第9話 名作からしか摂取できない栄養もある

 元々、P2――一世代前のハードで発売されたソフトを移植したものだけあって、システムには若干の古臭さを感じるが、考えられた難易度のゲームだった。

 

 「むむ、難しい」

 「取り合えず徘徊している敵の位置を把握する所から始めた方がいい。 闇雲に突っ込むとすぐに見つかるぞ」

 「うん、やってみる。 ――えーっと、上に一人で箱の影に――」

 

 操作キャラの少年が敵の怪物に見つかると追いかけられ、捕まるとゲームオーバー。

 見つかっても逃げ切ればリカバリが利く点にやや温情を感じる。

 ゲームとしてみるならかなり完成度が高いと継征は思った。 


 逸子は難しい難しいと唸ってはいるが、しっかりと進めている点から藤副の言っていた死に覚えゲーという認識は的を射ている。 手探りながらも逸子は徐々に先へと進んでいった。

 ストーリーに関しても魅せ方が巧みで村の少年が城に囚われている美しい少女の歌声に惹かれ、忍び込んで助け出そうとしているといった分かり易いものではあるが、セリフなどの言葉での説明は極力排し、進めていく過程でフラッシュバックのように必要なシーンが挿入される。


 それによれば少年は村では地味な生活を送っており、このまま自分は日常に埋もれてしまうのではないか?

 周囲は彼の目から見ればそれなりに上手くやっているように見える。 だから自分はおかしいのではないのだろうか? そんな思春期特有の葛藤のようなものが良く描かれており、刺さる層には共感を得られそうな作りだった。


 少なくとも継征には面白く感じた。 絵作りも上手く、ぼーっと見ているだけのつもりだったが、イベントシーンの度に続きが気になると思えるほどに引き込まれる。

 なるほど、移植されて再販しようと思えるような作品だ。 元々、クリアまでに時間のかかる構造ではないので見ている内に折り返し地点である囚われた少女のいる部屋へと辿り着いた。


 手を差し出す少年に少女は力なく首を振る。 それでも少年は彼女の手を引いて駆け出した。 

 少女と合流した事で難易度が跳ね上がる。 行きは自分が見つからないだけで突破はできたが、帰りは少女の手を引かなければならないからだ。 少女の移動速度は遅く、プレイヤーがコントロールできないので上手に誘導しなければならない。


 「ぐぬぬ。 また見つかった……」


 逸子が悔し気な唸り声をあげる。

 少年だけでなく少女が捕まってもゲームオーバーだ。 

 特に少女は足が遅いので見つかればほぼ確実に捕まるようになっている事もあってかなり難しい。

 

 それでも敵の行動パターンと位置を覚えれば割とどうとでもなった。

 逸子はゲームオーバーを連発し、唸りながらも先へ先へと進み――

 

 「やったー! クリアしたー!!」


 ――脱出に成功した。

 それによりストーリーもエンディングへと向かう。

 少年は少女を村へと連れて行こうとするが彼女は静かにそれを拒む。

  

 少女は怪物に生贄として差し出された身ではあったが、彼女の紡ぐ歌が気に入られてカナリアとして飼われていたのだ。 その為、少女には行動の自由はなかったが、生活の不自由はなかった。

 そんな彼女の為に行動を起こしてくれた少年の行動は嬉しかったのだが、一緒に生きていく事は難しい。 だから、少年が逃げ切れるように出口までは一緒に来たのだ。


 お前、足を引っ張っていただけじゃないかといった野暮な感想が浮かびはしたが、そこまで気にはならず継征はストーリーの結末に集中する。


 尚も一緒に行こうと少年は言うが少女は儚げな笑みを浮かべて首を振り、城へと戻っていった。

 少年はその背を追う事も出来ずに立ち尽くし、誰も居なくなった場所で小さく拳を握る。

 もっと強くなって今度こそ君を迎えに行くと。 彼の脳裏には少女の歌声が響き、エコーのタイトルコール。 そしてエンディングが始まる。


 「――ふぃー。 いや、笑実ちゃんがお勧めするだけあって面白かったね」

 「あぁ、映画を見ていたような気分だ」


 セリフは最小限だが演出で雰囲気が伝わり、凄まじい没入感を与える。 

 確かに名作と言われるだけはあった。 普通ならここでゲームを落とすところだが、継征達にとってはこれからが本番となる。


 「さてと、トロコン頑張りますか! 条件ってなに?」

 「取り合えず、全難易度クリアだな。 その後はタイムアタック、ノーミスでクリア、少女を特定の場所へ連れて行ってイベントを起こすってところか。 そんなに多くないけど、結構な回数周回させられるぞ」

 「うわ、感動の余韻に浸らせてよぉ……」

 「まぁ、頑張れ」


 二週目以降だと流石に慣れもあって割と危なげなくクリアしていくが、高難易度にすると分かり易く苦戦していた。 敵の索敵範囲が大きく広がり、動きが速くなるので見つかる事とゲームオーバーがイコールとなってしまっているのだ。 


 「ぐぬぬ。 難しい~」

 

 うんうんと唸る逸子を見ながら継征はスマートフォンで次に自分がやるゲームを確認していた。

 恐らく最後のノーミスクリアでかなりの時間を取られるだろうし、この段階になると自分の助言は必要ないと思っていたのでそこまで真剣に見る必要もないと思ったからだ。


 「ギャー、引っかかった! うわ、五秒ロス、もう最初からやり直しじゃんこれ……」


 悲鳴を上げる逸子を見て継征はこれはしばらくかかるなと小さく欠伸をした。



 「へ、へへ、どうよ。 やってやったぜぇ……」

 

 逸子が憔悴しきった顔で壮絶な笑みを浮かべる。 画面にはトロフィーのコンプリートを示す表示。

 それを見て継征は小さく拍手を送る。

 

 「正直、もう二、三日かかると思ってた。 本当に片付けちまうとは大したものだ」

 「まぁね! 今度はお兄ちゃんの番だよ!」

 「ん? あぁ、じゃあやるか」


 ソフトを入れ替えて起動。 継征はああそういえばと振り返る。

 

 「一応、二人用だけどお前はどうする?」

 「ごめん、ちょっと休憩したいから後でいい?」

 「分かった。 休んでろ」


 力尽きた逸子を尻目に継征はプレイを開始。 

 タイトルはトイカート。 レースゲームではあるのだが、ワールドドライブ:チャンピオンズリーグとは違い。 デフォルメされたデザインのカートを操作する。

 

 トイと銘打たれているとおりおもちゃのような見た目の世界だ。

 ストーリーはあってないようなもので、内容はレースゲームではあるが最大の目玉はメイキング機能だ。 カートやコースを自由に作って遊ぶだけなので難易度は非常に低い。


 これはゲームとしての難易度ではなく、トロコンの難易度だ。

 クリエイションパーツをすべて集める――コースやカートをカスタマイズするためのパーツのコンプリートだが、作って遊ぶを繰り返せば勝手に集まるのでやっているだけで終わる。


 ――これは楽そうだ。


 継征は穏やかな気持ちでコントローラーを握っていた。

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