第24話 兄妹仲のあれこれ
「はー、それで朝からそんなにふらふらなのね」
「いや、マジで焦った」
そのまま登校した継征は朝から疲れ切った表情で机に突っ伏し、その姿を藤副が呆れた表情で見ている。
「例の絶界だっけ? そんなに手強いの?」
「いや、クリア自体はほぼ終わってる。 問題はトロコンの方だ。 数が滅茶苦茶多い上、とにかく面倒くさい。 逸子の奴かなりイラついてたな」
「朝――っていうかちょっと前までやってただけあって早いねぇ」
「例の追加ディスクのお陰だ。 あれに入ってるカードでワンキルできる極悪デッキが組めるからそれでストーリーの敵を瞬殺しまくったんだ。 ストーリーもアニメのダイジェストだったからかなり薄くてな」
お陰でストーリー進行が速いのなんのと継征は付け加える。
クリアに関しては今のペースで考えると週末に間に合わないだろう。
恐らくは来週にもつれ込むと継征は考えていた。 一応、今日の夕方に残りの強化ディスクが届くが、ストーリーがほぼ片付いている現状ではデッキを強化した所であまり意味がない。
何せ残っているトロフィーの大半は特殊勝利条件や種族などの特定のテーマデッキで勝利しなければならないからだ。 こればかりは時間をかけるしかない。
「ふーん? じゃあ次に買いに来るのは来週以降って感じ?」
「まぁ、そうなるだろうな」
継征がそう返すと予鈴が鳴ったのでこの話はここでお開きとなった。
学校が終わり、バイトをこなし、一日が終わる。
この後は帰宅するだけだ。 ゲームに関しても逸子が絶界を片付けない限りは継征の出番はない。
まぁ、しばらくはのんびりできるかなと思い自宅のマンションが見えてきたのだが……。
「あいつまた――」
見上げると自分の部屋の明かりがついている。
逸子がゲームをしているのは明らかだ。 継征は小さく溜息を吐いてやや急いで中に入る。
帰宅すると逸子は無心でゲームをプレイしていた。 部屋を使っている事には何も言わない。
「――で? どの程度進んだ?」
「あ、お帰り。 特殊勝利条件系のトロフィーはもうちょっとで終わる。 これ終わったら種族縛り系に行くよ」
「マジかよ。 そういや追加ディスクはどうなった? 来たのか?」
「受け取りはやっといたよ。 もう入れてる」
継征はそうかとだけ返して制服を脱いで着替えるが、逸子は気にもせずにゲームに集中している。
少しの間、沈黙の時間が流れるが継征はいい機会と思い、逸子に尋ねる事にしたのだ。
「なぁ」
「なに?」
「何でゲームだったんだ?」
逸子は昔から継征にべったりだった。
そんな彼女の事を継征は可愛いと思っていたので可能な限り甘やかしてきた自覚はある。
結果、逸子の交友関係に成長の余地を奪ってしまったのではないかと少し考える事があった。
だから高校受験を理由に少しだけ距離を取る事にしたのだ。
これで自分から離れていくというのなら少し寂しいが、逸子の為になるのではないか。
そんな気持ちもあったので寂しそうにしている妹に罪悪感のような物を感じつつもこれでいいと自分に言い聞かせていた。
逸子の手が止まる。
「嫌だった?」
「いや、それはない。 ってか嫌だったら最初っから言ってるって」
そこは本当だった。 最近はクソゲーの比率が高いので刑務作業のような苦行を味わっているが、遊びとはいえ真剣に物事に打ち込むのは何だかんだと楽しい。
カチカチとやや緩慢な動作で逸子はコントローラーを操作する。
「お兄ちゃんさ。 ちょっと前までわたしを避けてたでしょ?」
「いや、避けてたって訳じゃ――」
「うん。 それは分かってる。 別に悪気があるって感じはしなかったし。 でも考えちゃんだよね。 なんでかなーって」
継征は応えずに黙って逸子の言葉に耳を傾ける。
「受験って建前があったからそれなのかなって思いこもうとしてたけど、よくよく考えたらわたしがべったりな所為で友達と遊べなかったのかなーとか考えちゃってさ」
逸子の言う事はそこまで間違っていなかった。
継征は優先順位に関しては逸子を一番上に置いており、友人知人は二の次、三の次だ。
昔から父は単身赴任、母も仕事で家を空ける事が多いので逸子はいつも寂しそうにしていた。
特に継征がどこかに行こうとするとやたらとついてこようとする。
当初は鬱陶しいと思っていたが、涙を湛えた瞳で分かったと幼いながらに物分かりがいい振りをしようとする妹を放っておくことはできなかった。
結果、継征の交友関係は狭まったと言える。 友人は居るにはいるが精々、少し話す程度の仲だ。
高校進学に当たって中学時代の友人とも別れ、最近は藤副と話すようになったが学外で行動を共にするような友達は居ない。 アルバイトをしている事もあって特に気にはならなかったが、逸子は少し気にしていたようだ。
それは逸子も同様で真っすぐに家に帰ってきている時点で深い仲の友人は居ない事が分かる。
恐らくは継征が甘やかしすぎた事で無理に人間関係を広げなくてもいいと思っているのかもしれない。
結局、この兄妹は互いに互いの人間関係を制限していたのだ。
そして互いにそれを気にしていた。 似た者同士だなと継征は思う。
「そりゃこっちのセリフだ。 俺とばっかり遊んでたら学校で友達でき難いんじゃないか? 無理に合わねぇ連中と連む事はないと思うけど俺を優先しすぎてこうなったって言うなら俺もちょっと気にしちまうよ」
「なにー? もしかしてわたしって学校に友達いないって思われてる~?」
「そこまでは言わないが遊びに行くほどの仲の相手もいないだろ?」
「まー、そうなんだけど、なんでかなぁ。 わたしは何というか今が一番楽なんだよね。 お兄ちゃんと面白いゲームやつまんないゲームやってあれやこれや言って次はどんなゲームかなってわくわくするのすっごい楽しいし」
逸子はそこまで言ってふと思い出したかのように付け加える。
「あ、そういえば何でゲームだって話だったよね。 特に意味はないよ。 ほら叔父さんがP3要らなくなったってくれたのとリサイクルでガチャあったからそれだけ。 元々、お兄ちゃんが素っ気なくなるのは受験が終わるまでって話だったからさ。 終わったら何でも聞いてくれるって話だったし、まぁ、その何といいますか、半年ぐらいほったらかしだったから妹としては寂しーなーとか思っておりまして。 ほら、色々言ったけどさ、やっぱ構って貰えないのはちょっと、ね」
逸子は耳を少しだけ赤くして何かを隠すようにゲームを本格的に再開した。
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