俺と……

 昂は只々夢中で介抱に努めていたが、睡蓮のあられもない姿にぎょっと目を見開いた。口を真一文字に結び、目を瞑って昂はやり過ごそうとする。


「昂くん……? あの、私……」

「睡蓮! 大丈夫か⁉」

「はい。すみません、少し貧血気味になってしまったみたいです。でももう大丈夫ですよ。とても楽になりましたから。昂くんのお陰です」


 微笑む睡蓮。その笑顔は、普段よりも幾らか弱々しかった。


「無茶していたんだな。ごめん、俺……睡蓮?」


 睡蓮は昂の額に触れ、親指の腹で汗を拭った。


「ありがとうございます」

「え……?」

「こんなに汗をお掻きになるまで、一生懸命にしてくださって」

「これくらいなんでもないよ。むしろさっき、須佐神と対峙した時、俺なんの役にも立たなかったからさ」

「そんなことありませんっ。私は昂くんが傍に居てくださると、とても安心できるのです。それにあの――」


 身体を引き離して向き直ろうとする睡蓮を、昂は抱き寄せて止めた。


「昂くん?」

「ごめん。襦袢が透けてんだ」


 睡蓮は状況を呑み込めずに一度きょとんと昂を見上げたが、それは一瞬で、すぐに赤面した。

 泉の効き目のお陰で調子を戻して来た顔色は、元を通り越して一段と熱を増したようだ。恥ずかしそうに顔を俯かせ、睡蓮は黙り込んでしまう。


「温かいな」

「はい……」

「ちょっと熱いくらいか?」

「ふふ、そうですね。それはきっと、今だからかもしれません」

「今だから……そうだな。長湯しないようにしないといけないな」

「はい」

「陰陽術のことさ、びっくりしただろう? 黙っててごめん」

「はい。でも少し知っていました」

「ああ、そうだな」

「はい」

「……なぁ、睡蓮」


 一呼吸置いて昂は睡蓮を呼ぶと、視線を外したまま口を開いた。


「俺とこうしているのって……嫌か?」


 不安げに訊く昂へ、睡蓮は思案することなく「いいえ」と首を振って返事をする。


「そっか」


 昂は安心したようにそう言うと、睡蓮の額に自分の額を合わせた。睡蓮は目を丸くさせて驚く。


「睡蓮、俺の目の中をよく見てみな?」

「目の中をですか……? あ」

「あ……!」


 少し大袈裟に自分の真似をする昂を見て、睡蓮は嬉しそうに瞳を潤ませる。

 瞳の中に互いを映して、二人はしばらく時間を忘れて微笑み合うのだった。



「あっ、帰ってきた! ねー巫女さま~! たーすーけーて~!」

「太秦さんと狛のやつが、しつこいんだ~!」


 二人並んで泣沢ノ泉から戻ると、元の姿に戻った白狐と黒狐が駆け寄ってきた。

 少し離れた場所で、何か意見を交していたしつこい二人とやらも、睡蓮たちに気付くと同じように寄って来る。


「陽の巫女。穢れが取れたようだな」

「はい。私たちのために泉をご用意して頂き、どうもありがとうございます。お風呂みたいで気持ち良かったです」

「風呂? ああ、あれのことか。確かに似ているな……」


 瞼を閉じて、おもふけるように顎を撫でる太秦に、狐たちが群がる。

 話によると、睡蓮に憑依した日。烏のフォルムで色々と偵察をしていたらしい。つまり入浴中の睡蓮も見て来ていたとのこと。


「はあ⁉」と眉間に皺を作った昂が、狐たちと束になって太秦に詰め寄るが、ここでも睡蓮は難聴を発動する。

「皆さん、どうしたのでしょう」と、あわあわとした。


「まったく……。おい美月、穢れは払われたみたいだが体調はどうだ?」

「え? ああ、はい。大丈夫ですよ、狛さん。昂くんが献身的にしてくださったので、もうすっかり元気です!」


 それを聞いて昂が振り返る。ちょうど向けた睡蓮の視線とぶつかった。


「……そうか」


 頬を染め合う二人を見て、狛は言葉少なになる。昂が再び太秦へ向き直って問い質し始めると、狛は睡蓮の視界を塞ぐように立って言った。


「次は俺を選べ」

「え?」

「それから、泉にも俺と……」


 そう睡蓮の耳元で呟くと、狛は背を向けて部屋を後にしたのだった。

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