☽第三夜 使わしめの伝承
求め合う習性
睡蓮はぱっと表情を明るくした。だが男にじっと見つめられ、睡蓮はたじろいでしまう。
「「うげ。
声すら掛けられない睡蓮をよそに白狐と黒狐が顔をしかめて言った。
白狐と黒狐の二人は、上がパーカーで下は袴を穿き、それにジレのように袖のない着物、つまり陣羽織を重ね合わせて着ていた。
パーカーの裾から見える組紐で出来たベルトや鼻緒の朱色や鈴は除き、上から足元の草履まで白狐は黒で、黒狐は白で色を統一。猫耳……
素肌に着た
左身頃に散りばめられた大振りの花の文様と、腰に巻く
肘から二の腕までが露出する昂を担ぐ右腕と、涼しげに開く胸元から、細身ながらも適度に筋肉質で逞しい体つきをしているのが見て取れた。
「狛、ご苦労だった」
「お前が大御神の……」
「え……あ、はい、私は美月睡蓮と申します。お邪魔しています。そちらの方は石上昂くんと言いまして、そのどこか……」
「心配しなくていい、眠ってるだけだ。信じられないなら叩き起こしてみせようか?」
「い、いいえそんなっ。……でもそうですか、良かったです」
睡蓮が安堵してそう零すと、狛は昂を下そうとした手を止めた。顔を上げて睡蓮に目をやると、何を思い立ったのか自身の腰に巻いている帯を器用に引き抜いた。
「な、なんだよ」
「ふふ」
狛は昂を下ろすと離れていってしまったが、睡蓮は嬉しそうにその後ろ姿に感謝の言葉を送った。それから狛の帯の上に寝かせられた昂の元へと駆け寄っていく。
「はァ?」
「何、何なのこの雰囲気ッ!」
ぶーぶーと恨めしそうに文句を言い始めた白狐と黒狐の二人を無視して、狛は太秦に向けて訊いた。
「なあ、こんな締まりのない顔をした顔の女が本当に陽の巫女なのか?」
「もちろんだ。お前だって彼女を前にして本能的に惹かれるものがあろう? 私もここへ戻ってから、それがより一層強くなった」
それにだと言い、太秦は続ける。
「彼女は私が憑依している時に大御神のお姿を見ている」
「「え! 憑依したんすか!?」」
白狐と黒狐が眉を歪ませる一方で、狛も太秦へ鋭い眼光を飛ばす。しかし太秦は彼らの白眼視を封じるように言うのだった。
「いいか、お前たち! 我々ハヤトの元に陽の巫女が顕現したからには、ヤマトにこれ以上の
太秦は睡蓮の前まで来ると肩膝を着いた。
「分かるな? 我ら使わしめと陽の巫女は互いに求め合う習性を持っている」
「求め合う、習性ですか……?」
太秦に間近で見つめられ、睡蓮はたちまち顔を赤く染めた。
そして太秦が悪戯に睡蓮の輪郭をなぞり始めた、その時。
「急急如律令、排斥!」
後方へと飛ばされた太秦と視線をぶつけ合わせるのは、睡蓮を背後に送った昂の姿だった。
「俺の睡蓮にさわんな!」
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