さん、お世話になります。私は出雲美和です」

「華さん、お世話になります。私は鈴宮楓です」

「ホッホッホ。それにしても、あんな記事の後にも関わらず。あの記事を書いた記者の安藤様、カップルが2組で山南様と南野様、旅行客の出雲様、探偵をしているとかいう臍鬱へそうつ様、ドッペルゲンガーを探すと3人連れでやってきた村田むらた様と満室じゃ。番頭の林田ハヤシダと女将の桜舞さくらまいと板前のワシの息子ではちと手が足りんかのぅ。久々にワシも働くとするかね」

 そんな言葉をぶつぶつ呟きながら華さんは大浴場を出て行った。どうやら、記者の安藤さんが泊まる部屋。私の泊まる部屋。さっき出会った南野さんの泊まる部屋。楓たちが泊まる部屋。そして探偵という職業の臍鬱さんが泊まる部屋。そしてドッペルゲンガーを探しにきた村田さん一向が泊まる部屋らしい。そして、従業員は、女将の舞さん、番頭の林田さん、板前が1人とさっきのおばあさんらしい。でも満室という言葉には引っかかった。ここにある部屋は桜の主要な品種の数と同じく10なのである。だが、華さんは6室で満室と言った。どうしてだろうか?今は考えていても仕方ない。今はこの温泉の時間を楽しむとしよう。

「えぇい」

「キャッ」

 身体と頭を洗い掛け湯をして温泉の中に入って華さんと話していたことを忘れていた。考えていた私の顔に楓が不意打ちの水掛けだ。

「楓、やったわね。えい」

「キャッ」

 こんな感じでの水掛け合戦は双方引き分けとなった。

「今日はこのぐらいで勘弁してあげるわ」

「それはこっちのセリフよ美和」

「負けず嫌いめ」

「えぇそうなの。私は負けず嫌いなの。だから今度はサウナで勝負よ」

「望むところよ」

 私は楓と共にサウナへと向かった。サウナでは女将の舞さんがロウリュの準備をしていた。

「あら出雲様と鈴宮様。先代女将から2人がサウナに入ると聞きましたので、こうしてロウリュの準備をしておりました」

「ロウリュがあるなんて、外国式なんですか?」

「えぇ。熱した石にアロマ水をかけて水蒸気をさせるんですよ」

「それは凄い楽しみです」

「女将さんをお待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、これも仕事ですので、せっかくきていただいたお客様への精一杯のね」

「入口に飾っていたビスク人形も外国の民族衣装を着ていましたね」

「まぁそんなところも見てくださっていたのですね。私の故郷なんです」

「えっでも女将さん、ここ産まれですよね」

「クスクス。父と母がここの国出身で、私は産まれも育ちも外国なんですよ。あのビスク人形は、私が小さい時に父に買ってもらったもので、ここに嫁ぐ際に私が向こうから持ってきた数少ない思い出の品で友達なんです。名前はメリーさんって言うんですよ」

 ビスク人形の名前がメリーさん、まさかね。ドッペルゲンガーだけでなくあの有名な都市伝説メリーさんなわけないよね。

「メリーさん!?」

 楓がビスク人形の名前をメリーさんと聞き、同じ考えに至ったのだろう。

「有名な都市伝説とは全く関係ありませんよ。動いてるところなんて見たことありませんし。みんなにも故郷の民族衣装を観てもらいたくて、ああやって飾っているんです。皆さん写真を撮ってくださるんですよ」

 すぐに女将さんが笑いながら楓へ返答していた。

「そうですよね。すみませんメリーさんと聞いて少し驚いてしまいました」

「良いんですよ。もう少し熱くしましょう」

 女将さんはそういうと熱した石にアロマ水をかけ、水蒸気を発生させた。部屋の温度が上がってくるのを感じる。まだまだ耐えられる。横を見ると楓はもう参ってるみたいだった。すかさず女将の舞さんが助け舟を出した。

「お2人ともまだまだ大丈夫そうですがこれぐらいにしておきましょうか?」

 私は楓に意地悪をしたくなった。

「いえ、まだ大丈夫なのでもう1段階熱く行きましょう」

「えっ嘘でしょ」

 小さく楓がやめてくれと目を向けてくるが気にしない。

「では、もう1段階熱くしましょう」

 舞さんが、熱した石にアロマ水をかけ水蒸気を発生させるととうとう耐えられなくなった楓が外に飛び出していき水風呂に向かって行った。勝ったこれは勝った。

「出雲様は意地悪なのですね」

「フフフ勝負ですから」

「そうですか。ではここからは私と勝負ですね。えい」

 舞さんはそういうと熱した石にアロマ水をかけ水蒸気を発生させた。

「もうダメー」

 私はとうとう耐えられなくなり水風呂へと入った。

「フゥ生き帰る」

「サウナの勝利は女将さんね」

「えぇ、そうね」

「あらあら出雲様も鈴宮様ももう限界ですか?私はまだまだ行けますよ。それでは、私はこれで失礼しますね」

 涼しい顔して出てきた女将さんは汗を少しかいた程度だ。そのまま大浴場を出て、仕事へと戻ってきた。私たちも温泉を堪能して、大浴場を後にするのだった。

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